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三
しおりを挟む「やあ、随分若い騎士団員だね、いくつだい?」
爽やかな笑顔を浮かべたのは、公爵家の跡取り息子フランツ氏。何を隠そう、ソフィア姫のかつての許婚であり、魔法使いに姫を攫われた本人である。
「は、私は、今年十六であります!」
「若いなぁ。察するに、君が今年の捜索隊というわけだ」
「は、はぁ…」
随分察しがいい。拍子抜けしていると彼は種明かしをするように話してくれた。
「毎年、捜索隊に選ばれた者は何故か必ず私を訪ねてくるんだよ。よほど婚約者に逃げられた男の顔が見たいのかな」
「いえ、け、決してそんなことは!」
図星を指されたようで恐縮するが、私が彼を訪ねたのはそれだけではない。何と言っても第一回の捜索隊は婚約者であった彼なのだから、詳しい事情や、結局彼が諦めて王国に帰り、別の女性と結婚して家庭を持った理由を、知りたいと思ったのだ。
「あの、失礼とは思いますが…何故ソフィア姫を取り戻すことが出来なかったのでしょうか?」
フランツ氏は私の顔を凝視し、若いなぁと呟くとにっこり笑った。
「そうだね…強いて言うならば、魔法の力が思った以上に強力だったということかな?」
「は? …はぁ」
「君にもいつかわかる時が来るよ」
フランツ氏はそう言うとさみしそうに微笑み、それきり口を閉ざした。
*
次に訪れたのは、エルベール氏。かつては自身も実力のある騎士で、現役を退いてからは近衛騎士団や辺境の騎士団をも統べる国防大臣を務めていた人物だ。今は高齢のため一線を退いてはいるが、その屈強な体格と力強い表情は衰えを知らない青年のように瑞々しい。
私は彼なら違う答えを聞けるのではと期待したのだが、
「姫を連れて帰れなかった理由? そうさのう、やはり、魔法というものは我々の力ではどうしようもないと、そういうことじゃな」
と、これまたフランツ氏と幾分違わないような答えで、がっかりしてしまった。
*
それから私は歴代の捜索隊を務めた人物を一人ひとり当たっていったが、誰も彼もが皆一様に同じことを言い、まるで要領を得ない。言っている言葉は聞こえてはいるがすべて意味がわからないような、そんな気分になった。
(魔法使いの力が強いのはわかりきっていることではないか。それならばもっと悔しそうにする筈だろうに、何故)
皆一様に嬉しそうな、懐かしそうな顔をするのは何故だろう。
(…最後の一人)
それは昨年の捜索隊だ。
小さな家の呼び鈴を押すと、やわらかい返事が返ってくる。
「はぁい、あら…?」
玄関を出たのは肩までの髪を後ろで小さく結んだ、若い女性だった。一瞬、間違えたかとメモ書きを読み返す。
「あの、失礼ですが元騎士団員のジュリアン・モールさんは・・・」
「私よ? 小さな騎士団員さん」
私ははっとして敬礼する。女性とはいえ、自分の先輩に当たるわけだ。それはそうだ、王国は男女平等であるゆえ、よほど特殊なものでない限り、すべての職業において男女どちらにも選択の自由がある。
「うふふ、どうやらあなたが今年の捜索隊に選ばれたのね」
「…はい」
やはり全部お見通しだ。
「気をつけて行ってらっしゃい。ああ、それから、楽しんでね」
「楽しんで、ですか?」
任務に楽しいもなかろう、と思ったがモール氏は真剣そうだ。笑ってはいるが、その視線は一年前の自分のことを見ているような気もした。
「そう言えば…モールさんは何故…」
捜索隊に出た後、騎士団を退団してしまったのか、と問おうとした。まだ何年も現役でやれる年齢なのに。
その時、部屋の奥から泣き声が聞こえてきた。聞き慣れない、盛りのついた猫のような泣き声。鳴き声か?
「あら、ごめんなさい泣き出しちゃった。ちょっと待ってね」
そう言うと一度引っ込んで、何かを抱いてきた。猫だろうかと思ったそれは―――人間の、赤ん坊だった。
「まだ生まれたばかりだから、首が据わってないんだけど。抱いてみる?」
「え、ええ? 私がですか?」
「そうよ、いつかはあなたも子供を持つかもしれないんだから、練習練習」
そう言われ恐る恐る抱かせてもらった赤ん坊は、とても小さく、柔らかくて、とても暖かい。そして何とも言えない甘い、ミルクの匂いがした。
「可愛いですね」
「そうでしょ?」
しばし赤ん坊の顔を見つめて、モール氏はふと真面目な顔で呟いた。
「騎士団を退団した理由は、今の旦那さんと恋をしたからよ」
「…そう、なんですか?」
結婚のため辞めるのは珍しくはないが、恋をしたから、という表現は珍しい気がした。
「そうよ、世界を敵に回してもいいと思っちゃったのよね」
そんなものだろうか。恋をしたことがない私には、よくわからなかった。
「それに、今はこの子のためにも、世界を敵に回してもいいと思ってるわ」
「……」
モール氏は私が固まってしまったのを見て、くすっと苦笑いをした。
「陛下には陛下のお考えがあって捜索隊を厳選しているみたい。だから、あなたが果たすべき役割が、きっとあると思うわ。私も昨年の捜索隊を通して、大事なことに気づいたの」
理解は出来なかったが、その言葉には言いようのない重みがあった。
結局のところ姫君や魔法使いのことは何一つわからずじまいだが、かつての捜索隊を務めた者にはきっと納得する理由があったのだろう。だから行けばわかるということだ。
寮に帰って旅の支度をし、翌朝正門前に行くと、ローリィ騎士は既に到着していた。
「おはようございます、ディラン騎士」
朝から随分爽やかな笑顔だ。
「おはよう」
「天気良くてよかったですね、行きましょうか」
能天気な言葉に、私はかえって気を引き締める。
「何を言ってるんだ、天気が良くても森の中は霧が出て視界も悪い。足許に十分気をつけるように」
「了解です」
そして私たちは正門を出た。門番は事情を心得ていて、快く送り出してくれた。
「行ってらっしゃいませ、騎士どの!」
「お気をつけて!」
目の前に広がる鬱蒼とした森の中へ、ゆっくりと歩き出した。
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