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第2話
しおりを挟むわが社は、それなりの大手企業で、国内外に子会社が存在し、“初めまして”の上司は日常茶判事。その為に、私が課長としてやって来ても、仕事がスムーズに運ばないなんてことは無論無い。
ちなみに、社風なのだけれど、役職名をつけて呼ぶことはせずに、全員を一律“さん”付けで呼ぶ。なので、〇〇課長とか、〇〇部長とは言わない。みんな「〇〇さん」なのである。
そんなわけで、風通しもよく、仕事も問題なかったのに・・・1つだけ問題があった。
どうやら私は、派遣社員たちから敬遠されている様子だった。
今の所、仕事に支障が出ていないので、とりあえず様子見をしていた。それが、まさかの歓迎会で事件は起こった。
「綾瀬さん。そろそろ歓迎会の時間ですから、行きましょう。」
神崎さんは、私のデスクまでやってきて言った。
その瞬間、オフィス内が、ザワついたのが解った。
すると、部長秘書の林さんが、後ろからヒョコっと顔を出す。
「今日は、部長も参加されますので、お店までご一緒しませんか?」
林さんは、芸能人なんじゃないか?と思うほどに美人で、綺麗系というよりは、アイドル系の可愛らしさがあった。
誰かがヒソヒソと、小声で話す声が聞こえて来る。
「部長が参加とか初めてじゃない?」「えーなんでー?羨ましい。」「やっっぱり本社から来たから、特別なの?」「課の飲み会だよね?私も参加しちゃダメだよねー?」
どうやら、部長はオフィスで人気者なんだなと、理解する。
目の前に座っていたマネージャーが、ヒョコっと頭を出してくる。
「綾瀬さん!僕も出れるんで、一緒に行きましょう!」
マネージャーの桜井君は、どうやら同い年。話しやすい感じの子だ。
五反田にある居酒屋に、課の全20人が集まり、それぞれに飲み始める。
私の隣には、神崎さんが座って、反対隣には桜井君が座った。
桜井君が聞く。
「綾瀬さんは、家はどこなんですか?」
「東横線の新丸子です。」
「え?!神崎さんと近いですね!神崎さんは武蔵小杉なんですよ。」
林さんが驚いて言うと、神崎さんが笑いながら返す。
「おいおい、林さん。個人情報ですよ。言いふらさないで下さいね。」
あははと笑いながら桜井君が、私に小声で教えてくれる。
「神崎さんは、去年30歳で部長に昇進して、未婚のイケメンでしょ?独身女性に狙われてるんですよ。」
「じゃぁ私は、変なやっかみはゴメンなので、神崎さんとは距離をおきますね。席を交換してください桜井君。」
私の言葉に、神崎さんが言う。
「待て待て!部長と課長が親睦を深めても問題なかろうよ。」
「私は特に、親睦を深めなくても仕事できますから。」
なんとなく、突き放す言い方をしてしまう。すると、桜井君がフォローしてくれた。
「わぁ~、ダメですよ!綾瀬さん、本社と違って和気あいあい系の職場ですから、仲良く上手く付き合って行きましょー。」
「・・・なるほど。そうですね。申し訳ない。」
すると、神崎さんがグラスを私に差し出してくる。
「?」
「最初から飛ばし気味で、飲みすぎてるかなって。これはレモンサワーに見せかけた、ただのジュースです。どうぞ。」
確かに・・・新しい職場の飲み会で、少し緊張していた私は、いつもと違うペースで、ついつい飲み過ぎていた。おなかも空いていたのに、緊張で食も進まずに、お酒の量が増えてしまっている。
「ありがとうございます。」
すると、神崎さんは堰を切った様に、どんどん私のお皿に食べ物をよそい始める。
「ちゃんと食べないと、悪酔いしますよ。」
「・・・ちょっ、こんなに食べれないですよ。」
気を使ってくれる神崎さんは、なんか親みたいで気さくな人に思えた。なんとなく、顔がほころぶ。
「神崎さん見てると、なんか兄を思い出します。」
お酒に酔っていたのか、余計なことを口走ってしまったと後悔する。
「お兄さんが、いらっしゃるんですか?」
林さんの言葉に、少し体がビクリとする。
変な間が空いてしまったのは、初対面の人に話して良いのか一瞬戸惑ったからだ。
だけど、こうゆう話にも最近は慣れてきていて、サラリと真実を話すに限る。
