女神なんかじゃない

月野さと

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48話 辛い現実

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 アーサーは夢を見た。

 何度も何度も。

 ゴードンが、サラに説教している。
 レオンが呆れ顔で、サラにイヤミを言いながら、それでも面倒を見ている。
 アモン騎士団長が、慌てながら、サラの護衛に着く。
 ウィルとテルマが、優しく見守っている。
 城内の和やかな空気。繰り返される、普段通りの生活。
 自室の扉を開けると、サラが待っている。『お帰りなさい!』と太陽のように笑う。
 ベッドで、最初はいつも恥じらって顔を赤くするくせに、弱い部分を責めてやれば、引き込まれるほどに妖艶で。耐えられなくなって、涙をこぼして声を上げる姿も、たまらなくて。必死で抱き着いてくるサラが、可愛かった。
 朝、目を覚ますと、腕の中に彼女の寝顔がある。
 
 そこで、目が覚める。


 目を開けて、隣に手を伸ばすけれども、誰も居ない。
 ゆっくりと部屋の中を見るけれど、誰もいない。

 少し、何も考えずに、ぼーーとする・・・。

 サラが消えてから、睡眠に苦労していた。
 ベッド脇にある、書類に目が行く。
 相変わらず、1日24時間では足りないほどに、やることは山積みだった。ベッドから降りて、左手に剣を持ち、寝る前まで読んでいた書類を片手にソファーに移動する。
 トントンとノックされる。ウィルは、いつもこのタイミングだ。
「おはようございます、陛下。」

 着替えを済ませて、食事が運ばれてくる。
 本来なら、食堂に行って食事をするべきなのだが・・・。

「今日も、お茶だけで良い。」
「いいえ、陛下。ゴードン様から、必ず朝食をとるようにと。」
「・・・食べたくないんだ。下げてくれ。」
 特に、サラの夢を見た日の朝は、気分が乗らない。

「失礼いたします!」
 扉の前に、ゴードンが現れた。
「陛下!もう2年ですぞ!以前よりもお痩せになられて、威厳に関わります!早急に世継ぎも考えねばなりません!」
 突然、現れたかと思うと、激しく説教を始められた。
「・・・・解っている。うるさいやつだな。」

 そうだ。サラが居なくなって、2年もたった。
 国の為に、早く妃を決めて、王子を産ませなければならない。
 ・・・あいつ以外の女を抱いて。

「陛下?顔色が・・・大丈夫ですか?」
 ウィルが心配そうに、様子を伺ってくる。
「・・・大丈夫だ。少し吐き気がしただけだ。」
 その様子を見てゴードンが、ため息をつく。
「仕方ありません。しかし、今日はフルーツだけでも食べて頂きます。それと、午後からはこちらで用意した姫君方とお会いして頂きます。それから、」
「まだあるのか。」ため息をつく。

「今夜は、どなたか姫君を選んで頂いて、ベッドを共にして頂きます!」
「・・・。」
「陛下は24歳なのですぞ!即位されて4年!これ以上、妃の座を空席にはできません!」
「・・・解った。おまえが適当に見繕って、媚薬でも盛ってくれ。出来そうにないからな。」
「かしこまりました!」
 そうして、ゴードンが去って行く。

 ウィルは、戸惑った。
「陛下、あまりご無理なさらずとも。」
 ドサリと、ソファーに座って、アーサーは言った。
「これは王としての義務だ。」


 サラ。
 お前が居なくなって、私はボロボロだ。
 情けなくも、この心と体を、どうすることもできない。
 頭では分かっているのに、体が動かない。



◇◇◇◇◇



「はじめまして。陛下。カトモア国の王女、アリアーネでございます。」

 黒髪で、目の茶色い娘が、部屋に入ってきた。
 ゴードンが、ニコニコと微笑みながら紹介を始める。
「遠い西の国にある、カトモア国の第1王女様です。御年18と伺っておりますが、なかなかに落ち着きのある姫君ですね。」
 ジロリとゴードンを見ると、「それでは、私共は失礼させていただきます。」と言って、去って行く。

