今、君に会いたい

月野さと

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第1話

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 あの時の私は投げやりで、夢とか希望なんか無かった。
 だけど。
 運命とか偶然とか必然とか。
 この世界で、どれだけの人が信じているのか。・・・解らないけれど、私は。
 忘れられない出会いをした。
 私はきっと、あなたと出会った、あの瞬間を、一生忘れないと思うんだ。


 出向。
 これが、私の受けた辞令。
 品川本社から、目黒の子会社へだ。
 出向先の職場へ向かうには、五反田駅からでも行けるし、目黒駅からでも行ける。東急東横線の新丸子駅に住んでいた私は、目黒駅で降りる。そこから目黒川へ向かって坂道を下って行く。 
 今は4月。そう、桜が満開だった。
 急な坂道から、目黒川を見下ろすと、それは綺麗に咲いていた。
 職場は、目黒川沿いだった。

 職場につくと、綺麗な秘書さんが、案内してくれる。
「こちらが綾瀬さんのデスクです。荷物が落ち着いたら、第2会議室へお願いします。」
 広いデスクにPCと段ボールが積まれてあった。とりあえず、1番下の引き出しにバッグを入れて、鍵をかける。言われた通りに、すぐに会議室へ向かった。
 トントントン!会議室の扉をノックする。
「はい。」中から男性の声がする。
 扉を開けると、その会議室は角部屋で、周囲はガラス張りだった。
 
 40畳ほどの広さの会議室に、ポツンと男性が背中を向けて座っていた。 
 机に右ひじをついて頭を支え、左手は肘置きにダランとさせて、窓の外を眺めている様子だった。

 部屋の2面が全て窓で、一面に満開の桜の木々が見える。

 圧倒されるほどの美しい景色に、息を飲んだ。
 風が吹いているのだろう。一斉に舞い上がる桜の花びらは吹雪のようだった。
 無音のまま、その景色だけが広がっていた。
 あまりの美しい景色が、無音のせいなのか、幻想的で、動く絵画のようだった。

 会議室の扉の前で、立ち尽くしてしまっていた。

 会議室の中に居た彼は、振り向いて言った。
「凄く、綺麗だと思わないか?」

 そう話しかけられて、戸惑った。
「あ、はい。」
 戸惑った声に気が付いたのか、少し微笑まれてしまう。
 彼が振り向いた瞬間も、春の嵐のように吹き荒れる花吹雪が、無音のまま舞い上がっていた。 

 景色に飲み込まれそうだ、と思った。

「まだ少し、始業には時間があるし、暫く花見をしましょう。」
 その辺に座って。と言われて、目の前にある椅子に座る。

 再び、会議室の中は無音になる。
 ただ黙って、窓の外を眺める。

 満開の桜の木々が揺れて、舞い上がる桜吹雪の中に、男性が1人、吸い込まれている絵画。
 その光景を、私は無音の会議室のなかで、見守った。
 初対面で、この男性は不思議な人だと思った。

 
 暫くしてから、腕時計を確認して、彼は言った。
「さーて、そろそろ始めますかね。綾瀬歩美さんですね。システム開発部の神崎拓也です。よろしくお願いします。」
 名刺を渡されて、確認する。
 システム開発部部長と書いてあった。見た目、30代前半っぽいのに、部長とは凄いなと思った。
「綾瀬さんには、本社での経験を生かして、課長職をお願いします。」
「・・・承知しました。」
 本当は平社員、せいぜいマネージャー位が気楽で良かったけれども、会社の決定に特に文句を言いたくない。
 今26歳で、これからの事を考えてみても、昇進できるタイミングで昇進ておいた方が良いのかもしれない。とは言っても、本社からの出向、左遷されたわけなのだが。

「まぁ、大変だとは思いますけど、頑張ってください。」
 おざなりな言葉を言われる。
 
 あぁ、そうそう、という感じで彼は言葉を続けた。
「ほら、大変って字は、大きく変わるって書くでしょ。」
 急に何の話?と、顔を上げて、彼の目を見る。
 白く煌めく、桜吹雪の中で、彼は笑って言った。
 
「大変な時って、自分が大きく変われる時、らしいですから。」
 再び、会議室は無音になる。

 その時の私には、どうでもいい望んでもいないことを、あなたは爽やかに笑って言ったんだ。
 むせかえるほどの桜吹雪を背負って、キラキラと輝く日差しを浴びて。

 これが、あなたと私の出会いだった。

 この時の私は、知る由もない。
 あなたが、何を抱え込んでいたのかなんて。



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