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白き光③
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ムンデ国の調査結果を吟味したとき、ジグムントはまさに、宝を探り当てたような衝撃だった。
ムンデ国は、かの軍師を無くして以来、荒れた。それが、18年ほど前のこと。
そして、10年ほど前から、奇妙なほどに、国内が安定してきた。
ムンデ国は、寒冷な気候から、作物が育ちにくい。さらに地形が入り組んでいることから、派閥間の争いが耐えなかった。
入り組んだ地形を行き来する交通網ができ、生産が安定すると共に、派閥間の争いが減っている。
周辺国と、小競り合いはあるものの、小さな衝突でおさまっていた。
いずれも、フェリに端を発していた。多くのムンデ国の民は、飢えることなく、争いに巻き込まれる機会が減った。
渓谷での一件は、全てフェリの策略であった。
グランカリス兵をおびき出し、あの毒を使用したのが、偶然だとは思えない。あまりにも、でき過ぎている。彼はあの病を知っていたのだ。
グランカリスの民は、病を癒し、前宰相を断罪したことで、国内の平安を取り戻した。
さらに、渓谷の一件は、グランカリス帝国を追いやったという事実だけで、実質的な死者や被害は、通常の戦よりずっと少なかった。しかし、以来、ムンデ国への警戒が高まり、それは逆説的に、周辺諸国に平和をもたらした。
フェリ・デール。
たった17歳の、かの軍師の息子らしい彼は、ひっそりと、確実に、正しく、価値をもって、そこに在った。けして、自身を損なうことなく。
ジグムントの衝撃は、計り知れない。
ぞくり、と鳥肌が全身を包み、そして次の瞬間には、笑いが止まらなくなった。
ああ。こんなことが、あるのか。
ジグムントは、常に自身の在り方を問うてきた。
どんな状況にあろうと、どんな評価を受けようと。自分が正しいと思うことを。自分にとって価値のあることを。自分自身を高め、そして損なわないと思う道を、進んできた。
けれど、彼は、迷わなかったわけでは無い。
常に、自分というものは、簡単に、わからなくなる。己の信じる道が、本当に正しいのか、価値があることなのか、見失ってしまうのだ。
そんな時に、ジグムントを支えたのは、やはり周囲の人々だった。
ジグムントは、自分の道を進んできたが、それは彼を認めてくれる人々が共にいたからこそ、成せたことだった。
けれど、フェリ・デールは違う。彼は本当に、一人で歩んでいるのだ。
環境も、他者の評価も関係なく、彼の信じる価値ある道を。それが、如何に難しく、そして苦しいことか、ジグムントには身に染みて、痛切に理解できた。
事実を知り、理解した時。フェリ・デールは、ジグムントの光となった。
そして、ジグムントは、その光が欲しいと思った。
ジグムントにとって、初めて渇望するほどの強い願い。共に在りたいと熱望する心が、ジグムントを突き動かした。
そして、それが未だかつてない原動力となった。
兄は亡くなり、皇帝たるウィルリンを脅かす者もいない。
軍人であるジグムントが名を馳せれば、それはきっと、好戦的なムンデ国を刺激する。
たった1年で、グランカリス帝国の覇王と呼ばれ、紅の獅子と謳われるようになったのは、全て、フェリをこの手にするためだった。
ムンデ国は、好戦的でいて、閉鎖的な国だ。愚かではあるけれど、決して一筋縄ではいかない、他国から常に危険視される国だった。
だからこそ、隙を見せ、あえてグランカリス帝国に攻め入るきっかけを与えた。
そして、ジグムントの望みは叶い、自らの傍にフェリを招くことができた。
初めの謁見から、フェリは、敵国の覇王の眼光にも、威圧にも決して怯む様子はなかった。
身を縮め、気配を消すが、決して萎縮しているわけでは無い。ただ、淡々と現実を観察し、状況を読み、己が次に為すことを考えている。
欲しいという欲求が、明確な強い恋慕に変わった。
皇帝ウェルリンも、幼いながらに只ならぬ皇帝の威光を放っている。これにもまた、フェリは礼節こそ忘れないものの、当たり前のように接している。
揺るがない、フェリの内側から発せられる清らかな白い光に、ジグムントは強く惹かれ、魅了する。
