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Episode 20 村人たちと女将さん

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 まどろみの中。

 お日様の匂いに包まれて、ほかほか温かくて気持ちいい。
 抱きしめてくれる大きな腕に安心感があって、安らいでしまう。この腕の中なら大丈夫だって思える。おでこ辺りに、寝息が、ふすーーっと当たってきて、少しくすぐったくて、場所をずらすと、顎の先が額に当たって、そこをグリグリと額でこする。そうしたら、後頭部を押されて引き寄せられて、私の唇が誰かの鎖骨に当たって、目を開ける。

 狭いベッドで、ジャンと私は抱き合って眠っていた。

「!?」 
 心臓が、ドッドッドッドッ!!と激しく脈打ち始める。顔!顔が近すぎる!!あ!?私の足~~!!なんでジャンの足の上に乗せてんのよ!?私のバカバカバカ~!足癖悪い!嫌われる!!
 ・・・足を動かしたら、起きちゃうかな?このまま、寝たフリする?いやいや、ジャンを起こす??あ・・・でもでも、私を看病して疲れているのかも!!と、とにかく落ち着いて!!私!!落ち着くのよ!!

 ひとしきり、一人でパニックになってから、どうする事もできずに、ただジャンを眺めた。

 凄くよく寝てる。
 起きそうにないな。本当に、疲れているのかもしれない。
 そうだよね。私の面倒とか色々気を使ってくれているもんね。
 なんか、私が居なかったほうが、ジャンは楽だったのかな?とか。この旅をしながら、時々思っていた。きっと、私が居ない方が、もっとスムーズに旅が出来た筈だ。
 ・・・・あぁ、ダメダメ。そうゆう考えは良くない。私の取柄は、ポジティブな事なんだから!何か恩返しとか、役に立てることを探せばいいんだ。

 そんな事を考えていると、ジャンが目を覚ましそうな動きを見せたので、慌てて目を閉じる!!

「・・・」

 黙って寝たふりをしていると、ジャンが上半身を起こして、布団を肩の上まで私にかけてくれるのを感じる。本当に優しいんだから♪なんて、ホカホカした気持ちで狸寝入りを続けると、ジャンは、私の額に手を置いて、熱を確かめているみたい。
 うん。もう大丈夫だよ♪と心の中で答えてみる。
 サラサラの大きな手が、するりと滑らせてきて、私の頬を撫でる。
 その心地の良い感触に、心臓がドキドキと早鐘を打ち始める。なんとか必死に、寝たふりを決め込んでいるのに、次の感触に心臓が止まりそうになった。

 突然、唇に、柔らかい唇の感触だった。

 えっ?ジャン?!

 数秒後、ベッドが軋んで降りて行く音がする。

 私の心臓が、爆発しそうな位にバクバクと、うるさく鳴り響く。 
 
 パタン。と、部屋の扉が閉まる音がして、私は飛び起きた。 
 両手を自分の口に当てて、困惑して固まる。

 キ・・・キス・・・した?・・・なんで? 

 頭の中をぐるぐる思考する。
 ジャンとキスしたのは2回目?3回目?だけど、あの時は、なんか、流れでなんとなくというか。でも、今のは・・・。

 そんな事を考えてパニックになっていると、部屋の外から声がする。
「どうだい?体調は良くなったかい?」
 宿の女将さんの声だった。
「熱は下がったので、もう大丈夫かと。」
「そうかい!それは良かったよ。今、朝食を持って行ってあげようと思ってさ、他のお客さんは皆、食べ終わったしね。」
「ありがとう。ただ、まだ寝ているんだ。」  
「じゃぁ、起きたら食べさせてあげな。」
 ガチャリ、と扉が開く音と共に、鍋を持った女将と、ジャンが入って来る。

