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第4話
しおりを挟むとりあえず、頭がガンガンする。二日酔いだ。
キッチンに行って、適当にグラスを借りて水道の水を入れる。ゴクゴクと飲むと、胃がゴロゴロする・・。
暫し動けずに、頭と胃を押さえていると、誰かが近づいてくる気配がした。
「綾瀬?二日酔いだろう?」
神崎さんが、爽やかな笑顔でキッチンに入ってくる。後ろを通り過ぎた時に、ふわりと石鹸の匂いがした。
セットされていない髪は、サラサラで、いつもよりも若く見える。冷蔵庫を開けて、二日酔いに効くドリンクを取り出した。
「これ飲むか?」
「・・・ありがとうございます。神崎さんも、こうゆう二日酔いの薬を飲むんですね。」
「ん?あぁ、いや、これは、おまえらが必要だろうと、帰り際にコンビニ寄って買っておいたやつ。」
・・・お気遣い、本当に申し訳ない!
二日酔いに効くという、変な匂いのするドリンクを一気に飲み干すと、一気に吐き気を催した。
「う~~~~~~!」
キッチンの流しに顔を近づけて、唸ってしまう。
「おいおい、大丈夫か?吐くなら、全部吐いた方が楽になるぞ。ほら、全部吐け。」
そう言って、大きな手で背中をさすってくれる。
いやいやいや、人の家のキッチンで吐くわけにはいかない~!と、なんとか堪える。
しかし・・・この人は、キッチンで吐くな!と慌てるでもなく、吐くなら吐いてしまえと言う、なんて心の広くて優しい人なんだろうと思う。
「あぁ、このまま吐くと髪が汚れるな。ごめん、ちょっと触る。」
そう言って、神崎さんの長い指が、私の髪に触れる。瞬間に、ドキドキと心臓が早鐘を打ち始める。ギュッと髪を後ろに束ねるようにして、持たれる。
「よし、心行くまで吐いていいぞ。」
・・・なんか複雑すぎる、この状況。
女性として見られてない気がする。
「と・・とりあえず、大丈夫です。もう少し横になってきていいですか?」
ぐわんぐわんと頭が痛むので、横になりたい。
ソファーに倒れこむと・・・たぶん、神崎さんの残り香がした。
そこへ、林さんと桜井君が起きてきた。
「だぁ~、二日酔いっす!」
「私もですよ~、神崎さん、すみません、ベッドお借りしました。そして、シャワー借りてもいいですか?」
「おはよう。みんなシャワー使うなら、そこのタオルを使って。」
「うわっ!神崎さん!なんか言葉使いが、砕けてないですか?」
桜井君が、そう言うので、そういえばと気が付く。
「ったく記憶無しか。おまえら3人でよってたかって、会社から出たらこのメンバーの間では敬語無しとか言ってただろ。誰も覚えてないのか?」
神崎さんは、キッチンで何やらガタゴトしながら、面倒くさそうに返答する。
「マジですか~。でも神崎さんと、こんなふうに話せて嬉しいです!」
そう言って、桜井君は二日酔いに効くという、あのドリンクを飲んで、おえ!とトイレに駆け込む。
なんだか、この空間は、暖かだった。
私が横になっているソファーには、日差しが届いて温かい。
ワイワイと些細な話をする男2人組。マイペースな林さん。
目を閉じると、家族の居る家に帰ってきたような気持ちになってしまう。
あぁ、なんか懐かしい。人の居る部屋。
「・・・・!」
私は、ソファーに顔を沈めて泣いた。3人に見つからないように。寝ているフリをして。
私には、もう家族が居ない。
ある日を境に、兄も、両親も、祖父も、この世を去った。
「あ~、俺、タバコ買ってきていいですか?」
そう言って、桜井君が玄関から出て行く音がする。
林さんは、まだシャワーを浴びているようだった。
今だ。涙を拭かなくてはと、キッチンとは反対側を向いて体を起こす。
手で拭うと、跡が残りそうだなと思って、袖を少し引っ張る。
その時だった。
急に、神崎さんに頭を撫でられて、振り向いてしまった。
泣いている所を見られたくなかったのに、その顔をさらしてしまって、言い訳を考える。
だけど、彼は、泣いていたことに驚きもせずに、私を見た。
お見通しだと言わんばかりに、悲しそうな顔をして、切なそうな顔をして、私を見ていた。
「ど、どうして、そんな顔するんですか?」
恥ずかしくて、急いで涙を指で拭う。
大きな腕が伸びてきて、抱きしめられる。
よしよしってするみたいに、後頭部に手のひらがあって。震える肩を支えるように、もう片方の手が肩を抱く。
「か・・神崎さん?」
「もしも・・・。」
神崎さんの声は、低く響く。
「もしも、泣きたくなったり、何か困ったことがあったら、頼って欲しい。」
そう言って、彼は私を抱きしめたまま、小さく深呼吸をしたのが解る。
「綾瀬。お前は1人じゃない。1人じゃないから。」
何故、彼はそんなことを言ったのか。
