1000文字の小宇宙

有栖川 款

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Vol.36・暑い夏

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 例年より三週間も早い梅雨入りで、どんよりと空も心も雨模様が続いたかと思えば、六月に入ってから真夏日が続いて、これはこれで気が滅入る。
 
 空の青さ。踊る細い雲の筋、時折吹き抜ける涼やかな風は、曇りや一日雨より清々しい気持ちにはしてくれる。しかし、暑い。
 
 汗かきで、周りが引くほど汗を大量に流しては、訪問先の顧客をドン引きさせたり反対に酷く心配させたりする僕は、営業なんて向いてないよなぁと、休憩に入ったカフェスタンドで汗を拭き拭き溜息をつく。
 
 いや、わかってる。それが言い訳だってことぐらい。
 
 転職して数ヶ月、未経験の営業だけどうちの社の商品が本当に気に入って、売りたい、と思ったからこそ苦手意識を振り払うように必死に頑張っているけれど、何だか空回りしている気がしないでもない。
 
 営業を選んだのは、ダイレクトにお客様と繋がれる、と思ったのもあるが、それはつまりコミニュケーションを大事にできる、と思ったことでもあるんだ。
 
 ちょっとオタク気質でオープンな性格ではないことは自覚している。コミュ障とまではいかないが、話し上手聞き上手な友人や同僚を見るとちょっと凹む。仕事を通してコミュ力を高めたい、というのは一見前向きのようで傲慢なんだよ、お客様に失礼だろ、と社長に言われてハッとしてから、自分のためでなく、表面的な会話術でもなく、誠意が伝わるような人間になりたいと思っている。
 
 思ってるけど、それもハードル上げすぎじゃね? と自分に突っ込みたくもなる。
 
 綺麗事言ってんじゃねーよ、営業なんだから成績上げてなんぼだろ、とか、売る具体的な目標数とか、そっちのほうがある意味わかりやすいだろ、って。
 
 でも、どんな仕事でも誰かの心を揺さぶることは出来ると思うんだ、僕がそうであったように。
 
「あらぁ、あなた汗がすごいわよ、大丈夫?」
 
 再び歩き始めた路上で、角を曲がる際に歩調を弱めた時、すれ違った老婦人が驚いたように声をかけてくれた。
 
「あ、大丈夫です。自分、汗かきなんで」
 
 (笑)、と語尾についているふうにおどけて返すと、どこからどう見ても良家の奥様、という立ち姿の婦人は、僕でも知っているハイブランドのバッグから何かを取り出す。
 
「熱中症で倒れるといけませんからね」
 
 はい、と茶目っ気のある笑顔で小さなビニール袋をくれた。そこには熱中症予防、と書かれた塩分補給の飴が数個入っている。
 
「あ、ありがとうございます…!」
 
「肩の力をお抜きなさいな」
 
 ぐっと詰まる。全部見透かされたような気持ちになった。
 
 じゃあね、とどこまでもお上品に手を振って颯爽と過ぎ去る婦人の姿が、ぼやけてくる。
 
 ああ、なんだ畜生。結局僕は全部自分の力で何かをやろうとしていただけなんだ。誰かと繋がるとか関わるってことは、どれだけの人に助けられているかってことだ。
 
 もらった飴をひとつ口に放り込む。塩気と甘味が体中に滲みるようだ。空を見る。
 
 ―――――どんと来い、熱い夏。
 
 
 
 
 
 
 
 
Fin

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