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後日談・番外編
乳母と6人の男・後編
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【イディンside】
ラズトの目が、僕と同じことに気づいたことを物語っている。やるじゃないか。
「……そういうことか? 犯人が貴族なら、王太子派と第二夫人派の確執を知っている可能性がある」
「うん。つまり、目的はキカゲの解放なんかではなくて……」
僕が言ったとき、オレンジ色の小鳥がスイッとラズトの周りを回って、アンピィの頭にとまった。ポステの連絡だ。
ラズトはポステの足の通信筒から手紙を取り出し、目を通した。
「――ファシード殿からだ。招待客から怪しい奴を洗い出した結果、ファシード殿も同じ結論に達したらしい」
僕は手紙を受け取った。そこには、リストの洗い出しから浮かび上がった容疑者の名前がある。
僕は自分の顔が、いかにも悪人な笑みを浮かべるのを止められなかった。
「それなら、細かいことは一切無視だ。交渉やら何やら面倒なことも必要ないね」
ラズトはうなずいた。
「ああ。あとは姫を助け出して、犯人に天罰を下すだけだ」
横でエンディが上着を脱ぎ捨て、カザムが手の指の関節をぽきりと鳴らした。
◇ ◇ ◇
その館の裏では、荷車を引いたアンピィや業者の人々が、裏門を忙しく出入りしていた。門番が通行証をチェックしていて、一般のものは入れないようになっている。
星心術は、もともとある力の働きを助ける術だ。僕とラズトが術を使い、エンディとカザムが訓練された力を揮えば、侵入は簡単だった。
人目のない側の塀を軽く越え、見回りの兵士には眠ってもらい、通用口の鍵を音もなく壊して館に入り込む。薄暗い通路の両側には、番号が振られた倉庫らしきドアが立ち並んでいた。
ラズトはそこで、コーメの名前の印を書いた手紙を持たせたポステを飛ばした。ポステはすうっと廊下の先に降り立つと、一つのドアの前にちょこちょこと飛び跳ねるように移動した。
くちばしでドアをノックしようとするのを、カザムが静かに止める。――このドアか。
鍵はかかっていなかった。押し開けて一気に踏み込むと、奥の木箱や麻袋が積まれたあたりに、黒髪が見えた。
コーメだ。座りこんで後ろ手に縛られ、目隠しをされている。
その横で、似合わない高級スーツを着たガタイのいい男が振り向き、目を見開いて思わずという風に言った。
「早っ」
……なにをのんきな。確かに、事件発生からものの数時間しか経ってないけどね。
【ラズトside】
「コーメっ」
数人の声が重なり、彼女はそれを聞きわけて、目隠しをされた顔をパッと上げた。額が赤く腫れている……何かされたのか。
オレの横で、今までは気配を消していたカザムとエンディの殺気が、一気に膨れ上がるのを感じた。
こっちも同じだがな! イディンと同時に術円を展開する。
同じ部屋にいた数人のザコと、乱闘になった。
奴らは、他に呼びようがあるのかもしれないが、カザムとエンディに比べたらザコとしか言いようがなかった。カザムの手刀が決まり、エンディの肘打ちが入り、相手は次々と床に転がって呻く。
星心術は攻撃には向いていないが、防御や援護は可能だ。オレとイディンは後方支援に徹した。本当は直接ぶん殴ってやりたい。
そんなザコも、数秒の時間を稼ぐ役には立ったらしい。スーツの男はコーメを引きずるように立たせると――触るなこの野郎!――荷物のように肩に担いで倉庫の奥に後退した。
奥の壁が四角く切り取られ、外へ倒れた。搬出専用のスロープができあがる。出口があったのか!
