英雄は星空の瞳に優しく囚われ英雄になる ~訳アリの年下魔術師を溺愛したら英雄になった俺の話~

べあふら

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2.王都編

2-8.つながる想い②

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 夕食も早めに二人でゆっくりと作り、一緒に食べた。

 俺の想いでもって、直にセフィリオの心に触れることが出来るような、二人の間に横たわるものが、これまでとは明らかに違うのを感じて、俺はとても満たされて、堪らなかった。


 セフィリオは夕食を終え、居間のソファーでお茶を飲みながら本を読んでいる。

 ああ、今がいいタイミングかもしれない。

 俺は今日買物の時に購入したものを自身の鞄から取り出して、セフィリオに渡す。

 手紙ほどの大きさの薄い包みだ。


「何?」
「セフィリオに。開けてみて」


 包みの中には、緑色の絹布に金糸で刺繍が施してある細い髪紐が入っていた。
 取り出されたそれが、さらりとセフィリオの白い指に滑る。


「俺がつける」

 俺は彼の手から髪紐をとり、今銀髪を束ねている紺色のリボンを解く。

 セフィリオの後ろに回り、彼の右側から髪をすくって、緑の絹布を挟むと、そこから側頭部に沿って細い銀糸に絹布を絡めて編み込みにし、左のいつもの位置で束ね、結ぶ。


 一連の俺の作業を抵抗なく受け入れていたセフィリオは、俺の手渡した鏡を見て、

「アレクって本当に器用だね」

 感心したように言った。


 セフィリオの銀髪と、緑の絹布の光沢、金糸が煌めき、それが互いに絡まってよく似合っていると思う。

「ふふ。ああ、アレクの色だね」

 鏡を見ながら髪紐をなぞり、セフィリオが嬉しそうに言って、その声がとても艶っぽくてまいる。

 これは、つまり独占欲だ。

 左の首筋にある、父である前国王に入れられたという白印が、脳裏をちらつく度に、俺の心はどうしても鋭く燻ぶった。

 俺の色を纏わせていれば、少しは気が晴れるかと思ったのだが。


 思ったより、ずっといいな。
 今度から、どんどん俺の色を贈ろう。


 俺は、元々物欲があまりなく、冒険者として必要な物や、訪れた先々での必要な支出以上のものはないため、貯蓄がとんでもないことになっているのだが、遂にお金を使う先が見つかった。


「………実は、僕も、渡したいものがあるのだけど…」

 セフィリオがそう言って手の平にちょこん、と乗る大きさの小さな箱を取り出す。


 木彫りの小さい箱だが、微細な彫刻が全面に施されていて、所々に金の模様が描かれている。かなりの意匠であることが分かる。

 俺はセフィリオの隣に座ると、箱を受け取る。


「でも、………今のものが、大事なら、これは置いておいてもらっていいんだけど………」

 随分と歯切れの悪い物言いだな。

 俺が、その箱を開けると、そこには白い光沢のある布の上に、濃青の金色を内在した小さくカットされた石が二つ、銀色の土台に固定され並んでいた。

 ピアスだ。


「アレクは、ずっと、そのピアスを付けているでしょ。意味があるのかな、と思ったんだけど、その」

 俺は、確かに左耳にだけ同じピアスをずっとつけている。
 これは故郷の風習なのだが、それは今はどうでもいい。


 ああ、この石はまるで……セフィリオの瞳そのものだ。


 でも、このピアスは、普通じゃない。


「これは、特別なものなんじゃないのか」

「え?」

「あーっと、なんていうか、気配が違う。
 何か、魔術か、そのようなものがこめられているものだろう。嫌な気配じゃないけど、むしろ何かを守るような、なんというか」

 その石や土台からは、その小ささとは比較にならない存在感が発せられていて、周りを包み込む、温かな目には見えない光のようなものを放っているようだった。


「すごいね。そんなことも分かるの?」


 セフィリオは驚いて大きな目をさらに見開いて、俺の手に自分の手を重ねるようにして中の箱を撫でながら、言う。


「これはね、僕の母の物だったんだよ」


 セフィリオの母は、セフィリオを生んだ時に亡くなったと言っていたから、つまり形見ということだ。
 しかし、その母親に執着していた前の国王が良くこんなものをセフィリオに残したものだ。