 部屋に2人きりになり、姫君を見る。
 サラと同じ黒い髪。出会った頃と同じ位の年齢。
 ・・・ゴードンめ。
 アリアーネは、アーサーを見て頬を染める。
 じーっと彼女を眺めてみても、何も感じなかった。しかし、確かにこの黒髪には、懐かしさを感じた。
「・・・でしょうか?陛下。」
「?あぁ、申し訳ない。聞いていなかった。」
 アリアーネは、少し俯いて悲しそうに言う。
「わかっております。陛下は・・・忘れられない女性がいると。」
 そう言うと、ポケットから紙につつまれた薬を取り出す。
「この媚薬を、陛下にこっそり飲ませるように言われました。」
 キッ!と強い眼差しを、アーサーに向ける。
「ですが、わたくしは、騙しうちなど好みませんの!陛下!どうしましょう?薬をつかいますか?」
 アーサーは、アリアーネを見て、少しキョトンとする。
 そして、何故か笑いが込み上げてきた。
 笑いだすアーサーを見て、アリアーネは逆にポカンとする。
「フフフ。はははは。」笑いが止まらない。

 なんだ、この娘は・・・少しだけサラに似ている。そう思った。
 あの真っ直ぐな黒い瞳。手におえない素直さ。
「陛下・・・?」
 アリアーネは、立ち上がって、アーサーの傍に来た。
 そして、ハンカチを差し出した。
「なんだ?」
 アーサーの質問に、気まずそうにアリアーネは答える。
「あの・・・涙が・・・。」 

 ボロボロと、アーサーの眼から、涙がこぼれていた。
「・・・・!」
 ぐるりと後ろを向いて、自分の顔に手を当てる。

 もう・・・もうダメだと思った。

 サラ・・・サラ・・・サラ!!
 おまえに、会いたい。会いたくて、会いたくてたまらない。
 嗚咽しそうな自分自身の口を、震える手で抑え込む。

 アリアーネは、アーサーの後ろから抱き着く。
「陛下。わたくしでは代わりになりませんか?目を閉じて、わたくしを陛下の想い人だと想って。」
「・・・・。」
 サラと同じ黒髪。同じ位の背丈。その素直な性格。
 アーサーの手を引っ張って、ベッドへ誘導する。
「陛下、目を閉じてくださいませ。愛しい女性を思い出してください。」
 アリアーネは、アーサーの胸に顔をうずめて抱き着いた。
「その方の、お名前は?なんとおっしゃいますの?」
 黒い髪が、自分の胸に押し付けられて、ドキリとする。

「・・・サラ・・・。」
「もう1度、呼んでくださいませ。」
「・・・・サラ。」
「もう1度。」
「サラ・・・・。」
「もう1度。」
「・・・・・サラ・・!」
 アリアーネは、アーサーをベッドに押し倒す。
 瞬間に、アーサーは、アリアーネを抱きしめてしまう。

 サラ!会いたい。
 もう1度、おまえを抱きしめたい。サラ・・・。

「お慕いしております。陛下。」
 そう言われて、アーサーは、ビクリ!と我に返った。

 すぐに起き上がって、アリアーネを立たせる。
「すまない!申し訳ないが、今日は帰ってくれ。1人になりたい。」
「陛下・・・!」
「頼む!!」

 少しの沈黙の後、アリアーネは静かに部屋を出て行った。 

 アーサーは、両手で顔を覆い、そのままベッドに仰向けになる。
「はぁ・・・。」


『アーサー』
 サラの明るい声を、まだ覚えている。
『アーサー好き。大好き!』

 おまえの、その声。
 その言葉、その思考、強烈過ぎて、誰も代わりになどならない。

 会いたい。



 あの時。
 ガルーダ王国から帰還して、目を覚ますと、サラは居なかった。
 テルマは、壊れた人形のように泣き崩れ、立つことも出来ないほどだった。
 ウィルも、レオンも、アモンも、みんな。下を向いたまま、口を開かなかった。
 重い沈黙の中、ゴードンが言った。
「サラ様は、白竜と契約し、自らの命と引き換えに陛下を助けられました。」

 何を言っているのか、理解するのに、言われた言葉を頭の中で2回繰り返した。

「サラはどこだ?」
「ですから、サラ様は陛下の命を救うために、自らの命と引き換えになさりました。」
「・・・それで!それで、サラは今どこにいるんだ!?」
 ゴードンは目を閉じて、言った。
「消えました。」
「な・・に?」
「跡形もなく、何も残さずに消えました。」

 アーサーは、城中を探し回った。
 サラが最初に着ていた服すらも、残っていなかった。
 まるで・・・まるで、それは、

 サラは、最初から居なかったかのように。

 すべては、夢だったかのように。

 サラは消えた。 

 

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