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世界魔道協会

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 通された部屋は、先程ドリーが出てきたであろう個室ではなかった。階段を上がって正面の大きな扉をリコがノックすると、
「どうぞ」
 と、やや嗄れた声が返ってきた。
「失礼します」
「し、失礼します…」
 いつものように堂々と、優雅にドアを開け入室するリコについて、ややおどおどしながらついていくラシル。一月余りの王宮暮らしで多少なりとも豪華な部屋や調度品も見慣れはしたが、所変わればで王宮とはまた違う厳格な雰囲気に飲まれそうになる。
(わたし……本当に王子さまのお嫁さんとか、務まるんでしょうかね…)
 と、思わず自問してしまったが、王国ヴィダルだから大丈夫だろうとも思った。
「おお、久しぶりだな、リコどの」
「こちらこそ、メデリアまでご足労頂き、ありがとうございます、協会長」
 にっこりと微笑んで杖を胸に、片膝をついて魔女流のお辞儀をする。ラシルは自分もしたほうがよいのだろうかと一瞬迷ったが、いや、自分は魔女ではないのだ、と思い直してドレスの裾を軽くつまみ、一般的な礼をした。
「なんの、魔法駅であっという間につくからな、年老いてもまだまだ魔力は枯れてないぞ」
 茶目っ気たっぷりに笑ってウインクまでしてみせたのは、メデリア支部の支部長ではなく、世界魔道協会本部の協会長である。日頃は本部のあるブリギッタ王国の首都リギアにいる筈の協会長自らがこのような遠方まで足を運ぶとは異例であろう。
 大陸の至るところに魔法のかかった駅があり、それは魔力でしか動かせない代物で、力の強さによって一度に飛べる距離が異なる。協会長の口振りからすると、ブリギッタ王国から直通で飛んで来たようだ。個人的な仕事としては魔法使いは既に引退しているようだが、魔道協会員を統べる協会長だけあって、確かにかなりの使い手と言えるだろう。
「お元気そうで何よりですわ」
「お前さんもな。相変わらず可愛らしいなりだなぁ」
(それは…地雷踏んでないですか? それとも褒めてるっぽいからセーフ?)
 とラシルがはらはらしながら見守る程度には微妙なワードだが、リコの表情は全く変わらない。
「ありがとうございます」
 にこっ、キャピッ、はーと、と書き文字が付きそうな笑顔と仕草を、リコは協会長に返した。
「まあ座りなさい」
「先日の王国ヴィダルのお話ですよね」
 勧められた長椅子にゆっくり腰を掛けながら、リコは静かに話し出す。
「そうそう、ドラゴンのことだが」
 リコはそこからドリーの横暴さをこれでもかと捲し立てるつもりだったに違いない。たが、ごほん、と協会長は一度咳払いをして、
「あれはな、私が依頼したのだ」
 と気まずそうに告白した。
 はい?
 リコも、ラシルも目が点になり、ずっと黙っている(喋ることがバレるとまずいのかも)メンディスでさえも、ズルッとリコの肩から転がりそうになった。
「なんですって………?」
 リコの肩から怒りの炎が吹き上がるように、ラシルには見えた。途端、協会長は軽くのけぞって慌てて手を左右に振る。
「いやいや、ドラゴン捕獲を依頼したわけじゃないぞ! 確認を頼んだだけだ。ああ見えてドリーも有能な魔女には違いないからな。だが些か手段がよろしくなかったようだ、そこはしっかりとお灸をすえておいた」
 なるほど、先程ドリーが余裕を見せたのは口頭注意で済んだからだったのだ。
「まぁ、ここで話すのもなんだが、メデル国王の個人的な依頼でもあったようだ…」
「…メデル国王、ドラゴンを狙ってるんですね」
 ここはメデルの首都である。釈然としないのは無理もない。
「……どうだろうな、よほど清廉潔白な王でなければドラゴンは魅力的なんじゃないかね。絵空事のように思っていたものが俄に現実味を帯びてくるとなぁ」
 ドラゴンは魔女にとっても魅力的だが、国にとっては大きな守護を得られると言われている。そう、小さいと侮れない、王国ヴィダルのように。
「でも、そうですわね、本当に王国ヴィダルのような国でないと、ドラゴンは護ってくれないんじゃないかしら」
「それだよ。間違いない」
 そう言って協会長は深く頷く。
「だからメデルのような大きい国であろうと、極端な話、ブリギッタ王国であろうと、国や国王がドラゴンをどうこうしようなどというのは無茶だと思うし不可能だろう。だが、悪魔に魂を売ったような魔法使いだと、話が違ってくる」
 ぴく、とリコの眉が動いた。そう、今日はその話をしに来たのだ。
「……数十年ぶりに気配があったそうですわね………最果ての魔女の」
 リコの顔には、ラシルが見たことのない怒りや悲しみ、複雑な感情が浮かんでいるように思えた。
(最果ての魔女……)
 ラシルは初めて聴く通り名だった。
 それは何故か、酷く禍々しい響きをもってラシルの耳に届いたのだった。
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