私が、今一番欲しかった言葉を、どうして言ったのか。
まったく意味が分からず、不思議な人だと思った。
でも、その言葉は偶然でも何でもない。
私たちは、もっと前に出会っていたし、そして、あなたは私を覚えていてくれた。
その事に私はまだ、気が付いてもいなかった。
◇◇◇◇
「みなさん、今日のご予定は?」
林さんが問う。
すっかり、お昼近くなって、おなかが空いたと桜井君が言い始めたので、林さんが全員にうどんを作りはじめた。
「何もないです。寂しい独身ですからねー。」桜井君がTVを見ながら言う。
「特に何も。」神崎さんも答える。
「私は、夕方から親友と飲む約束してる位です。」私は申告する。
「え?二日酔いなのに、あおり酒じゃん!」桜井君が、おかしそうに笑う。
「じゃぁ、みんなで東京タワー行きません?」
林さんが、全員にうどんをよそい始める。神崎さんが、受け取って、テーブルに並べる。
「なんか、楽しそうですね。」
私は、考えただけで、楽しそうだなと賛同した。
「東京タワー?いやぁ、もう、いつ登ったきりか覚えてないなぁ。じゃぁ、階段で登るってのは?」
桜井君も乗り気になった。
「31歳のオジサンには厳しい気がするな。」
神崎さんが苦笑いする。
そう言って、うどんをすすって驚いた顔をする。
「林さん・・・このうどん、凄く美味しい!」
「うわ!本当だ!出汁と塩分の絶妙さがヤバイ!染みわたる味!」
神崎さんの言葉を受けて、桜井君がかき込みながら言う。
「え~嬉しいです♪じゃぁ、神崎さんの嫁になって、毎日作っちゃいますか♪」
林さんが、そんなことを言うなんて、もしかしたら・・・。と思ってしまう。
「林さんと神崎さんは、お似合いですよね。既に夫婦の雰囲気あります。」
私がヨイショして言うと、神崎さんがすぐに否定してきた。
「夫婦だなんて林さんに失礼だぞ、綾瀬。それだけ林さんが凄腕の秘書ということだけどな。」
林さんは、そんな凄腕ですかね~と笑って返していた。
私は、2人を見る。
付き合っているわけでは、無さそうだなと思った。
神崎さんという人は、職場では判断力もあって、厳しい所もあるけれど、よく見ていてくれて、よく気が付く人。でも、近づきすぎると、人を突き放す人。っぽい。
「うわーー!東京タワー良いですね!カフェありますよ!寄って行きます?」
桜井君が、子供のようにはしゃぐ。
私も桜井君と一緒に、大喜びで東京の街並みを眺める。
「桜井君!見て見て!あれ本社じゃない?」
「あ!ホントだ!ここから見えちゃうんですねー。」
もう既に26歳だというのに、年甲斐もなく楽しんでしまう。だけど、社会人になってから、こうゆうのって、あまり無かったなぁと思う。というか、このメンバーで何をしているのだろう?と急に不思議に思えて、なんかくすぐったい位の楽しさが沸き起こる。
「馬鹿と煙はなんとやらだな。」
神崎さんが、そんなことを言っておちょくるので、再び桜井君と私で猛反発したり、慰め合ったりで、4人で大笑いする。
東京タワーの階段を、降りて帰る事に決めて、私たちは学生の頃のように、はしゃぐ。
「うわー♪階段初めて!」とか、「夕日がきれい」とか、「じゃんけんして降りよう」とか、とても恥ずかしい大人だった。
どんどん、林さんと桜井君が下りて行ってしまって、追いかけながら、ふと夕日を眺める。
その日の夕日は、真っ赤で美しかった。
紫と赤とピンクと群青色が、少し混ざったような。
自然はとても美しい。そして抗えないほどに強大だ。
でも、人は共に生きていくしかなくて。
「どうした?」
神崎さんが上から、階段を降りてくる。
「神崎さん遅いですよ。」
私が笑うと、神崎さんも微笑んだ。
「もう、歳だからな。20代のやつらには叶わないよ。たぶん、明日は筋肉痛。」
そう言って、あなたは、誰にも見せないような顔で笑う。
どうしてなんだろう?
この人を見ていると、ふつふつと、込み上げてくる。
どうして、そんなに優しく微笑むんだろう?
どうして、そんなに、優しい声で、優しい目で見るんだろう?
「ん?」
子供をあやすように、私を見つめてくる。
「どうして、そんなに優しくするんですか?」
神崎さんは、驚いたように、少しだけ目を見開く。
「1人じゃないって・・・なんなんですか?」
私は、この地球上でたった1人だ。
「頼れって、なんですか?」
本当は、本当は、誰かに助けて欲しい。ずっと、そう思ってた。
誰かに受け止めてもらいたい。
「どうして・・・!」
どうして、あなたが、そんな顔をするの?
どうして、そんな泣きそうな顔をするの?
「綾瀬を、ずっと探してた。」
そう言って、あなたは、私を懐かしそうに見た。
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