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32話
しおりを挟むジルヴィスが、アニエスを疑い始めていた頃。
ミレイもまた、トラブルに直面していた。
ジルヴィスが家に帰って来ると、ミレイは既に帰宅していて、いつものようにキッチンにいた。
ただ…いつもと違って、包丁の音が、ダンダンダン!と大きな音がしていた。
「ミレイ…?どうした?」
「お帰りなさい!あ、すぐにゴハンできますから!先にお風呂に入っちゃってください。」
「……?あぁ、わかった。」
ミレイはチラッと、ジルを見ただけで、笑顔すら無かった。
いつもは、満面の笑みで迎えてくれるのに、どうしたのか?
ジルヴィスは、黙ってお風呂場に行くと、どうやらミレイは先に入浴を済ませた様子だった。
「……めずらしいな」
ミレイは、謎の“一番風呂”に拘っていたので、先に入ることは無かったのだ。『我が家は家長からお風呂にはいるのです!』と、意味不明な事を言っていた。
ジルヴィスにとっては、順番などどうでも良いことなのだが、その珍しい行動が疑問に思った。
素っ気ない態度。
既に入浴済み。
……世の中で言うところの、浮気?不倫?を疑う行動だろうか?
「いやいや、待て待て、彼女の恋愛は自由だ。」
そう、声に出して言ってみて、自分でも動揺していることに気がつく。
あのアニエスすらも、その疑いがあるという。ミレイだって………。いや、ミレイは恋人では無い。そういうことをする友達の関係だ。だから、そのセフレが1人増えていようと、恋人が他に出来ようと、何かを言う権利など自分には無い。
そう、自分に言い聞かせたが、心穏やかではいられなかった。
リビングに行くと、既に料理が並べられていて、ミレイは暗い顔で座っていた。
「ミレイ…何かあったのか?」
再度そう質問すると、彼女は、目を上げて眉間に皺を寄せた。
「………何も」
黙って食事を始めたが、あきらかに、いつもの雰囲気では無い。
とにかく、黙って食事をすすめて、様子を伺う。いつものように、たくさん食べる事もなく、すぐにスプーンを置いてしまった。
すると、意を決したように、ミレイは言った。
「ジル。私……」
「どうした?」
「私、仕事、休みたい!」
「え?」
仕事??
「実はね……」
ミレイは、青い顔をしたままで、話し出した。
いつものように、宝石を届けに行き、新作などのジュエリーを見せに家に行ったら、「今度は1人で来い」と言われた。そして、マダムにも1人で来させろと言う。
「男爵様。ミレイは、まだまだ新人ですから、1人では難しいのです。」
マダムがニコニコと断ると、男爵は言った。
「私はミレイが気に入った!ミレイが勧めるものなら、購入しよう!」
そうして、頻繁に呼び出され、毎日のように店にも現れるようになった。流石に、店で問題になった。
そんな中、とうとう、マダムの目を盗んで、言われたのである。
「急に、私の手を握りしめて、とても口には出せないような、エロい言葉で誘ってきたんです!!ヘンタイ!キモオヤジ!吐き気がする!!」
話しながら、ミレイは苛立ちを露わにした。
その、怒りと剣幕に、ジルヴィスはスプーンを持ったままで固まった。
「しかも!!手を撫でまわして、手に、キッ、キスまでしたんですよ!!慌てて手を引っ込めたら、腰に手を回してきて‥‥ムキーーー!もう、嫌!!」
ミレイは、ゼーハーゼーハーと荒い息をして、ブルブル震え上がった。
「もうっ!奥様だっているくせに、気持ち悪い!聞けば、不倫も浮気もこの王都じゃみんなやってるとか言うじゃないですか!?信じられない!!聞いただけで、身の毛もよだつ!吐きそう!ジル!そうなんですか?!」
「え?……」
「だから、不倫とか浮気とか、愛人とか、そうゆうのって普通?男のたしなみ?」
ミレイの剣幕を見て、何故か気持ちが落ち着いてしまったジルヴィスは、少し口元を緩めた。
「まぁ、この王都では、そうゆう輩が多いのは事実だ。ただ、全員が全員と言うわけでは無い。」
ミレイが嫌な思いをしたということには、だいぶ許しがたいが、ミレイがそこまで怒っていることに、なんだかホッとした。
「俺は、不誠実なのは許せない人間だ。どこの誰が何をしようと、まぁ、本人たちの勝手だが、理解不能だな。不貞など、俺はしない。」
「そっか、よかった。私も嫌!浮気も不倫も絶対に許せない!!」
「…マダムには相談したのか?」
「はい。そしたら、もう男爵家には行かなくていいと言われました。お店には、男爵が来たら奥に入るようにって。でも、同僚や、お店にはご迷惑を…」
「気にするな。あの店は、小さい店じゃない。マダムがうまくやるだろう。」
コクン…と、頷いてから、ミレイはジルを見つめる。
「ジル…」
「なんだ?」
「ジルは、好きな人に、ぜったいに誠実でいてください。」
急に真剣な顔で言われて、ジルヴィスは、またポカンとする。
「私達、こんな関係だけど、好きな人が…いるなら……恋人が出来た時は、この家を出ていきますから!」
ミレイは、勇気を振り絞って言いきった。
心の中で、自分にも言い聞かせる。
最初は、ジルがいないと生きていけないって、縋ってたけど。だけど、今はもう、仕事もある。町にも慣れて来た。頑張れば、1人で生きていけるだろう。
でも、やっぱり、ジルが好きだ。
親密そうな関係の、アニエスさんに出会って、なんか不安になっていた。
ジルに好きな人が出来たら、恋人が出来たら。とても悲しいけれど、嫌だけど…だけど、ジルには誠実な人で居て欲しい。そう思った。
「ちゃんと、好きな人が出来たら、教えてくださいね。私、祝福して、出ていきますから!」
笑顔で、そう、伝える。
そう言いながら、ちゃんと祝福できる、自信なんて無かった。
それでも、ジルを支えるのは自分では無いように思えた。これは、淡い恋心と言うものだ。
好きだと言っても、困らせるだけだろう。
今でさえも、セフレという関係に、ジルは戸惑っている気がするのだ。
だって……
誘うのは、いつも私からだから。
だから、このままで良い。
一方で、ジルヴィスは言葉を失っていた。
『好きな人ができたら、祝福して出て行く』そう言われては、何も言えない。
微笑みかけるミレイをみつめて、心の中で問う。
セフレとは、どうゆう感情だ?まったく好きでなくても、体の関係は持てるものか?好意がなくては無理ではないのか?
俺は、おまえが好きだ。
「ミレイ、食事が終わったら、部屋に行こう。」
この日、はじめて、ジルヴィスから“したい”と誘った。
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