今、君に会いたい

月野さと

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第5話

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 それは、それは、綺麗な夕日だった。

 風も吹いていて、東京タワーの朱色が溶けだしそうな空。

 人生で見た、今までの夕日の中で、本当に綺麗な夕日だった。
 そんな空に囲まれた中で、あなたは言った。


「ずっと、綾瀬を探してた。」

「・・・・え?」

「いや、違うな。最初の1年は本当に探してた。だけど、その後は諦めた。」

 神崎さんは、少し黙って夕日を見る。
 それから1度俯いてから、続けた。

「俺たちは、1度だけ会ったことがあって、俺が22歳の大学4年で綾瀬がまだ17歳の高校生だったと思う。」

 え??
「ま・・待ってください!え?」

「全く覚えて無いよな。だけど、俺は覚えていたし、あの日・・・。」

 神崎さんは、ゆっくりと目を閉じて、小さく深呼吸してから私を見る。

「震災が起きて、俺は1週間後に知ったんだ。綾瀬が家族を失って、1人でどこかにいる。」


 ・・・もう、全く、話しについて行けなかった。
 どんなに記憶を辿っても、神崎さんを見つけられない。


「高校生だった綾瀬が、大学生になって、東京のどこかに居るらしいことまでは解った。凄いだろ?」
 何を言えばいいのか、解らなくて、ひたすらに、彼の顔を見る。

「この東京のどこかに、綾瀬はいる。だけど、それ以上のことは分からなかった。」
 夕日の方を見る、彼の顔は、夕日色に染まる。

「今思えば、探し出してどうするんだ?っていう話だ。」
 だけど、と、神崎さんは続ける。
「もう1度、会わなきゃいけない気がしてた。」
 おまえが、と言いかけて、そこで息が詰まったかのように、黙って。
 それから、私を真っすぐに見て言った。
「おまえが、今、1人で泣いているんじゃないか?
 今、1人で苦しんでいるんじゃないか?
 今、1人で困っているんじゃないか?
 今・・・1人で思いつめていないか?
 助けてくれるやつは居るのか?
 今、不安に押しつぶされそうになっていないか?
 ただ抱きしめて、慰めてくれるやつはいるのか?
 理由なんてなくて、ただ、ただ、それを、どうしても確かめたかった。」


 自分の目から、涙が流れだす。
 1人ぼっちだと思ってた。ずっと。


 涙が伝う、私の頬に手を伸ばして、神崎さんは悲しそうに眉を下げる。

「だから・・・そんな風に、泣かれると弱い。」
 そう言って、私を抱きしめた。

 温かくて、その大きな手が、その大きな腕が、私をしっかりと抱きとめて。
 甘えてもいいと、頼ってもいいと、言ってくれてるみたいだった。


 階段下の方から、林さんと桜井君の声が聞こえてくる。

「あれ~?あの二人、全然降りてこなくないですか?」
「もしかして、ギブしたんじゃ?」
 
 慌てて、神崎さんと体を離す。

 そのまま、階段を駆け下りる。



 さっきの言葉を思い出す。

『俺が22歳で、綾瀬がまだ17歳の高校生。』


 高校生・・・?私が?
 実家にまだ居た私が、東京出身の神崎さんと会う?
 
 
『大学4年で・・・』


 ・・・あ。


 

 急に、お兄ちゃんの声がフラッシュバックする。

「ただいま~!!あぁ、疲れたぁ~」

 母の呆れた声が返ってくる。
「あんたねぇ、バイクで日本一周とかバカじゃないの?」

 そうだ。大学4年の夏休み。
 兄は親友と一緒に、バイクで日本一周すると言い出した。

 東京の大学で意気投合した親友と、大学2年から一緒にルームシェアして、卒業記念にと2人で旅行とか。どれだけ仲良しなんだと思っていた。
 兄は医学部で、卒業したら東北の総合病院勤務が決まった。親友とは学部も違い、東京で就職するそうで、これが最後なのだと。