しかし男がそこから出ようとしたとたん、横から何かが降りおろされて、男の頭にゴッ、と当たった。
男が頭を押さえてよろめいた所へエンディが飛び込んで行って、落下するコーメの身体を受け止めた。
搬出口から顔を出したのは、作業服に帽子をかぶった男。手に、アンピィを荷車につなぐときに使う棒を持っている。
「ファシード殿!? どうやって入ったんです」
カザムが駆け寄ると、作業服姿のファシード殿は首にかけた通行証をひらひらと振って見せた。
「普通に入ったよ。調べてみたら、うちの会社と取引のあるお宅だったんでね」
そして、カザムに拘束されて呻く男を見下ろすと、皮肉っぽく告げた。
「今後の取引はご遠慮いただきますがね」
エンディの腕から降り、目隠しと腕のロープをはずされたコーメは、少し疲れた風ではあったがいつもの笑顔を見せてくれた。
「ありがとう、皆さん!」
「コーメ、これは」
オレが額にそっと触れると、彼女は少し顔をしかめながら笑った。
「あ、ちょっと抵抗して、頭突きを」
意外と思い切ったことをなさるんだよな、この乳母さまは。
「でも、どうして……その……」
彼女は五人の男たちの顔を、順番に見た。
「わからない? ま、そりゃ疑問に思うか、このメンバーが一緒に行動してたら」
イディンが微笑んでいる。こいつ、なんだその甘い笑顔……さっきの黒い笑みをコーメに見せてやりたい。
オレはコーメの額を術で癒しながら、苦笑した。
「犯人にとっても、予想外だったんだ。俺たちが協力し合うことは」
「?」
「王太子派が第二夫人派をよく思っていないのは、一部では有名な話だ。そんな中でコーメが誘拐され、過激派のリーダーの釈放が要求された。どうやらコーメは、王太子殿下の乳母と間違えられて誘拐されたらしい」
オレは言葉をいったん切って、コーメに尋ねた。
「さて、普通なら王太子派はどうすると思う? オージの乳母のために、やっと捕まえた罪人を釈放するか?」
【イディンside】
「……しない、です……よね?」
僕は彼女の腕をそっと取り、縛られた跡を確認した。こちらは擦り傷程度だ。されるがままになっている彼女に説明する。
「そう。王太子殿下の直轄地を荒らす、にっくき過激派だからね。釈放しないで、できれば秘密裏に事件を解決したい。そんな風に裏でごそごそやっている時に、第二夫人派がこのことを知ったら?」
「あ。王太子派は人質を見捨てるのか、って、余計関係が悪くなる……?」
一生懸命考えているらしいコーメに、エンディが話しかけた。
「こっちとそっちの関係が悪くなって、得するのは誰だ?」
コーメは今度はエンディを見た。何なんだ、この二人……ちょっと親しい雰囲気なんか醸しだしてるけど、何かあったのか?
「えっと、王太子殿下とオージの次に、有力な貴族?」
ファシード殿がうなずいた。
「狩猟の会の招待客で、途中で帰った客の中に、そんな有力者の関係者がいたんだよ。それが、この男」
足元で気絶している男を、つま先で軽く小突く。
男がうめき、コーメが一瞬身を引いた。カザムが後ろからそっと寄り添う。ふん。
ラズトが続けた。
「まあ、そういう風に二つの派閥をいがみ合わせておいて、漁夫の利を得ようとした。でも、よりによってコーメを誘拐したのが、こいつらの失敗だったな」
「わ、私?」
コーメが僕たちを見回す。目を丸くした様子が可愛くて、僕は思わず軽く吹きだした。
「そう。コーメを助けるためなら、普段はライバル同士の僕たちが団結! だなんて、予想外だったってこと。な?」
「お前、すらすらしゃべったもんな。そっちの事情」
ラズトがちょっと呆れて言う。
「それなんだけど、うまいこと話を合わせてくれない? そのかわり、犯人グループの処分はこっちできっちりやらせてもらうから」
僕はエンディと視線を交わして、ニヤリと笑った。
コーメが、あっと声を上げた。
「王子! きっと心配してる、早く顔を見せてあげなきゃ」
あーあ、もう彼女の頭は、あの複雑な生い立ちの少年のことで一杯だ。
「おお、コーメを慕う第六の男、オージね。きっと彼も、今回の件で一つ役割を果たしてくれると思うよ」
ファシード殿が意味深なことを言った。どうでもいいけど。
結局、今回の件の筋書きはこういうことになった。
犯人はうっかり、王太子殿下の乳母と間違えてオージ殿下の乳母を誘拐、途中で間違いに気づいてコーメを目隠ししたまま森に放りだした。コーメは目隠しをされていたので、犯人は見ていない。そんな彼女を僕とエンディが発見して救出、今回の事件はうやむやに、ってわけ。
下手に明らかにすると、同じことを考える輩や、どちらかに味方してうまい蜜を吸おうとする奴らが寄って来るからね。うっとうしいことこの上ない。
さて、捕えた男から色々とじっくり聞き出して、主犯を密かに闇に葬り去ってやろう。
こういう仕事は僕のキャラじゃないんだけど、コーメに手を出した罪は重いからね。
【ラズトside】
「小梅!」
天幕に戻ると、オージが一直線に走ってきてコーメに飛びついた。
