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第8話★
しおりを挟む「これを、綾瀬に渡したかったんだ。」
そう言って、神崎さんはクローゼットの中からアルバムを持ち出す。
ソファーに座った神崎さんに、私はピッタリとくっついて手元を覗き込む。
「くっつきすぎだ。」と笑われた。
神崎さんは、アルバムを掴んだまま、1度開こうとしたようだけど、開かずに膝の上に置いた。
「綾瀬。」
「はい。」
「このアルバムは、晃のなんだ。」
そこで、言葉を切って、1つため息をつく。
そして続けた。
「引っ越しの時に、紛れ込んだんだと思う。また会った時に返そう。そう思ってた。」
そう言って、私の方を見る。
「だから、これは君の物だ。」
差し出されたアルバムを開くと、大学時代の兄の姿がいた。
ひょうきんで、悪ふざけが過ぎる兄らしく、面白い写真ばかりだった。
「これは、いつのですか?」
そう質問すると、神崎さんは楽しそうに、1枚1枚、思い出を話してくれた。
サークルの時の失態とか、大学で教授に怒られた時の話とか、解剖実習の後に、兄がワインを見て吐いた話とか。らしいと言えば、兄らしい、私の知らない話。
それは、楽しい話しばかりで、写真を見ながら2人で笑い合った。
次のページをめくると、アルバムに挟むようにしてあった、1枚の写真は、ヨレヨレで少し薄汚れていた。
その写真は、白衣を着た兄が少しだけ、はにかんで笑っている写真だった。
「あぁ、ごめん。」
そう言うと、神崎さんは私の手からその写真を引き抜いく。
立ち上がり、棚にあったクリーニングクロスで拭いて、皺を伸ばしはじめた。
「震災翌日に、晃の病院があった場所に行ったんだ。」
私に背中を向けたまま、クリーニングクロスを棚にしまって、写真を見る。
「晃が見つからなくて、1度、家に戻ってこの写真を持って、また被災地に行ったんだ。ポケットに入れてたから、ごめん。皺皺だな。」
私は、神崎さんの傍に行って、背中から抱きしめた。
「・・・3日目に、兄がみつかったんですよね。」
その言葉で、あなたは、崩れ落ちるようにして、膝をついて、泣いた。
あまりにも、
あまりにも、あなたが、見ていられない程に嗚咽するから。
だから、私も泣くしかなかった。
あの時の、あの言葉は、あなた自身だった。
『思いつめていないか?ただ抱きしめて、慰めてくれるやつはいるのか?』
私は、願うように、抱きしめた。
2人で、泣いて泣いて泣いて、抱きしめあって泣いて。
泣き疲れて、睡魔で遠く離ていく意識の中で、気が付いた。
その残酷な出来事は、私たちに消せない傷跡を残したんだ。
忘れることは出来ない。消せない記憶なら、忘れなくていい。もう癒えなくていい。
そうだよ、悲しみも苦しみも、このまま、一緒に未来に連れて行こう。
そうして抱き合ったまま、ソファーにもたれかかって、眠りについた。
明け方。
ふと、目を覚ますと、ベッドの上で、2人で手を握りしめあってた。
身動きをすると、彼も目を開けた。
そして、小さい声で言った。
「綾瀬が、いてくれて良かった。」
眠そうに、目を閉じて、かすれた小さい声で。
「おまえが、どこかで生きている。・・・ずっと、それだけが、心の支えみたいに思えたから。」
そうっと、もう片方の手を添えて、両手で握る。
彼の頬を撫でて、そうっとキスをする。
泣き過ぎた右の目尻にも、左の目尻にも、慰めるように唇を落とした。
少しでもいい。あなたの心の傷が、少しでも軽くなるように。
もう1度、彼の唇に口付けると、追いかけるようにキスが返ってくる。お互いに求めあうみたいに、角度を変えて、何度も何度も深いキスをする。
指と指を絡ませて手を握って、求められるままに彼を受け入れていく。ただの、傷のなめあいでもいい。そう思った。だけど・・・。
あなたの指は優しくて、あなたの腕は温かく、私を包んで、あなたの胸は熱く、何度も何度も、私の名前を呼ぶ、その声は、私の胸を熱くさせた。
もっと、もっと早く、会いたかった。
もっと早く、あなたの傍に居てあげられたら良かったのに。
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