1000文字の小宇宙

有栖川 款

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Vol.1・1000文字の小宇宙

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 天女が舞い降りてきたのかと思った。
 恐らく結婚式帰りであろう、華やかなドレスに身を包んだ女性が、覚束ない足取りで走ってきた。肩に羽織ったシフォンのようなストールが天女の羽衣のようにはためく。
 そして僕の前に立ちはだかると、いかにもアルコールが入っていると思われる真っ赤な顔で、
「童話を書いてください」
 と言った。
「…はあ」
  僕は売れない詩人もどきで、路上で閃いた言葉を色紙に書いている。気に入って喜んでくれる人もいるが、そうたくさんでもない。自分ではこれだ、と思っても相手はぴんとこないことが多いようだ。見本の色紙を並べて路上に座っていても、大抵の人は胡散臭そうに横目で見て通り過ぎていく。そんな毎日の繰り返しだった。
「…見ればわかると思うけど、僕は詩を書いてるんだよ?」
「知ってますよ。でも、童話の方がいい」
 怒ったようにそう言うと、次の瞬間ぼろぼろと大粒の涙を零し始めたから、僕の方が慌てる。彼女は誰に聞かせるともなく語り始めた。
 今日は同僚の結婚式で、しかしその相手は彼女と同僚を二股かけていたらしい。同僚は何も知らず招待状を寄越し、出席しない方が不自然だったのだという。結婚式が終わっても帰れずふらふらと飲み歩いて、こんな時間になったのだとか。確かに、一次会で帰るには遅い時間だ。
「…それは、つらかったね」
 かける言葉が思いつかない。いつもなら、ここで何か励ましになるような言葉を考えるのだけど、きっと今までの僕の言葉は上滑りで、目の前の相手の心に響かなかったんだろう。そうなんだ、ということがその時急に胸に落ちた。
「すぐには無理だから、来週ぐらいでもいいかな?」
 彼女は頷くと、頼りない足取りでまたふらふらと歩いていった。
 僕は考える。何が今必要なのか。彼女に、ではなく、今の僕に必要な言葉。物語。
 一週間が過ぎ、また僕はいつもの路上に座っている。彼女は来ないかもしれない。
「こんばんは。…この前はごめんなさい」
 酔っ払いではない彼女が目の前に立って、微笑んでいた。仕事帰りなのか清楚な服装が眩しい。どうやらちゃんと覚えていたようだ。
「できたよ」
 僕は彼女のための本を手渡す。
 それらしく市販の無地の本様式になったノートに書いた短い物語。それは羽根があるのに一生懸命地上を走っていたことに気づかなかった、天使の話だ。
 初めて書いた千文字ほどの言葉の中に宇宙が広がって、僕の世界も広がった。
 でも、それすらも全部、初めからあったのだ。見えなかっただけで。
「気に入ってくれると嬉しいけど」
「ありがとう」
 本を受け取った彼女は、羽衣がなくても天女のように美しく見えた。



                 Fin
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