英雄は星空の瞳に優しく囚われ英雄になる ~訳アリの年下魔術師を溺愛したら英雄になった俺の話~

べあふら

文字の大きさ
28 / 84
2.5 セフィリオの恋と愛 (セフィリオ視点)

しおりを挟む
「2日間の依頼を、今日だけでいいって言われたんだけど。
 貴重な話を聞けたから、報酬は2日分払う、と押し付けられて」

 アレクの話が本当であれば、国全体を揺るがしかねない、食糧危機と、病の流行への対策が可能なことになる。

 間違いなく、貴重な話だ。

「さすがにそれは悪いからさ」

 悪くないよ。
 全然悪くない。

 むしろ、報酬だって、上乗せしてもらってもいいくらいだ。

「仲良くなった料理長から、明日の分の依頼を受けることにした」
「…………うん」

 警備と男手が必要な作業の依頼で屋敷を訪れた冒険者が、どうやって料理長と仲良くなるのだろうか。

 この辺りも、アレクだからね、で片付けておく。

「料理長の話だと、もうすぐ、男爵の誕生日らしくて。使用人一同で、こっそりお祝いしたいらしい」

 誕生日………そういえば、そんな気もする。
 僕は完全に失念していたけど。

 ちらりとレイチェルを見ると、こくり、と小さく頷かれた。
 レイチェルの夫である、エドガー・シュバルツは、兄の側近として、日々護衛をしている。
 主君の誕生日は、間違えない。

「で、男爵の好物が、キラーサーモンの卵なんだと」
「へえ、そうなんだ」

 兄上は色々な珍味を好んでいる。
 その中でも、確かにキラーサーモンに卵は、大好物だったはずだ。


 キラーサーモンは、水中に生息する魔獣の一種だ。

 もちろん、普通のサーモンと同じように考えては、痛い目を見る。

 河川に遡上し、産卵する生態が共通するために、サーモンと名付けられただけの、全く別の成り立ちをもつ、獰猛な魚型の魔獣だ。

「今の時期、ちょうどキラーサーモンの産卵時期だろう。
 料理長は、キラーサーモンと、その卵を、男爵の誕生日の晩餐に出したいらしい」

「なるほどね」

「俺はこの時期に、王都にいたことが無いから知らなかったけど。
 料理長の話だと、王都近郊の森に面する河川でも遡上が見られる、って話だ」


 王都近郊の河川にも、キラーサーモンが遡上する姿が確認されており、その期間は河川に近づくことを禁止されている。

 当然ながら、危険だからだ。

 キラーサーモンは、特に産卵時期は気が立っており、非常に狂暴で知られている。


「男爵は使用人にも慕われている、って感じだったな」

 前国王とは大違いだ。

 先代が狂王と呼ばれていたのに対し、兄は王太子時代から人望に厚く、早期の世代交代を望まれた、今は賢王と名高い人物だ。


 その兄は、自らに、愚か者アンベシル、という名前をつけた。

 皮肉なのか、戒めなのか、本気なのか。
 その全てなのだろう。

 これだけは、言えることだが。
 兄の国を想う情熱には、嘘が無い。


「キラーサーモンはその肉も、卵も腐敗しやすくて、市場にはほぼ出回らないからな。
 キラーサーモンを捕ってくるのを、俺は料理長から個人的に請け負ったんだ」

 と、アレクは言う。


 なるほど。

 僕は、色々と理解した。


 兄は、王太子の頃から、王太子らしからぬ行動力でもって、周囲を困らせてきた、ある意味問題児だ。

 幼いころから兄の側近候補として傍にいたエドや、今は領地を継いでいるレイチェルの兄は、それに散々振り回されてきたのだと、エドやレイチェルの兄や、レイチェルに聞かされてきた。