 女将は、私の顔を見るなり、ニカっと笑った。
「おや、起きたのかい?具合はどう?軟らかく煮たラーニャを持って来たんだよ。食べられるかい?」
 私は、ベッドで上半身を起こしたままで挨拶する。
「ありがとうございます。ご心配をおかけましました。」
 女将は、テーブルに鍋を置くと、持ってきた小さい器に、トロトロの食べものを入れる。私が不思議そうに見ているのを見て、説明してくれた。
「これはね、ここらの郷土料理なんだよ。体調が悪い時によく食べるんだ。ラーニャと言って、ライの実を野菜スープで柔らかく煮たものさ。」
 見た目、おかゆに見えた。透き通ったスープでコンソメっぽい。
 手渡されたので、そのまま、少し口に運ぶ。
「・・・・美味しい。」
 なんか、優しい味が、五臓六腑に染みわたる。
「とっても美味しいです!この、ライの実?って言うんですか?少し甘くて美味しい。」
 私が食べる姿を見て、ホッとした表情で、女将は話しだした。
「病み上がりなんだ。それを食べたら、もう少し眠るといいよ。今日から2人部屋が空くから、移動するといい。」
 その言葉に、ジャンが難しい顔で言った。
「ありがたいが、今日、この町を出るつもりだ。」
「何言ってるんだい?!病み上がりの子にムリさせるんじゃないよ!」 
 ジャンは、眉間に皺を寄せて俯く。その姿を見て、私は彼の袖を掴む。ジャンは無言のままで私を見た。その目が、申し訳なさそうだった。ジャンの考えていることもわかる。大きい町で長居をしたくないのだ。
「私は大丈夫だよ。」
 歯を見せて笑うと、ジャンの顔が少し緩む。

「あんたたち、異国から来たんだろう?ちょっと噂になってるよ。」
「え?」
 噂??

 女将の話はこうだった。
 昨日、医者が宿屋にやって来て、ルナの診察が終わって帰ろうとした時だった。

町人A「おい先生!どうだった?」
医者 「あぁ、旅の疲れから発熱しただけだろう。流行り病や重い病気ではなさそうだよ。」
町人B「先生、違うよ!そうじゃなくてよ、あの娘さん、真珠のように真っ白い肌だったじゃねぇか!そこらの町娘じゃねぇ!」
町人A「えっ!?じゃぁ、何者だよ?」
町人B「そりゃおめぇ、どこぞの貴族か姫君じゃねぇのか?」
町人C「あの男も、かなりの美男子だったもんねぇ。」
町人A「姫君と騎士の・・・駆け落ちかなんかか?」
町人B「違いねぇ!!」
医者 「おいおい、勝手にそんな・・・。とにかく、そうっとしておいてやりなさい。」
町人B「でもよ?あの男は、体格からして騎士という感じじゃないよな?」
町人A「じゃ、おめぇ、あれだ!使用人ってところか?駆け落ちだしな?」
町人C「駆け落ちだしねぇ~。身分違いって所だろうねぇ。」
女将 「うーーん。確かに、夫婦って言葉に2人とも赤面してたし、娘さんの方は、手も綺麗で仕事なんてした事無さそうな、育ちの良さそうな感じだったもんねぇ。」
町人A「だろ?だろ~?」

 女将は、全く悪びれもせずに、昨日あった話をしてくれた。
「まぁ、本当の所は聞かないでおくけどさ。何か困ってるなら言いなさいな。力になれる事も、あるかもしれないじゃないか。」
 どうやら、とんでもない噂をされているようなのだけれど、心は優しそうな人で良かった。私は、はははと、苦笑いを浮かべる。
 ジャンは、無表情のままで女将さんに言った。
「もう少しだけ休ませてから、この街を出る。」
 その言葉に、女将さんは、ジャンの顔と私の顔を交互に見た。
「目的地は近いのかい?」
 私は、チラッとジャンの顔を見る。ジャンは無表情のままで、その質問には答えずに言った。
「先を急ぐんだ。本当に世話になった。ありがとう。」
 相変わらずの有無を言わせない感じに、女将さんに申し訳なさを感じつつも。ジャンが言う事もわかる。私たちは、これからもずっと、見つからないように、ひっそりと生きて行かなきゃいけない。

 私の顔を見て、女将さんが言った。
「よし!分った。あんたたち、誰にも見つからずに暮らせる場所を教えてあげるよ!」



 
    
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