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世界魔道協会

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「最果ての魔女……」
 小さく呟いたラシルをちらりと見て、協会長は険しい顔を緩めた。
「リコどの、最果ての魔女の復活は驚異ではあるが、我々には希望もある。その少女が、例のドラゴン使いなんだな?」
「ええ」
「えっ?」
 静かに頷いたリコと比べて、物凄くびっくりした顔で一瞬飛び上がったラシル。
(あ、そうでした! わたし、ドラゴン使い、だった……)
 そもそもドラゴン使いとして登録するために来たのに、すっかり忘れていた。
「でも、あの、わたしがドラゴン使いなのが、どう関係するんでしょうか…?」
 真剣に問うてみたのに、リコは大きな目を更に大きく見開いて、それから逆に眉を寄せた。
「あなたねぇ、もう少し文脈から考えるってことをしなさいよ」
「え、あ、ご、ごめんなさい……」
 確かに、そうかもしれない。自分に関係ないと思っていたから全く別世界の話のように思っていた。
(ええっと、ドラゴンを狙う人がいて、そんなに簡単には捕まえたり出来ないけど、もしかしたら悪い魔女だと出来ちゃうかもしれないってこと? で、わたしはドラゴン使いだから……)
 そこまで考えて、一つの可能性に辿り着いた時、ラシルは本当に驚いて叫ぼうとして、そこに別の声がかかった。
「まぁ。そんなに難しく考えなくていいんだよ」
 協会長がにこにこと微笑んで、豊かに蓄えた髭を撫でている。
「え、で、でも……」
 おろおろしているとリコがきっ、と睨んでいる。
「ともあれ、先に登録をしようか」
 そう言って立ち上がった協会長の声に、リコもはっと顔を上げて我に返った。
「ええ。そうですわね」
「登録って、ここでですか?」
 魔女見習いの時は、確か階下の受付カウンターで手続きをした記憶がある。
「一般的には受付でいいんだがね。さすがに事務の者が引っくり返ってしまうだろう?」
「あなた、まだことの重大さがわかってないわね」
 呆れたように息を吐いたリコ。ラシルは何だか釈然としないまま項垂れた。
(お母さまが全然説明してくれないからじゃないですか……)
 もちろん、ある意味大変賢明なラシルは、ちょっとめんどくさい養母に文句を言ったりはしないのである。
「ちなみに、この部屋には、というか元々建物にもそれぞれの個室にも結界が張ってあるがね、今日は更に強固な結界を張ってある」
「……」
「それに、私がこの部屋に入った時から、もう一つ結界を張らせていただきましたわ」
「さすがだな、リコどの。そこまでやればする心配もなかろう」
 そ、そんなにしなきゃいけないものなの? と内心冷や汗をかき始めたラシルだが、先程辿り着いた結論が正しければ、確かにそうなのだろう。
「では始めよう」
 協会長は杖を出すと小さく詠唱を始めた。
(呪文……? なんだろう……)
 ラシルが疑問に思ったのは、リコが魔法を使う際に、呪文や杖以外の呪具の類いを、一切使うことがないからである。
「……確かに、ラシルをドラゴン使いと認めよう」
 そう言って杖の先でラシルの胸元のペンダント――の形をしたドラゴンの笛に軽く触れた。
 途端、ふわっと笛は浮き上がり一瞬パーッと眩く輝いて、静かに元に戻った。
「精霊たちが君をドラゴン使いと確かに認めてくれたよ」
「え、協会長、さま、精霊とお話が出来るんですか?」
 今の詠唱だと思ったのは呪文ではなく精霊と会話していたのか。
「魔法使いはその力に差はあっても精霊が見えたり話したりするものだよ」
「…ちょっと待ってください。そしたら、わたし、魔女じゃないって初めからお母さまは知ってたんですよね? じゃあ、魔女見習いとして登録出来なかったんじゃ……」
 ただの事務手続きかと思っていたのに、こんな儀式? が必要で精霊の確認? がいるのなら、魔女見習いとして登録が許可される筈がないのでは。
 すると、協会長はちょっと呆れたようにリコを見て、
「なんだ、そんな説明をしておったのか? リコどの」
「……ええ、まあ。見習いという形にしておいたほうが何かとよろしいかと」
 リコの耳が心なしか赤い。
 協会長は嬉しそうににっこり微笑んだ。
「ラシル、君が八つの歳にここに連れてこられたのは、魔女見習いとしてではなく、リコどのの養子縁組の手続きだよ」
 ラシルの親がもし見つかれば、必要であればいつでも解除できる、という条件で、リコは正式にラシルを自分の娘として登録していたのだった。
「……お母さま……」
「やめてよ、本当に、そういうの恥ずかしいから」
 と制止しようとしたリコを振り切って、ラシルはリコに飛びついた。
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