1000文字の小宇宙

有栖川 款

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Vol.11・見えないものを

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 急に風が出てきて、僕は肩を竦めて歩く。

 名ばかりの秋も少しはそれらしくなったのか。それとも、もう既に冬の足音なのか。
 
 季節外れの転勤で移り住んだ街は北国でも南国でもなく、過ごしやすい日々に夕暮れの散歩がいつしか日課になった。見慣れない港街の景色が新鮮だったのか、足はいつも港への道に向かう。堤防に腰掛けてしばらく夕陽が沈むのを見つめていた。
 
 過疎化と高齢化という、地方都市どこでも共通する悩みはあるだろうが、それでも都会の喧騒から離れると、やわらかくやさしい風が全身を包み込んでくれる気がする。
 
(日暮れが遅いな)
 
 少し西に寄っただけで、太陽の動きだってこんなに違うことを、僕は知らなかった。
 
「さくら、待ってよ!」
 
 明るい声が背後から聞こえ、振り返ると柴犬が突進してきた。
 
「ああ、ごめんなさい! すいません、大丈夫ですか!」
 
 飛びかかってきた犬は僕の顔中を舐める。
 
「だ…大丈夫です」
 
 もともと犬は好きだから嫌ではない。落ち着くと、さくらと呼ばれた柴犬を撫でてやる。
 
「…すいません。この子、女の子だからか、若い男の人が大好きで…」
 
 飼い主らしき女性が困ったように小さくなっている。
 
「そうなんだ? じゃあ、さくらちゃんのお眼鏡にかなったのかな」
 
 若い男というだけで気に入ってもらえたなら光栄だ。
 
「さくら、もう帰ろう。暗くなっちゃうよ」
 
 彼女が言う通り、日が長いと思っていた、さっきまで夕陽が美しく海を染めていたのに、もう辺りは薄闇に包まれ始めている。太陽が沈むとあっという間だ。
 
 さくらは名残惜しそうに僕を見るので、僕も笑いながら立ち上がった。
 
「お兄さんも帰るから、さくらちゃんも帰ろうな」
 
「…すいません」
 
 行きがかり上、彼女とさくらと並んで歩く。可愛らしい人だけれど、独身か、人妻か、判断できかねる年頃だ。まぁ、昨今ギャルみたいなママもいるから見た目で判断できることは何一つない。
 
 そう。あの人のように。
 
 こんな季節外れに異動があったのは、結婚話がドタキャンになったからだった。もちろん悪意ではなく上司が傷心の僕を気遣ってわざと地方に飛ばしてくれたようなものだ。
 
 お見合い同然の紹介で知り合った彼女は、特別ドラマがあったわけでもなかったけれど穏やかに何の障害もなく話が進み、僕は彼女に何一つ疑問を持たなかった。
 
 直前になって、ずっと思い人がいたこと。それが彼女を紹介してくれた僕の友人だったことを告げられ、足許が崩れた。気づかないほど彼女を知らなかったことに愕然とした。
 
「どうかしました?」
 
 黙りこんだ僕を心配そうに覗き込んだ飼い主の顔は、もう暗くてはっきり見えない。
 
「何でもないです。それより―――…」
 
 どんな形であれ、新しい出逢いを大事につなげようと、名前を聞いた。
 
 見えないものも、ちゃんと見えるように。
 
 
 
 
Fin
 
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