ジグムントには、フェリの孤独につけ込んでいる自覚があった。グランカリス帝国で頼れるのは自分なのだと、他を排除して刷り込んでいる。
寂しく、不安な時に、優しく寄り添われれば、誰だって、相手を拒絶したりしない。それが、どのような類のものであれ、何かしらの好意を抱くものだ。
卑怯だろうと、姑息だろうと、フェリを捕らえるためなら、どんなことだってする。
絶対に、逃がすつもりは無い。
まるで、光に捕らえられた虫のようだ。ジグムントは心の中で、自嘲する。
こんなにも、誰かを欲しいと、ただ利己的な願望を抱く日がくるとは。自分でも信じられない。
「フェリは、よく考えたな」
『北西の森近くの平野に、捕虜の収容所を作らない特別な理由』だと?そんなものは、そういう発想に至る者がいなかった。それに尽きる。
フェリは、自身の思考が他を突き抜け、卓越していることを、自覚していない。
「その方向で、即時に調整をしよう」
「承知いたしました」
ジグムントは高揚する感情を隠し、努めて冷静にオズに指示し、オズもまた俄かに慌ただしくなる。
「ええっ……あの、いいのですか?」
フェリは、一人、取り残されたように、慌てふためいた。
「何か、問題があるのか?」
「いえ……何か、と申しますか……」
「我は、良いと思うぞ」
「詰める段階で、色々と問題はあるでしょうが、子細は担当部門と議論を進めませんと……その際は、またご相談させていただけると、助かります」
ジグムントのみならず、皇帝ウェルリンやオズまで賛同している現状に、発案者であるはずのフェリが最も狼狽した。
「そうではなくて……っ」
フェリは、自分が発案したこと自体が、最も問題だと思ったのだ。
「何も憂うことは無い。私が良いと判断したのだ。何かあれば、私が負う」
そう、真摯な眼差しで告げられてしまうと、フェリは黙るしかなかった。
*
「あの……ジグ様」
「何だ?」
「本当に、よろしかったのでしょうか……」
夕刻。
フェリに与えられた部屋に二人。
いつもより上機嫌に寛ぐジグムントに反して、フェリの表情は硬かった。
詳細の説明はないが、昼間の一件のことを言っているのは明らかだ。
この部屋に初めて通されたときよりも、ずっと険しい表情でフェリはジグムントを見つめる。
「何を、そのように憂いているのだ。
不利益があれば、私が負うと言っている。フェリ、そなたが憂うことは、何もない」
ジグムントは、軽い調子で当たり前のように返す。
「だからですっ!」
と、フェリは、珍しく声を荒げた。
「ここは、ムンデ国ではない。グランカリス帝国です。私などが、何も責を担うことができないことは、充分わかっています。だからこそ、不安なのです……」
ぎゅっと服の裾を強く掴むのは、フェリが不安や迷いを感じたときの癖であるらしかった。
「私が、自分一人で負えることならば、何も憂うことは、無いのです」
己の身一つで、片付くのなら、何も感じることは無い。己が信じ決断したことで、己が責を負うのは当然だから。
「けれど…これでは……何か、不都合なことがあった時……ご迷惑がかかってしまいます」
「そなたは、誠に高潔だな」
ジグムントは、心からそう思った。
フェリを見ていると、ジグムントを支えてきた、あの日の言葉を思い出し、その強い輝きが眩しく、目がくらむ思いがする。
しかし、フェリはきっと強くジグムントをねめつける。
「揶揄わないでくださいっ!……私は、真剣に——」
「揶揄ってなどおらぬ。自身が傷つき苦しむことより、他者を憂うなど、特異なことだ。
特に、苦境に立たされれば尚の事、他者を貶め、自らが助かろうとするもの」
ジグムントは、本当に得難い人物だ、と確信した。そして、一層、フェリが欲しくなった。
フェリは触れ合いに弱い。優しく頬を撫でると、すぐにとろけるような表情へと変わる。今日は、わずかに抵抗を見せ、瞳は強い意志を湛えたままだ。
それが、かえって嗜虐的な征服欲を刺激して、さらにジグムントを煽った。
「そうか……フェリは、責を負いたいのだな。
では、フェリの為したことで、決断で何か不都合が起こった時は、私がフェリの責を罰するとしよう」
そもそも、抱える必要のない、責であると思うが。
「え…罰……ですか?」
触れる指先の優しさとは、似つかない言葉に、フェリは恍惚となりつつある思考を、必死に動かす。
「どんな、罰を……」
「ああ。では」
