【完結】疎まれ軍師は敵国の紅の獅子に愛されて死す

べあふら

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白き光②

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「帝国を知るには、ここが最も最良で、最速であろう?」
「しかし……」

 それはつまり、ここがグランカリス帝国の中枢であることを意味する。皇帝代理を務めるジグムントの執務室であるのだから、当然だ。

 ムンデ国しか知らなかったフェリも、さすがに今の待遇が、戦犯や、ただの捕虜に対するものにしては行き過ぎている、という認識が芽生えていた。
 では何なのか、と問われると、フェリには答えようがないのだが。

 いずれにしても、先日まで敵国の人間であった自分が、ここにいていい理由を見つけられない。

 所狭しと無造作に置かれている、あれも、これも、それも、全て重要な機密に関わる、少なくとも国家の基盤に関与する何かしらの事象に関連しているものに違いない。

 見てはいけないと思いつつも、視界に入る。

 フェリが、うろうろと視線を彷徨わせていると、

「かまわぬ。どうせ、帝国から出すつもりは無い」

 ジグムントは、手中に収めたフェリを、みすみす手放す気など、微塵もない。

 ジグムントにそう断定され、フェリは納得した。
 何を見聞きしても、外に漏らすことができないのだから、構わない。と、言われたのだとフェリは理解した。

「これが、グランカリス帝国の全体ぞ。広いだろう!」

 皇帝ウィルリンは、フェリの前に何ら躊躇うことなく、大きな地図を広げる。

 これは絶対に国家機密だ。フェリは、そう思いつつも、好奇心が勝り、じっと地図の隅々まで視線を這わさずにはいられなかった。

「何か、気になることがあれば、申せ」

 さらに、ジグムントは、フェリに意見を求めた。

 地形に田畑に至るまでが事細かにえがかれ、さらに人口と思われる数や、フェリにはわからない数値や記号が記されている。

 ムンデ国では詳細な地図は作成されていない。地域ごとの居住や、大まかな地形を記したものはあるが。

 昨年、グランカリス兵をおびき出した、ムンデ国の渓谷も記載され、その周辺の地形も把握されているらしい。

 そして、今回ムンデ国が敗戦した平野を見て、ふと常々疑問であったことを想起した。

「北西の森近くの平野に、捕虜の収容所を作らないのは……特別な理由が、あるのでしょうか?」

 フェリを除く三人は、そろって驚きに目を見開く。そして、三人ともそのまま考え込んでしまう。

 ああ、変なことを言っただろうか。
 フェリは不安になりつつも、

「グランカリス帝国内でも、寒冷で乾燥し、かつ野生動物の被害が多い地域だということは、知っています」

 とりあえず、場所の特性を知らないわけでは無いことを説明する。

 フェリの言う平野は、山脈と森に囲まれて、グランカリス帝国でも閉じた地域だ。
 人の往来も乏しく、栄えてもいない。つまり、人が生活するには過酷な場所と言える。

 今回の戦では、ムンデ国は、この山脈を越え、国境を侵す作戦に出た。
 それにはもちろん、フェリの誘導があった。以前から、この場所にはグランカリス兵が駐屯していなことを仄めかしていた。
 ムンデ国は、非常に険しい地形をしている。自然との距離が近く、野生動物も多い。山脈や野生動物は、彼らにとって脅威では無い、と判断することは明白だった。

 ただ、川も遠く、広大で乾燥した大地は、馴染みの無いものだった。水を確保する、という最低限の準備すら彼らは怠り、数でも劣る彼らは容易に攻め落とされたのだ。

「捕虜は身を護る術を持った者が多いはず。開拓し、寒冷や乾燥に強い作物を、捕虜たち自身に作らせればいいのです」

 人が住むのであれば、川から水路を整備すればよい話だ。

「うむ。人を盾にする、ということか」

 提案の意図の内、最も非情な部分を幼い皇帝にズバリと指摘され、フェリは僅かに目を見張った。

 ムンデ国が占領下となった今、そちらとの国境は脅威とならないだろう。
 隣接する他国が、あの山脈を越えて、グランカリスに侵攻するような愚行は起こさないと思う。が、その可能性も零ではない。

「あの地域は自然の盾がありますから……国防という観点では、大規模に兵を駐屯させる余力はありません。
 しかし、捕虜たちの大規模な集落を作れば、近隣の村を悩ましている野生動物による人的被害も、防げるでしょうね」

 と、オズが続けた。

「捕虜の処遇も、法で定められているが故に、財政を圧迫する原因にもなっておる。そして、それはグランカリス帝国民の不満にも繋がりかねん」

 ジグムントが言うような問題は、ムンデ国では、まず起こらない。捕虜は生存できないからだ。今は、関係の無いことだが。

 北西の平野。あえて、あそこに住む必要のない過酷な地。それはグランカリス帝国の人々から見れば、の話だ。

 ムンデ国の高低差のある地形や、寒冷な気候からすれば、それでもこの平地は非常に魅力的に見えた。

「信頼のおける管理者と、帝国の諜報員を捕虜に混ぜる必要はあると思いますが……」

 捕虜が結託するのみならず、他国の間者が紛れ込むということも十分にあり得る。

 けれど、それはつまり一方で——

「よいな。敵を誘い出すのに罠を仕掛ける、恰好の場所になる」

 皇帝ウェルリンが、フェリの含意を代弁した。

 帝国側から見れば、防衛の薄い不毛の地に、人の盾として捕虜を追いやる。
 捕虜から見れば、住む場所と、職を与えられる。

 じっと、真剣な眼差しで地図を見つめ、未だに何かを思考するフェリは、澄んだ気配を漂わせている。
 ジグムントは、じっとフェリを見つめた。ジグムントの目には、フェリが清らかな白い光として映った。



 ジグムントは、フェリの高潔さに惹かれ、そして強い光に捕らえられている。

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