 東京から実家までバイクで走り、到着するなり、2人の大学生は倒れこんだ。

「母さん、もうダメだわ。数日、ここで休ませて!思ったより辛かった~。」
「しょうがないわねぇ。とりあえず、2人とも上がんなさい。」
 
 そう言われて、兄が親友の背中を叩く。
「ほら!俺の部屋行こうぜ!」

「おじゃまします。神崎拓也です。お世話になります。」
 そう言って、細見の男性は、深々とお辞儀して、顔をあげるなり、キョロキョロと周囲を見渡す。
「立派な家ですね。」
「おほほほ。田舎の家なんて、どこもこんなもんよぉ。」
 母が嬉しそうに言う。

 廊下を歩いて行く、兄が私の横を通りながら言う。
「よ!歩美!元気か?」
「お兄ちゃんたち、汗臭いよ?お風呂入りなよ。」
「うわ!現役高校生に臭い言われた!おい拓也、俺たちも終わったな!」 
 兄は凄く楽しそうだった。
 兄の親友は、私に会釈をする。かなりの細見で印象が薄く、礼儀正しく、口数が少ない感じだった。
 
 
 その夜。兄に呼び出されて、庭で花火をした。
 兄と、兄の親友と、私と3人でだ。

 男2人で、何がそんなに楽しいのか?しきりに、ふざけ合いながら、花火をしていた。
 そんな2人の会話は、不思議な話しに変わっていた。

「タイムスリップかぁ。あれだろ?バックトゥー〇〇チャーの世界。」
「そう、物理学者の中ではもう、決まってる。」
「夢が無いねぇ。」

「??何の話?」
 ついつい口を挟んでしまう。
 兄がこちらを見る。
「親殺しのパラドックス、解る?」 
「わかんない・・・・。ちゃんと説明してよ。」
「やーだね、面倒くさい。」
 兄は、花火をクルクル回して見せる。
 兄の親友は、クスクスと笑った。そして言った。
「タイムスリップして、未来を変えられるのかって話だよ。」
 なんとなく、面白そうなので、兄の親友の隣にしゃがみ込む。
「それで?変えられるの?」
 蝋燭の火に花火の先端を当てながら、兄の友人は言う。
「物理学者の中では、タイムスリップは可能だけど、未来は変えられないという事になっている。」
「あ、こいつね、物理学科なの。こんなアホみたいな事ばかり勉強してんの。」
「晃、全世界の物理学者に謝れ。ってゆーか、お前もこうゆう話過ぎだろ。」
 もう、本当に仲良しで、すぐ2人はじゃれあう。兄弟みたいだと思った。
 
「どうして、未来は変えられないの?」
 兄の親友は、この時、私の顔を始めて真っすぐに見つめる。
「いい質問だね。そうだな。パラレルワールド説もあるんだけど、アインシュタインが言ってる時間的閉曲線で考える。」
 もはや、言ってる内容が解らなかった。
「おい、拓也。歩美は、もう意味わかってないぞ。」
 
「もう!わかんないけど真剣に話を聞いてるのよ!!」 
 私は、付けたばかりの花火を兄に向けて、追いかけまわした。
 兄は逃げ回り、道路に出て行く。

 私の持っていた花火が終わる。
 全員の花火が終わって、真っ暗な田んぼから、小さい光がフワフワと舞う。

「え・・・ホタル?」

 兄の親友は、信じられないと言わんばかりに呟く。
「あぁ、拓也はホタル見たこと無いって言ってたもんな。」

「綺麗だな。凄い。」


 空は、満点の星空。
 家の前にある田んぼ道には、蛍が舞い上がる。


 月明かりだけを頼りに、3人は歩き出す。

 夏休みの匂い。草露の匂い。
 蛍の舞う中を、3人で歩いた。


 そうだよ。

 震災が起きる2年前。大学4年の兄たちの旅。

 そうだ。思い出した。

 あの男性は、神崎さんだったんだ。


 神崎さんは、兄の親友だったんだ。


 

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