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37話 アニエスとミレイ
しおりを挟む「あなたの事、少し調べさせてもらったわ。」
アニエスは、まっすぐにミレイを見つめる。
その目は、氷のように冷たく感じた。
「どうして、ジルの家に住んでいるのかしら?」
「え……あの、それは、遠い親戚の知り合いで…」
「わたくしは、ジルの幼馴染で、この国の筆頭侯爵家の出身よ?そんな嘘が、見抜けないとでも?」
「……」
アニエスの目は、厳しく睨みつけていた。
どうして、問い詰められているのか?なぜ、アニエス様がそんなことを言うのか?混乱した。
が、すぐに思いついた!
そうか!もしかすると、彼女は、怪しい女である私を警戒しているのかもしれない。幼馴染のジルを心配しているのだ。そうに違いない!
「わ、私は、ジルに助けられて、その、えーと、行く当てもない私を、仕方なく置いてくださっているだけです!」
「助けられた?」
「はい。」
「それで、ジルの恋人気取りを?」
「ち、違います!ただの、居候です!」
「……居候…?」
憎悪を込めた目つきから、少し疑わしいという目に切り替わる。そんなアニエス様を見て、やはり、彼女はジルを心配しているのだと確信する。
「私は、この国に来て、本当に困っていて、でもジルが助けてくれて、感謝しているんです。仕事もこうして紹介してもらえて、やっと1人でも生きていけるようになったところなんです。それなのに……」
リオンが、絶対に他言無用!と言ったのを思い出す。
分かってる。だけど……。
何もせずには居られなかった。
私の出来る事、それは、他には何も思い浮かばなかったから。
思い切って言った。
「あの!ジルが、今、危険なんです!」
「え?」
アニエスは、疑いの目から、少し驚いた顔をした。私は必死に説明する。
「詳しくは、分からないのですが、ジルは、命を狙われているんです。でも、私は、何も出来ない。だから、その…」
「どうゆうことなの?詳しく話をして。」
アニエスは小声で顔を乗り出した。
私は、やはり小声で、話をした。
「本当に、詳しくは分からないんです。ただ、“神官長”と言う人と、“団長”が話していたんです。ジルに刺客を送ったけれどダメだったとか。でも、もうすぐジルを消せるって言ってました。ジルの弱味を握ったからって。」
アニエスは、眉間に皺を寄せる。
「ジルの……弱味?」
「はい。」
「ジルに弱味なんて無いわ。」
アニエス様は、言い切った。
「え?」
「ジルは、何もかもを切り捨てて、生きてきたの。地位も名誉も興味の無い人よ。だけど、たった一人だけ親友がいた。その親友も、もういない。だから、彼には弱味なんて1つも無いわ。」
……その言葉に、私は胸を締め付けられ、何故か泣きそうになる。
ジルは、どうして、何もかもを切り捨ててきたのか?何を、抱えて生きてきたのか?どんな気持ちだったのか。全く分からないながらも、いつも思い出すのは……暗闇の中で、1人、涙を流していたジルの姿だった。
「私は、あなたの事だと思うんです。」
私の言葉に、アニエスは顔を上げる。
「え…わたくし……?」
「ジルは、誰よりも、あなたを見る目が優しかった。それに、お腹の子を知った時の顔。あんなに嬉しそうにしていたのを、私は初めて見たんです!だから、ジルの弱味って、あなたの事だって、アニエス様のことなんじゃないかって、私は、それを知らせようと思って……!」
アニエスは、驚いて目を大きく開く。
「ジルの弱味が、わたくし……?」
「あの、ですから、確信はないのですが、気をつけてください!」
そこまで言って、やっと、言えたことに、私はホッとする。
すると、アニエスは、口元に手を置いて、お腹に触れながら何かを考えていた。そして、私の方をまっすぐに見た。
アニエス様の頬が、少し桃色に染まっていた。
「そうね。ジルは、この子をとても大切にしてくれる。……あぁ、そうだわ!ねぇ、お願いがあるの。」
「はい…?」
「ジルを、この家に連れてきて欲しいの。」
「え?」
「ジルと私は、本当は、愛し合っていたのよ。」
その言葉に、私は、固まった。
瞬間的に、体が拒否する。
もしかしたら、と頭の片隅にあったけれど、考えないようにしていたことだ。ハッキリと言葉にされたことで、印籠を渡された気持ちになる。
「……」
アニエスは、微笑みながら続けた。
「私たちは、お互いに思い合っていたのに、父の決めた相手と結婚させられたの。」
なんだが……気が遠くなってきた。
よくある物語のパターンだ。
私は、脳が停止するのを感じながら、心の片隅で思った。
あぁ、そうなんだ。そっか。
ジルの好きな人は、この美しい人なんだって。確信した。
まぁ、お似合いである。
「ジルは、夫が亡くなった今も、夫の手前、私の所には来てくれないわ。」
アニエス様は、私の手を取り、すがるように言った。
「だから、お願い!私は、ジルに傍にいて欲しい。もう1度、いいえ、この恋をやり直したいの。」
あぁ、うん。そっか。
引き裂かれた恋人。
親友の亡きあとに、お互いに手と手を取り合い、元のさやにもどるってやつだ。
ハッピーエンドだ。
私は、そのキューピッド役だったのか。
いつか観た演劇よりも、良い物語だ。
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