私と騎士様の危い愛

月野さと

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26話

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 アニエスは、必死にジルヴィスに縋りつく。
「お願い!今日はそばに居て!」
 その姿に、ダンもジルヴィスも驚いた。
「アニエス…」
 眉を下げて、困った顔のまま、彼女の両肩に手を置いて、体を引き離しながら、ジルヴィスはなだめるように言った。
「アニエス。今日は、あなたのご両親もいらっしゃっている。1人では無い。大丈夫だ。また、必ず来る。」
「ジル…」
「また、会いに来るよ。」
 そう約束して、家を出た。

 馬に乗って、走らせようとした時だった。
「おい、ジル!」
 ダンが険しい顔で言った。
「?」
「もう、この家には来ない方が良いんじゃないか?」
「……」
 アニエスに、もう合わない方が良い。それは、俺も縋りつかれた時に思った。
「いくら幼馴染とはいえ、アレは無いだろう?」
 ダンの言う通りだと思う。
「そうだな。暫く、距離を置くことにしよう。……ただ、勘違いしないでやってくれ。アニエスは身重なのに夫を失ったんだ。情緒不安定にもなるだろう?」
 女性は子を宿すと、感情的になり、体のバランスも崩れ、本能的に行動をとってしまうと聞いたことがある。
 アニエスの寂しさや悲しさ、心細さは計り知れないものがあるだろう。
 誰かにすがりたいと思う気持ちも、解らなくない。

 …俺自身。ミレイに救われているのだから。
 あいつの存在が、今、この瞬間も大きい。
 アニエスと傷の舐めあいをせずに、自分を保っていられるのも。親友ルシオの葬儀を終えて、帰る家路が、こんな気持ちなのも。酷く情けない醜態をさらさずに、いられるのも。
 
 この時、急に、ルシオの幸せそうな顔を思い出した。
『俺、今が1番幸せかもな。1日の終わりに、1人じゃ無い。愛する人が居る。』
 まだ、アニエスと結婚してすぐの頃、ルシオは、仕事中にもかかわらず、そう惚気たことがあった。

 1日の終わりに、1人じゃ無い…か。

 そのありがたみが、今は痛いほどにわかる。


◇◇◇◇


 家に帰って来ると、キッチンに明かりが灯っていた。
 トン、トン、トン、と包丁の音もする。

 コートを脱いで、クローゼットに閉まっていると、キッチンからミレイが顔を出した。
「あっ!お帰りなさい!早かったんですね!」
 ヒョコッと出て来たミレイの顔には、何やら白い粉がついていた。
「ただいま。」
 返事をすると、ミレイは満面の笑みで微笑み返した。それは、とても嬉しそうに。
「御夕飯は?」
「あぁ、あまり食べれなくてな。」
「そうでしたか。ちょうど、私の国の料理を作っていた所です!」
「……?」
 ジルは、興味が湧いて、キッチンを覗き込む。
 ミレイは、調理台の上で真っ白い塊をいくつか作っていた。
「なんだ?これは。」
「これは、ウドンっていうんですよ。それで、こっちはパンの生地です。」
 ニコニコと嬉しそうに説明してくれるが、ジルヴィスには違いが分からない。全部、白い塊に見える。
「明日は、焼き立てパンをジルに食べてもらおうと思うんです。楽しみにしててくださいね!」
 そう言いながら、折り畳んだウドン生地を慎重に包丁で切って行く。しばらく、その姿を眺めていた。そんなジルをチラッと横目で見てから、ミレイは言った。
「ジルが、今日は遅くなるって言ってたので、軽い夜食は必要かなって思って、うどんにしたんです!すぐに準備しますね!お風呂に入って、ダイニングテーブルで待っててください。」
 そう言われて、なんとなく、黙って頷いて、それに従った。
 
 ミレイは、そんなジルの後ろ姿を見つめた。

 親友のお葬式を終えて、まっすぐに家に帰って来るとは、思っていなかった。
 仲間や、あの幼馴染の女性に付き添って、深夜まで…ううん。朝まで思い出話などをするのかもしれないと、思っていた。
 昼間に見た国葬でも、今も、ジルの表情は平常心という感じだ。
 私だったらどうだろうか?
 いくら仕事とはいえ、いつも通りでいられるだろうか?大人なら、そういうものだろうか?
 ……ううん。違う。
 ジルは、あんなに悲しんでいた。
 時折見せる、虚無な目。
 あの人は、優しい人だから、私に気をつかって早く帰って来てくれたのかもしれない。
 私が居るから、1人で家で思いっきり泣く事も出来ないのかもしれない。
 そんな風に思えて、申し訳ない気持ちになった。
 
 そんな、彼にしてあげられる事。
 私が、ジルにしてあげられる事。

 私にできる事、何かあるのかな?
 





 

 
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