「・・・はい。生きていれば、部長と同じ位の5歳上の兄が。」
この話をしてしまうと、どうしても空気がおかしくなるのよね。と、思った時だった。
少し離れた所で飲んでいた女子社員が、近くに来た。
「綾瀬さん、入社3年目の小山です。ちょっと、さっき小耳に挟んだんですけど、聞いていいですか?」
「はい。なんでしょうか?」
小山さんは、チラッと神崎さんや、桜井君がこちらを見ているのを確認してから言った。
「本社の上司と結婚するから、部署を変えてくれって言っておいて、結局は結婚することも無く、その課長さんは本部長の娘さんとデキ婚しちゃって、本社にいられなくなっちゃったって本当ですか?」
小山さんの口の端は、ニヤリと笑っているように見えた。
その時の私は、神崎さんや林さん、桜井君の顔を見る勇気など、あるわけも無い。
「小山、おまえ何言ってんの?どこ情報だよ?」
桜井君が低い声で言う。
「え~?派遣社員さんが噂してましたよ?本社で知らない人は居ないらしいです。事実だとしたら、この職場ではそうゆう問題起こすのをやめてもらいたいなって思いまして~。みんな働きにくくなるじゃないですか?」
小山さんは、私の方を見ることは無く、神崎さんの方をじっと見る。
「そもそも、お付き合いもしていなかったのに、結婚するって言いふらしてたって話ですよ?怖いじゃないですか。」
そこまで言われて、耐えられないと思った。
しかし、誰が真実を聞くのだろう?仕事とは関係ない話だ。
すると、神崎さんが低い声で言った。
「なるほど。では、小山さんは、その話のせいで仕事が出来ないということですか?」
「えっ、あの、だって・・・。」
パッと神崎さんは桜井君の方を見る。
「桜井君。」
「はい!」
部長に呼ばれて、桜井君も仕事モードの声になっている。
「君も、今、この話を聞きましたね?どうですか?仕事しずらいですか?」
「え?いいえ、所詮は人の噂ですし、プライベートな話しなので、仕事には支障ありません。」
「同意見です。ましてや小山さんの今の行為は、綾瀬さんに対しての侮辱です。見過ごすわけには行かないですね。この件に関して他に誰が、小山さんと同じことを言っているのですか?そんな噂を流して、仕事が出来ないと言っている人間は誰ですか?」
神崎さんの言葉に、小山さんは青ざめた。
この話を、遠くから聞いていた、課の人達も黙り込む。
一番遠くに居た派遣社員たちは、氷のように固まっていた。
神崎さんは、立ち上がった。
「今の話を聞いていた人も多い様子なので、ここで言わせてもらいます。事実かどうかも分からない噂話を、本人確認もせずに公の場で嘲笑する行為は、見過ごせません。」
神崎さんは、腕を組んで、全員を見渡しながら続ける。
「この件で、仕事がしづらい方は、私に直接言いに来てください。全員が働きやすい環境にするためにお話しさせてもらいます。ただ噂話を陰で広げて、陥れるようなやり方はやめてください。噂が事実で無かった場合、相手に責任取れますか?よく考えてくださいね。」
神崎さんは、小山さんを見下ろす。
小山さんは、完全に縮こまっていた。
私は、そんな彼女に声をかけた。
「小山さん、噂が広まっていることを報告してくれて、ありがとうございます。」
小山さんは、顔を上げた。
私は覗き込むようにして、軽く微笑んで見せる。
「就任してから、職場の空気が悪かった理由がわかって良かったです。私に説明の機会を与えてくれて、助かりました。これからも、なんでも話してくださいね。それから。」
その場で、私も立ち上がって、みんなの目を見て言う。
「この場を借りまして、私の噂については、否定させていください。事実無根です。しかし噂とは怖い物です。事実とは異なっても、仕事に支障が出てしまう気持ちは理解できます。ですから、気軽に何でも相談してください。より良い環境で、みなさんと仕事が出来るようにしたいと思います。」
それから1時間ほどで、この飲み会は無事に(?)終了した。
桜井君が、陽気に部長の腕を引っ張る。
「2次会行きましょー!」
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