吸血鬼と愛の鍵

月野さと

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第2話

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 目を覚ますと、母がベッドの横で私の手を握っていた。

「お母様・・・?」
 リリアナが声を出すと、その声は恐ろしくかすれて小さい声だった。

 そんな私の顔を食い入るように見つめて、母は、眉をしかめて涙を流した。
「リリアナ!目が覚めたのね!あぁ、良かったわ。リリアナ。」
 私にすがりついて、母は取り乱して泣いた。
 
 どうしたのだろう?
 何かあったのだろうか?
 周囲を見回して、自分の部屋のベッドだと確認する。でも、何か・・・何かが変。

 頭はぼうっとして、高熱でも出した後のように、体がだるくて、異常な喉の乾きを感じた。

 バタバタと廊下を走ってきて、扉を開けて入ってきたのは、ルナルドだった。メイドから目を覚ましたと知らせを受けて、急いでかけつけたのだ。

 ルナルドの顔を見るなり、リリアナは、嬉しそうに笑う。
「お兄様・・・」
 その表情を見て、後ろからやってきた父の伯爵も、母も、息を呑み、言葉を飲み込む。
 それを感じつつも、ルナルドは、リリアナのベッド脇まで行く。
「リリアナ。気分はどうだ?体は?どこか痛くないか?」
 
 ルナルドの言葉に、自分の記憶を確かめる。でも、体が悪くなった記憶はない。
「私、体調を悪くしていたかしら?昨日は、舞踏会で、少しだけワインを飲んでしまったけれど、体調は特に何も問題ないです。」

 そう言った瞬間に、全員が目を見開く。
 
「リリアナ・・・おまえ・・・」
 父の伯爵が、顔を青くして立ち尽くす。
 母が、私の両腕を掴んで泣きながら言った。
「リリアナ。あなたは、馬車に乗ったまま、事故にあったのよ。落石に驚いた馬が暴れて、崖の下に落ちたの。」
「・・・え?」
 母が、何を言っているのか、すぐには理解できない。

 崖から落ちた?
 私が?

 両腕を見ても、おなかを触ってみても、足を動かしてみても。どこも、なんともない。

「どこも、なんともないわ。・・・でも、崖って、どこの?」
 そう言って、母を見ると、顔を突っ伏してワァワァ声を上げて泣き出した。
 
「リリアナ。舞踏会のことは覚えているんだね?それ以降のことは?」
 ルナルドお兄様が、静かな声で私に聞く。
 その瞳を見つめてから、母に視線を落として言う。
「お屋敷に帰ってきて、部屋に戻って・・・」
 チラリと、兄を見る。
 ルナルドも、何か言いたげにリリアナを見ていた。
「・・・そこまでです。それから、目が覚めたら、今です。」
 ルナルドお兄様の目が、泣いてしまうのではないかと思う程にゆらめいた。眉をひそめて、唇が震えているように見えた。
 私に何か言いたいのだと、そう思った時だった。

 父の伯爵が言った。 
「1ヵ月間の記憶が無いようだな。」
 私は息を飲んだ。
「1ヵ月・・・?」

 あれから、1ヵ月がたっている?
 
 そこで、ふと、脳裏に浮かんだ映像があった。
 ルナルドお兄様と両想いだと知って、そう、その後だ。お兄様と劇場に行った記憶がある。暗い劇場内でキスをした。
 そうだ。あの舞踏会の日から、私たちは、両親の目を盗んで、愛し合って・・・・。


 そんなことを思い出している時だった。
 開いたままの扉から、コンコンとノックする音。
 目を向けると、黒髪の女性が、部屋の中に入ってきた。
「あら、ごきげんよう。目がさめたのね。」
 黒髪の女性は、ヒールをコツコツと鳴らせながら、部屋の中に入ってくる。

「・・・どなたですか?」
 私が声をかけると、その女性は、ニッコリと笑いながら、兄の隣まで歩いてくると、兄の腕に自分の腕をからめた。
「あなたのお兄様の恋人よ。よろしくね。」
 咄嗟に兄の顔を見ると、ルナルドお兄様は視線をそらした。
「うそ・・・」
 ポツリと呟くと、黒髪の女性は笑った。
「1ヵ月も記憶が無いとは、驚いたわね。そうとう強く頭を打って、血まみれだったから飛んじゃったかしらね?」
 フフフと、女性は笑うと、ずっと持っていたマグカップを、私に差し出した。
「ま、とりあえず、これ飲んでおきなさい。」
 女性が差し出したマグカップを、なんとなく受け取る。

