今、君に会いたい

月野さと

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第7話

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 目の前に広がるのは、瓦礫の山だった。

 天気の良い、青い空の下。
 もう、2度と思い出したくもない。もう2度と見たくない光景だ。
 
 周囲には、すすり泣く声。励まし合う声。再会を喜ぶ声。物資情報を交換し合う声。

「何これ?」
 振り向くと、静江ちゃんが居た。静江ちゃんは周囲を見回して、狼狽えた。
「静江ちゃん。・・・これ・・・夢?」

 ここは、そう、震災後の実家周辺だ。現実?夢? 
 私は、振り返る。
 白い灯台が見える。
「あ、灯台。」ということは、距離、感覚的に、たぶん、ここが道路。家はあっちだ。 
「ちょっと、歩美!どこ行くの?」
「家!」
 走り出した途中で、聞き覚えのある声がした。
 


「すみません、綾瀬晃の家を知りませんか?」

 声の方に振り返る。


 道端にいる年配女性に、若い男性が紙を見せている。
「この住所なんですけど、たぶん、この辺だったはずで。」
「あぁ、もう少し先に行った所だと思うけど・・・ごめんね、正確には解らないよ。」
「そうですか、ありがとうございました。」

 また、少し前から来たお爺さんに、小走りで近寄って声をかけている。
「すみません。人を探してるんです!」

 ・・・神崎さん。

 咄嗟に、静江ちゃんの陰に隠れて、見守る。
 静江ちゃんも、神崎さんの方を見ていた。 
「あの人?」
「・・・うん。・・・やっぱり、来てたんだ。」
 神崎さんが、どんどん、遠ざかっていく。
 瓦礫の山を乗り越えて、瓦礫に足をとられながら、目に映る人という人に声をかけながら。

 1人で、あなたは探しに来ていたんだ。

 瓦礫の中を、1人で探し回る、あなたの背中を見て、たまらない気持ちになった。

 今すぐ、傍に駆け寄って、教えてあげたい。
 あなたが探している人は、もうどこにも居ない。もう、どこにもいないんだよ。
 だから、もう探さなくていい。
 彷徨って探して、その先に有るのは・・・・。

「・・・・。」 
「歩美?大丈夫?」
「ゴメン。なんかもう、いっぱいいっぱいで。これ、夢じゃ無いんだよね?」
 静江ちゃんが、黙り込んで、それから思い出したように言った。

「鈴じゃなかった?」
「え?」
「帰る時は、鈴を鳴らせって。」

 ハッとして、上着のポケットから、占い師から貰っていた鈴を取り出す。

 そして、思いっきり振る。
 チリン、チリン、チリーン。





 そうして、気が付くと、
 私たちは、神楽坂の神社の階段に、座り込んでいた。
 
 
 
◇◇◇◇◇


 狐につままれた・・・と言う感じ。なんだったんだろう?


 静江ちゃんと別れて、電車に乗り込む。 
 電車に揺られて、ぼーーっと考えてみる。
 通り過ぎていく、電車の窓の外は、いつもの景色。
 

 多摩川を超えて、丸子橋を眺めているうちに、その衝動は沸き上がる。
 
 武蔵小杉の駅で降りて、迷いなく、真っ直ぐに向かう。
 途中からは、駆け出していた。
 早く、あなたに会いたい。そう思った。


 あなたは今も、どこかで、1人で泣いているような気がした。


 マンションのインターホンを押すと、神崎さんの声が聞こえてくる。
 息切れしながら、名乗ると自動ドアが開く。エレベーターに乗って、息を整える。

 エレベーターのドアが開いた瞬間、目の前に神崎さんが居た。
 心配そうな顔で、パーカー1枚羽織っただけの姿で。

「綾瀬、どうした?こんな時間に・・・・!」

 瞬間に、私は、あなたの胸に飛び込んで、力の限りに抱きしめた。 
 もっと早く、あなたを抱きしめたかった。
 絶望と悲しみの中で、1人で苦しんできた時間さえも。1人じゃないって、教えてあげたい。
 私たちは、決して1人ぼっちでは無かったから。


 神崎さんは、私に抱きしめられて、たぶん困惑してた。
 だけど、何も言わずに、私の肩を抱くと、何も聞かずに部屋に入れてくれた。私の頭を優しくなでて、私を励ますように、あなたは微笑んだんだ。
 
 神崎さんは、それ以上、何も聞かなかった。
 あなたは、自分が辛ければ辛い程、誰かに優しくすることができる人。


 何年経っても、癒えない傷を抱えて。それどころか、閉ざした心の重みで、窒息しそうな時すらあって。だけど、きっと、私たちは現実を受け止めるのに、膨大な時間が必要だった。

 忘れたふりをして、平気なふりをして、何も無かったふりをして。そうやって、笑ってる。みんなと同じようにして。

 そうしなければ、生きていけないかのように。




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