今、君に会いたい

月野さと

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第19話 約束

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 私たちは、高台から沿岸の病院へと引き返す。
 さっきの医師の説明はこうだった。
 兄が担当していた子供で、小児病棟に入院していた子供が、行方不明になっていた。別の救急車かと連絡を取り合ったけれども、見つからない。病院に居るかもしれないと言うのだ。しかし、他のみんなが避難してしまっていて、病院は警察しかないとのことだった。

 病院に戻って来ると、車の時計は14:42を刻んでいた。
 タイムリミットまで、4分しかない


 警察が病院に規制線を引き始めていた。
 2人で一気に、躊躇なく飛び込んで行く。
 あまりにも、とっさの事で、警察は止めに入ろうとしたけれど、私たちの方が早かった。

 病院の中に入ると、片っ端から兄の名を呼びながら走る。
「晃!!」
「お兄ちゃん!!どこ!」
 すると、爆弾処理班らしい警察と、兄と子供が階段を降りてきた。
「晃!」
「拓也!おまえら、また戻って来てたのか。」
 私は、壁にかかっている時計を確認する。
「急いで!早く病院から出て!」
 そう叫んだ時だった。

 地面が突き上げられるような感覚。
 立っていられない程の、大きな揺れと共に、地響きのような音がした。

 私たちが体験した、都内の揺れとは比較にもならない。
 大きな地震が始まった。

 瞬間に、神崎さんは、私の上に覆いかぶさった。
 床に這いつくばるようにして、2人で必死に床にしがみつく。

 ガラスの割れる音や、ミシミシという建物がきしむ音。たくさんの物が倒れる音が響いて行く。
 気が遠くなるような気がした。その揺れは、とにかく長い長い長い。いつ終わるんだと思うほどに。
 どうする?とか、このままで大丈夫?とか考えることが出来る程に、長い揺れなのだ。 


 やっと揺れが治まって、顔を上げる。

「?!・・・お兄ちゃん!!!!」

 私はすぐに立ち上がって、兄の所に駆け寄る。
 兄たちは、天井の板が落ちてきて、下敷きになっていた。
 神崎さんも、すぐに動いた。
「晃!晃!!無事か?!」
 外に居た警察官も数人が駆けつける。

「・・・・い・・・いてぇ。」
 兄の第一声は、それだった。
 なんとか、子供も一緒に引き抜かれて、ホッとした瞬間だった。

「津波が来るぞー!病院の屋上に上がれ!」
 そんな声が響く。
 瞬間に、神崎さんが叫んだ!
「ダメだ!!この病院は屋上まで飲み込まれる!!」

 兄が、これ以上ない位に驚く。
「・・・・なんだって?」
「晃、早く高台に行くんだ!屋上じゃ助からない!」
「拓也!この病院は12階建てなんだぞ?!」
「それを上回るのが来る!!実際に屋上まで飲み込んで、全部流されたんだ!!この目で見てる!!早く来い!!」
 
 泣きべその子供を抱えて、3人で走りだす。
 車に乗り込んで、発進させる。
 車の時計は、14:49を指している。
「拓也!そっちの道は細いから、大通りを行った方がっ」
「ダメだ!!この時間は、津波が海岸を飲み込んでる!大通りなんか出たら終わりだ!出来る限り、直線で上に上がる!!」

 車の中が、しんとする。
 進む先に、逃げる人や放置された車、倒れた電柱などで通れずに避けたりして、思ったようには進めない。
 そうだ、こうゆう時は、車で逃げちゃダメなんだ。その事を思い出す。時間だけが過ぎてしまうように感じた。


 その時、神崎さんが舌打ちをした。
「うそだろ・・・・・。」
 兄の低い声が、異常を知らせる。
 後ろを振り向くと、津波が後ろを追ってきていた。

 目の前には、車が通れるか分からない程の狭い道になっているのが見える。逃げて行く人も居て、これ以上は走れないと思った。
「拓也、それ、通れないだろ!」
「行けるとこまでいく!!歩美!左に寄れ!!!車が止まったら、全員すぐに外に出ろ!走るんだ!!」
 車の右側を、ガリガリと外壁に擦らせながら、車は進む。
 止まったところで、急いで車外に出て、走りだす。
「神崎さん!!早く!」
 波が、タイヤの下まで来ていた。
 運転席から助手席に移って、足首まで水につかりながら、走ってくる。
「バカ!早く走れ!!振り向くな!!」
 
 とにかく、必死に走った。
 走って走って走って走って。

 すぐに崖が見えて、兄が崖に這い上がる。
 子供も一緒に上げて、振り向く。

「拓也!!早くしろ!!年取ってジジイ走りになってんぞ!」
「・・・くっ!うるさい!バカ晃!!」

 神崎さんは、崖に飛び移って、駆け上がった。
 それと同時に、ザブン!!と、波が崖を打ち付ける。

 もっと、高い場所に行かないとマズイと恐怖に誘われて、必死に子供を抱えて駆け上がる。
 
「はぁ!はぁ!はぁ!はぁ!はぁ!!」
「はぁーー!はぁーーー!はぁーーー!げほっ!けほっ。」 
 全員、酸素不足の状態で呼吸をする。
 暫く、全員の息切れする音だけが響いていた。

 兄の腕の中で、子供が泣いているのに気がつく。
「よしよし、もう大丈夫だ。ユウスケ~!なんとか助かったぞ。」
 ニカッと笑って兄が言うのを横目に、神崎さんは、立ち上がって言った。
「まだだ。この後も、2回くらい津波が続けざまに来る。夕方まで続くんだ。」
「・・・マジかよ。」
「しかも、10メートル超えの高さも破壊力もあって、桁違いのが来る。今のうちに、もっと上に上がろう。」

 そうして、私たちは、登って行った。

 同じように高台に登ってきた人たちが、集まっている広場に出る。
 人目に触れる前に、神崎さんが兄を引っ張る。
「晃、白衣を脱げ。」
「え?」
「この状況で、医者が居ると分かれば、混乱するんだ。動顛した集団に囲まれる。おまえは、医者である前に1人の人間だ。俺の親友だ。歩美の兄貴だ。・・・わかるな?頼むから、無茶するな。なんとか耐えろ。2日、いや、明日まででいい。」
「明日?明日には、おさまるのか?」
 私は、そっと神崎さんの手を握る。
 神崎さんは、私を見て手を握り返す。そして、兄に笑いかけた。
 
「明日には、この時代の俺が、お前を探しに来るだろ。連絡とってくれ。」
「携帯・・・あ!携帯しか持ってねぇ!財布忘れた!」

 兄が、マヌケな事を言うので、みんなで笑ってしまった。
 しょうがないので、私は兄に手持ちの全財産を渡す。

 神崎さんは、雪がちらついてきたので、兄にコートを渡す。
 私も、子供に上着を巻き付けてあげた。

「お兄ちゃん。」
 私は、兄に抱きついた。
「な、なんだよ、歩美!気持ち悪いな!」
「絶対生き残ってね。絶対だよ?約束だから。」

 神崎さんが傍に寄ってきて、3人で抱き合う。というか円陣を組むような感じになる。

「約束だ。俺らは必ず未来で会おう。」
「わかったよ。明日になったら、拓也を探すわ。」
「お兄ちゃん、ウチに来て、一緒に住もうよ。」
「・・・妹居ると、彼女できなくなりそうだからヤダ。」
「もう!こんな時に、ばっかじゃないの?!」 
 
 
 じゃぁ、約束。 

 


 
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