 王太子、国王として、重要な立場でありながら、異常に軽いフットワーク。
 
 兄は重要なことは自分の目で確かめねば気が済まない性分で、そのためには全力であらゆる権力と労力を費やす変人なのだ。


 そんな兄の尽力が無ければ、僕は今、ここにいないだろう。
 それは、生きていない、という意味で。


 そんな兄に、僕は感謝し、そして尊敬している。


 つまり、これは兄のアレクに対しての、探りの一種なのだろう。

 今回のアンベシル男爵の依頼に対する反応や、直接話した印象、周囲の人との接し方など通して、アレクの何かを判断しようと、兄上は考えているのだろう。

 僕に深く関わる人物であり、貴族社会でも、冒険者ギルドでも無視できないアレクセイ・ヒューバードという人物を見定めようというところだろうか。

 料理長はこっそり計画をしているようだけど、兄はきっと知っているのだろう。

 僕は、この機会にのれば、暗黙の公認で、近郊とはいえ外出できる。

 加えて、僕に兄の誕生日を思い出させ……あわよくば僕に祝って欲しいのかもしれない。

 何よりも、それによって兄上は、大好物で滅多に食べられないキラーサーモンの卵にありつける。


 一石二鳥どころか三鳥も四鳥も得ようという魂胆だ。
 実に兄上らしい。


「アレク。それ、僕も一緒に行きたい」

 僕の言葉に、アレクの顔がぱっと明るくなった。

「いいのか?」
「うん。僕も、その遡上の光景を見てみたい」


 僕が王都から出るような外出や、外泊の制限がある身ではあるけれど。

 その最終決定は、兄上にある。

 アレクが僕を常時護衛しているという前提では、アレクが僕の傍を離れるとなれば、逆に報告をせねばならない。

 兄上の仕組んだことであれば、文句は無いだろう。

「俺もセフィリオと、一緒に行けたらいいと、思ってたんだ。
 ありがとう。嬉しいよ」

 お礼を言うのは、僕の方だよ。

 男爵の正体を知らないだろうアレクは、それでも、その料理長の願いなのか、男爵の願いなのか、それを当然のように遂行しようと努めている。

 アレクの人柄に触れて、僕の気持ちも温かくなる。



 ただ。

「…………お兄様への報告は、私がしておくわ。
 二人とも、安心して、行ってらっしゃい」


 そう言ってマイナス温度の冷気を放ちながら微笑むレイチェルの目はとっても座っていた。
 強く、決意を固めて、少し理性を失った、鈍い光が彼女の瞳を覆っている。

 夕食を一緒に、と誘うアレクに、早急に確認すべきことができたから残念だけどまた今度、と早口に言って、レイチェルは足早に帰って行った。

「皆、忙しいんだな」

 アレクは他人事のように言う。
 そして、レイチェルの去った方を見ながら「あの身のこなし、脚力はやっぱりすごい」と感心したように呟いた。


 国王が王宮を抜け出して、さらに不穏な重大事案を持ち帰る。
 この一連の事象に関連した、兄上の側近で護衛を務めるエドの心労を思うと………。
 レイチェルの怒りは至極当然のことだと思う。


 兄上は、レイチェルの怒りを受け止める覚悟が、おありということなのだろう。


 僕は、心から兄上を尊敬する。

しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

【完結済】虚な森の主と、世界から逃げた僕〜転生したら甘すぎる独占欲に囚われました〜

キノア9g
BL
「貴族の僕が異世界で出会ったのは、愛が重すぎる“森の主”でした。」 平凡なサラリーマンだった蓮は、気づけばひ弱で美しい貴族の青年として異世界に転生していた。しかし、待ち受けていたのは窮屈な貴族社会と、政略結婚という重すぎる現実。 そんな日常から逃げ出すように迷い込んだ「禁忌の森」で、蓮が出会ったのは──全てが虚ろで無感情な“森の主”ゼルフィードだった。 彼の周囲は生命を吸い尽くし、あらゆるものを枯らすという。だけど、蓮だけはなぜかゼルフィードの影響を受けない、唯一の存在。 「お前だけが、俺の世界に色をくれた」 蓮の存在が、ゼルフィードにとってかけがえのない「特異点」だと気づいた瞬間、無感情だった主の瞳に、激しいまでの独占欲と溺愛が宿る。 甘く、そしてどこまでも深い溺愛に包まれる、異世界ファンタジー

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

オメガ転生。

BL
残業三昧でヘトヘトになりながらの帰宅途中。乗り合わせたバスがまさかのトンネル内の火災事故に遭ってしまう。 そして………… 気がつけば、男児の姿に… 双子の妹は、まさかの悪役令嬢?それって一家破滅フラグだよね! 破滅回避の奮闘劇の幕開けだ!!

【完結】異世界はなんでも美味しい!

鏑木 うりこ
BL
作者疲れてるのよシリーズ  異世界転生したリクトさんがなにやら色々な物をŧ‹”ŧ‹”ŧ‹”ŧ‹”(๑´ㅂ`๑)ŧ‹”ŧ‹”ŧ‹”ŧ‹”うめー!する話。  頭は良くない。  完結しました!ありがとうございますーーーーー!

専属【ガイド】になりませんか?!〜異世界で溺愛されました

sora
BL
会社員の佐久間 秋都(さくま あきと)は、気がつくと異世界憑依転生していた。名前はアルフィ。その世界には【エスパー】という能力を持った者たちが魔物と戦い、世界を守っていた。エスパーを癒し助けるのが【ガイド】。アルフィにもガイド能力が…!?

皇帝に追放された騎士団長の試される忠義

大田ネクロマンサー
BL
若干24歳の若き皇帝が統治するベリニア帝国。『金獅子の双腕』の称号で騎士団長兼、宰相を務める皇帝の側近、レシオン・ド・ミゼル(レジー/ミゼル卿)が突如として国外追放を言い渡される。 帝国中に慕われていた金獅子の双腕に下された理不尽な断罪に、国民は様々な憶測を立てる。ーー金獅子の双腕の叔父に婚約破棄された皇紀リベリオが虎視眈々と復讐の機会を狙っていたのではないか? 国民の憶測に無言で帝国を去るレシオン・ド・ミゼル。船で知り合った少年ミオに懐かれ、なんとか不毛の大地で生きていくレジーだったが……彼には誰にも知られたくない秘密があった。

禁書庫の管理人は次期宰相様のお気に入り

結衣可
BL
オルフェリス王国の王立図書館で、禁書庫を預かる司書カミル・ローレンは、過去の傷を抱え、静かな孤独の中で生きていた。 そこへ次期宰相と目される若き貴族、セドリック・ヴァレンティスが訪れ、知識を求める名目で彼のもとに通い始める。 冷静で無表情なカミルに興味を惹かれたセドリックは、やがて彼の心の奥にある痛みに気づいていく。 愛されることへの恐れに縛られていたカミルは、彼の真っ直ぐな想いに少しずつ心を開き、初めて“痛みではない愛”を知る。 禁書庫という静寂の中で、カミルの孤独を、過去を癒し、共に歩む未来を誓う。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

処理中です...