ジグムントは、フェリを横たえると、上から獰猛に見下ろした。
「今から、実際に、試してみようか」
決して逃れることは許さない。
ムンデ国は、かの軍師を無くして以来、荒れた。それが、18年ほど前のこと。
そして、10年ほど前から、奇妙なほどに、国内が安定してきた。
ムンデ国は、寒冷な気候から、作物が育ちにくい。さらに地形が入り組んでいることから、派閥間の争いが耐えなかった。
入り組んだ地形を行き来する交通網ができ、生産が安定すると共に、派閥間の争いが減っている。
周辺国と、小競り合いはあるものの、小さな衝突でおさまっていた。
いずれも、フェリに端を発していた。多くのムンデ国の民は、飢えることなく、争いに巻き込まれる機会が減った。
渓谷での一件は、全てフェリの策略であった。
グランカリス兵をおびき出し、あの毒を使用したのが、偶然だとは思えない。あまりにも、でき過ぎている。彼はあの病を知っていたのだ。
グランカリスの民は、病を癒し、前宰相を断罪したことで、国内の平安を取り戻した。
さらに、渓谷の一件は、グランカリス帝国を追いやったという事実だけで、実質的な死者や被害は、通常の戦よりずっと少なかった。しかし、以来、ムンデ国への警戒が高まり、それは逆説的に、周辺諸国に平和をもたらした。
フェリ・デール。
たった17歳の、かの軍師の息子らしい彼は、ひっそりと、確実に、正しく、価値をもって、そこに在った。けして、自身を損なうことなく。
ジグムントの衝撃は、計り知れない。
ぞくり、と鳥肌が全身を包み、そして次の瞬間には、笑いが止まらなくなった。
ああ。こんなことが、あるのか。
ジグムントは、常に自身の在り方を問うてきた。
どんな状況にあろうと、どんな評価を受けようと。自分が正しいと思うことを。自分にとって価値のあることを。自分自身を高め、そして損なわないと思う道を、進んできた。
けれど、彼は、迷わなかったわけでは無い。
常に、自分というものは、簡単に、わからなくなる。己の信じる道が、本当に正しいのか、価値があることなのか、見失ってしまうのだ。
そんな時に、ジグムントを支えたのは、やはり周囲の人々だった。
ジグムントは、自分の道を進んできたが、それは彼を認めてくれる人々が共にいたからこそ、成せたことだった。
けれど、フェリ・デールは違う。彼は本当に、一人で歩んでいるのだ。
環境も、他者の評価も関係なく、彼の信じる価値ある道を。それが、如何に難しく、そして苦しいことか、ジグムントには身に染みて、痛切に理解できた。
事実を知り、理解した時。フェリ・デールは、ジグムントの光となった。
そして、ジグムントは、その光が欲しいと思った。
ジグムントにとって、初めて渇望するほどの強い願い。共に在りたいと熱望する心が、ジグムントを突き動かした。
そして、それが未だかつてない原動力となった。
兄は亡くなり、皇帝たるウィルリンを脅かす者もいない。
軍人であるジグムントが名を馳せれば、それはきっと、好戦的なムンデ国を刺激する。
たった1年で、グランカリス帝国の覇王と呼ばれ、紅の獅子と謳われるようになったのは、全て、フェリをこの手にするためだった。
ムンデ国は、好戦的でいて、閉鎖的な国だ。愚かではあるけれど、決して一筋縄ではいかない、他国から常に危険視される国だった。
だからこそ、隙を見せ、あえてグランカリス帝国に攻め入るきっかけを与えた。
そして、ジグムントの望みは叶い、自らの傍にフェリを招くことができた。
初めの謁見から、フェリは、敵国の覇王の眼光にも、威圧にも決して怯む様子はなかった。
身を縮め、気配を消すが、決して萎縮しているわけでは無い。ただ、淡々と現実を観察し、状況を読み、己が次に為すことを考えている。
欲しいという欲求が、明確な強い恋慕に変わった。
皇帝ウェルリンも、幼いながらに只ならぬ皇帝の威光を放っている。これにもまた、フェリは礼節こそ忘れないものの、当たり前のように接している。
揺るがない、フェリの内側から発せられる清らかな白い光に、ジグムントは強く惹かれ、魅了する。
ジグムントには、フェリの孤独につけ込んでいる自覚があった。グランカリス帝国で頼れるのは自分なのだと、他を排除して刷り込んでいる。
寂しく、不安な時に、優しく寄り添われれば、誰だって、相手を拒絶したりしない。それが、どのような類のものであれ、何かしらの好意を抱くものだ。