「これは何ですか?」
 受け取った瞬間に、なにか、異様な匂いがする。
「薬。あんたの為に、この私がわざわざ持って来てやったんだから、さっさと飲みなさいな。」

 母や父の伯爵を見ると、無言だった。兄の顔を見るけれども、こちらを向いてはくれなかった。

 目を覚ましてから、世界が変わってしまったようで、何が現実なのかわからなくなりながら、カップの中の薬に目をやる。見た目は、コーヒーのような紅茶のような感じに見えるけれども、香りが全く違う。
 両親も兄も何も言わないので、とりあえず、飲むことにする。見た目よりも、飲んでみると普通で、全て飲み干した。
 
 母が、私の手からカップをとると、涙を拭きながら言う。
「さぁ、もう少し休むと良いわ。今日はゆっくりしていなさい。」

「じゃあ、私達は学園に行く時間だから、一緒に登校しましょう、ルナルド。」 
 恋人だと言う女性は、兄の腕を組んだままで、踵を返して扉へ向かう。

 兄とその女性は、寄り添ったままで部屋を出て行った。

 その2人の後ろ姿を、ただ、呆然と眺めてた。


 いったい、自分に何がおきたのか。

 私は、全く理解できずにいた。




 兄達が学校に行った後、両親に1か月間に、あった事などを教えて欲しいとお願いしたけれども、話すことは無いと言われた。
 
 落ち着いて、1人で部屋に居ると、疑問に思うことがあった。
 この王都で、馬車で崖に落ちるとは・・・どこに行こうとしたのだろう?

 お兄様と私は、確かに心を通わせて、密かに付き合っていたはず。
 あの恋人は・・・お父様が決めた方なのだろうか?学校にいる名家の令嬢は覚えているのに、知らない顔だったと思う。それとも、記憶を失っているから、混乱して抜けているのだろうか?

 いずれにしても。
 ルナルドお兄様と私は、別れてしまったということなのだろう。

 
 
 その日の夜。

 私は夢を見た。

 だけど、それは忘れてしまっていた、私の記憶だった。

 社交界デビューした日の夜。私たちは、はじめて体をかさねた。
 ベッドで、互いの荒い息づかいを感じながら、抱き合って余韻に浸る。
 ルナルドは、リリアナの前髪を撫でて、涙を指で拭って言った。
「ごめん。痛かったよな。・・・焦って、余裕無くて、カッコ悪いな、俺。」
 少し顔を赤らめて、照れながら言うルナルドは、少し可愛らしかった。
 リリアナは、ふっと笑って首を振る。
「お兄様は、いつだってカッコイイ。はじめては、好きな人とって思ってたから、だから嬉しい。」
 ルナルドは、眉を少ししかめて言う。
「お兄様じゃないって言ったろう?2人の時は、名前で呼んで欲しい。」
 そう言って、額にキスをされる。そうして、起き上がると、ルナルドはベッドを降りて服を着始めた。
 もう行ってしまうのかと、寂しくなる。

 2人の時はって、それって、またこうして、2人で会ってくれるということ?

 ルナルドは服を着ながら振り返った。
「本当は朝まで一緒にいたいけど、まだ誰にも知られてはまずい。夜が明ける前に部屋に戻るよ。」
 ベッドに膝を立てて、私の傍に寄ると、ニッコリを微笑む。私の両肩を掴んで、ルナルドは言った。
「リリアナ。いつか、俺たち、結婚しよう?父上と母上には、卒業して爵位を継ぐ時に言う。必ず説得するから。だから、それまで待っててくれるか?絶対に、誰とも婚約しないでほしい。」

 その言葉に、胸がいっぱいになって、私は抱きついて頷いた。

「約束だ。リリアナ。」  



 あの瞬間まで、私の初恋は、淡い思い出で終わるのだと思っていた。
 何も望んでいなかったはずなのに、体を重ねてしまったことで、私の中で大きく変わってしまった。

 あなたが欲しい。離れて行かないで。
 ずっと傍にいて。

 あの時の約束は、どこへ行ってしまったの?
 私の事は、もう何とも思っていない?
 ルナルドお兄様は、今、何を思っているのだろう。







 

 
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