 俺がそんなことを考えていると、セフィリオが続けた。

「母のもので、唯一僕が持っている物なんだ。
 他のものは、先の国王が処分したのか、どうしたのか分からないけれど。
 実は、元々レイチェルは、母付きの侍女だったんだ。
 その時、母が、僕に渡すよう託したらしい。
 僕が5歳の時、この首に白印を入れられた後に高熱が出て。その時にお守りとしてレイチェルが渡してくれたんだ」


 ああ、レイチェルさんの、セフィリオへの言動は、まるで母親のようだと思っていたけど、そういう過去があったのか。


「僕の母は、この国の北端にある、北の大地に住む、北の守り人と言われる少数民族の娘だったんだ。
 彼らは、自然のものに宿る不思議な力を信じていて、木や石などを使って、マギ、といわれるまじないをしていたらしい。
 穏やかな人たちで、マギも決して人を害することには使わず、対人的に武装することもしない、森の中でひっそりと暮らす民族だった、という記録が残っている」

 セフィリオの話を聞きながら、俺は思い出す。
 俺の記憶が正しければ。

 北の大地と呼ばれる地域は、この国の北端に位置し、現在は、鬱蒼とした森が広がっていて、誰も住んでいない、不可侵の土地として扱われているはずだ。

 だから、俺も足を踏み入れたことがない。
 北の守り人、という人達のことは、俺は知らない。

 「まあ、今はもう彼らは滅ぼされてしまって、残念ながらそれを知る術もないけど」

 セフィリオは、そう続けた。

 セフィリオの顔は、以前に自分の生い立ちを話していた、前国王を決して父と呼ばない、あの時の顔と同じだった。

 まさか。
 俺の頭にある予測が浮かぶ。


「母を訪問先で見初めた前国王は、半ば攫う様に母を王宮に連れてきて。母から戻るところを奪うために、彼らを滅したんだ」


 ……言葉が出ない。


「でも、北の守り人の思想なのかな。母は苦しんでいたけれど、不幸そうではなくて、いつも前向きな、穏やかで強かな人だったと。
 レイチェルが良く、話してくれてね。
 レイチェルは北の守り人に関しては第一人者でね、今も魔術の研究院で研究を続けている。
 母には当然会ったこともないけれど、何だか目に浮かぶようで、きっと、素敵な人だったんだと思う」


 そういうセフィリオは穏やかで、会ったことのない母を懐かしむ想いが確かに含まれていた。


「このピアスの石は、ラピスラズリという石で、マギに使われる、彼らの言う所の力の強い石。きっと母のマギがかかっている。
 彼らの力は、時には大規模に自然を操ることもあったらしい、今は失われた術だよ。
 僕の魔力回路や、魔術の発動から考えて、多分、魔術と同じ類の力を使う、違う系統の発動形式をもった術だったのだと思うけど。

 魔術よりも、もしかしたらずっと強い力だったのかもしれない」


 俺は、本当のセフィリオのルーツを知った気がした。


「そんなものを、なんで俺に?
 いいのかよ、大切な物なんだろう」


 母親の形見で、その何か力の込められた。
 きっとここまで、先の国王にも見つからないように、ひっそりと大切にしてきたはずだ。


「この箱には、仕掛けがあって、僕の魔力にだけ反応する内蓋がついていたんだ。
 そこに、……母からの手紙が入っていて。
 僕が、初めて読んだ古代文字だったんだけど」


 ああ、レイチェルさんが、セフィリオは8歳で古代文字の文献を翻訳したようなことは話していたが、その前にそういうことがあったのか。

 5歳で古代文字を解読?いや、5歳なんて、まだ普通に文字を覚えてるかどうかの年頃じゃないのか。
 少なくとも、俺はそうだった。


「その、……ね。えっと………」

 そんなに言い辛いことが書いてあったのか?

 いつになく口籠るセフィリオを眺めていると、俺を伺うように目を合わせた。



「僕が心から愛する人が出来たら、渡すように、て書いてあったんだ」



 ああ。この気持ちはどう表したらいいのだろう。
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