卑怯だろうと、姑息だろうと、フェリを捕らえるためなら、どんなことだってする。
絶対に、逃がすつもりは無い。
まるで、光に捕らえられた虫のようだ。ジグムントは心の中で、自嘲する。
こんなにも、誰かを欲しいと、ただ利己的な願望を抱く日がくるとは。自分でも信じられない。
「フェリは、よく考えたな」
『北西の森近くの平野に、捕虜の収容所を作らない特別な理由』だと?そんなものは、そういう発想に至る者がいなかった。それに尽きる。
フェリは、自身の思考が他を突き抜け、卓越していることを、自覚していない。
「その方向で、即時に調整をしよう」
「承知いたしました」
ジグムントは高揚する感情を隠し、努めて冷静にオズに指示し、オズもまた俄かに慌ただしくなる。
「ええっ……あの、いいのですか?」
フェリは、一人、取り残されたように、慌てふためいた。
「何か、問題があるのか?」
「いえ……何か、と申しますか……」
「我は、良いと思うぞ」
「詰める段階で、色々と問題はあるでしょうが、子細は担当部門と議論を進めませんと……その際は、またご相談させていただけると、助かります」
ジグムントのみならず、皇帝ウェルリンやオズまで賛同している現状に、発案者であるはずのフェリが最も狼狽した。
「そうではなくて……っ」
フェリは、自分が発案したこと自体が、最も問題だと思ったのだ。
「何も憂うことは無い。私が良いと判断したのだ。何かあれば、私が負う」
そう、真摯な眼差しで告げられてしまうと、フェリは黙るしかなかった。
*
「あの……ジグ様」
「何だ?」
「本当に、よろしかったのでしょうか……」
夕刻。
フェリに与えられた部屋に二人。
いつもより上機嫌に寛ぐジグムントに反して、フェリの表情は硬かった。
詳細の説明はないが、昼間の一件のことを言っているのは明らかだ。
この部屋に初めて通されたときよりも、ずっと険しい表情でフェリはジグムントを見つめる。
「何を、そのように憂いているのだ。
不利益があれば、私が負うと言っている。フェリ、そなたが憂うことは、何もない」
ジグムントは、軽い調子で当たり前のように返す。
「だからですっ!」
と、フェリは、珍しく声を荒げた。
「ここは、ムンデ国ではない。グランカリス帝国です。私などが、何も責を担うことができないことは、充分わかっています。だからこそ、不安なのです……」
ぎゅっと服の裾を強く掴むのは、フェリが不安や迷いを感じたときの癖であるらしかった。
「私が、自分一人で負えることならば、何も憂うことは、無いのです」
己の身一つで、片付くのなら、何も感じることは無い。己が信じ決断したことで、己が責を負うのは当然だから。
「けれど…これでは……何か、不都合なことがあった時……ご迷惑がかかってしまいます」
「そなたは、誠に高潔だな」
ジグムントは、心からそう思った。
フェリを見ていると、ジグムントを支えてきた、あの日の言葉を思い出し、その強い輝きが眩しく、目がくらむ思いがする。
しかし、フェリはきっと強くジグムントをねめつける。
「揶揄わないでくださいっ!……私は、真剣に——」
「揶揄ってなどおらぬ。自身が傷つき苦しむことより、他者を憂うなど、特異なことだ。
特に、苦境に立たされれば尚の事、他者を貶め、自らが助かろうとするもの」
ジグムントは、本当に得難い人物だ、と確信した。そして、一層、フェリが欲しくなった。
フェリは触れ合いに弱い。優しく頬を撫でると、すぐにとろけるような表情へと変わる。今日は、わずかに抵抗を見せ、瞳は強い意志を湛えたままだ。
それが、かえって嗜虐的な征服欲を刺激して、さらにジグムントを煽った。
「そうか……フェリは、責を負いたいのだな。
では、フェリの為したことで、決断で何か不都合が起こった時は、私がフェリの責を罰するとしよう」
そもそも、抱える必要のない、責であると思うが。
「え…罰……ですか?」
触れる指先の優しさとは、似つかない言葉に、フェリは恍惚となりつつある思考を、必死に動かす。
「どんな、罰を……」
「ああ。では」
ジグムントは、フェリを横たえると、上から獰猛に見下ろした。
「今から、実際に、試してみようか」
決して逃れることは許さない。
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