「オージ、ごめんね! 私、無事だよ」
コーメがしゃがみこんで抱きとめ、サラサラの金髪を撫でている。
やはり駆け寄ってきた侍女のローレンには、ちょっと変な人にからまれてもめちゃって、でももう大丈夫、などと説明しているコーメ。
誘拐を「からまれちゃって」で済ませられるあたり、彼女も大概強い。額の傷も、術によってほとんど目立たなくなっているのでバレないだろう。
オレとカザム、ファシード殿は、そんな光景をやっと落ち着いた気分で眺めていた。
急に向こうの方がざわめいて、オレはそっちに目を向けた。
王太子殿下が、イディンとエンディを従えてこちらに歩いて来るところだった。コーメがそっと王子を離して、後ろに下がって控える。
「オージ。久しぶりだね」
殿下は足を止め、立ったままオージに声をかけた。オージはぺこりと、目上の王族に対する礼をした。
「勉強、頑張っているらしいな」
殿下の言葉は、聞きようによってはただの社交辞令だ。
でも、普段ほとんどオージに話しかけない殿下が今ここで話しかけたのは――きっと、今回のことで感じた事もあったのだろう。自分たちの確執が、つけいる隙を与えているのだと。
だから、オージに歩み寄るために声をかけたのだと……オレはそんな印象を受けた。
オージはニコッと笑って答えた。
「はい、がんばってます! 大きくなったら兄上のおてつだいもします!」
殿下はそれを聞いて、少しだけ口の端を上げた。
「そうか。楽しみにしているよ。――お先に失礼する」
後は振り返らずに、その場を去って行く。イディンとエンディがこちらをちらりと見てから、後に続いて行った。
ファシード殿がオージに近づいて、頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「いい仕事したな、オージ」
「?」
オージはちょっと不思議そうにしていたけれど、コーメにも頭を撫でられて、嬉しそうに笑った。
コーメがこのまま、オージを優しい子に育ててくれたら、今回のように確執を利用されるような事件は、もう起こらないだろう。きっと。
そして、そんな風にオージは、自分の大事な人を守って行くのだろうと思う。
彼女はオージと手をつないで言った。
「さ、帰りましょうか。離宮へ」
【乳母と6人の男 完】
ラズトの目が、僕と同じことに気づいたことを物語っている。やるじゃないか。
「……そういうことか? 犯人が貴族なら、王太子派と第二夫人派の確執を知っている可能性がある」
「うん。つまり、目的はキカゲの解放なんかではなくて……」
僕が言ったとき、オレンジ色の小鳥がスイッとラズトの周りを回って、アンピィの頭にとまった。ポステの連絡だ。
ラズトはポステの足の通信筒から手紙を取り出し、目を通した。
「――ファシード殿からだ。招待客から怪しい奴を洗い出した結果、ファシード殿も同じ結論に達したらしい」
僕は手紙を受け取った。そこには、リストの洗い出しから浮かび上がった容疑者の名前がある。
僕は自分の顔が、いかにも悪人な笑みを浮かべるのを止められなかった。
「それなら、細かいことは一切無視だ。交渉やら何やら面倒なことも必要ないね」
ラズトはうなずいた。
「ああ。あとは姫を助け出して、犯人に天罰を下すだけだ」
横でエンディが上着を脱ぎ捨て、カザムが手の指の関節をぽきりと鳴らした。
◇ ◇ ◇
その館の裏では、荷車を引いたアンピィや業者の人々が、裏門を忙しく出入りしていた。門番が通行証をチェックしていて、一般のものは入れないようになっている。
星心術は、もともとある力の働きを助ける術だ。僕とラズトが術を使い、エンディとカザムが訓練された力を揮えば、侵入は簡単だった。
人目のない側の塀を軽く越え、見回りの兵士には眠ってもらい、通用口の鍵を音もなく壊して館に入り込む。薄暗い通路の両側には、番号が振られた倉庫らしきドアが立ち並んでいた。
ラズトはそこで、コーメの名前の印を書いた手紙を持たせたポステを飛ばした。ポステはすうっと廊下の先に降り立つと、一つのドアの前にちょこちょこと飛び跳ねるように移動した。
くちばしでドアをノックしようとするのを、カザムが静かに止める。――このドアか。
鍵はかかっていなかった。押し開けて一気に踏み込むと、奥の木箱や麻袋が積まれたあたりに、黒髪が見えた。
コーメだ。座りこんで後ろ手に縛られ、目隠しをされている。
その横で、似合わない高級スーツを着たガタイのいい男が振り向き、目を見開いて思わずという風に言った。
「早っ」
……なにをのんきな。確かに、事件発生からものの数時間しか経ってないけどね。
【ラズトside】
「コーメっ」
数人の声が重なり、彼女はそれを聞きわけて、目隠しをされた顔をパッと上げた。額が赤く腫れている……何かされたのか。
オレの横で、今までは気配を消していたカザムとエンディの殺気が、一気に膨れ上がるのを感じた。
こっちも同じだがな! イディンと同時に術円を展開する。
同じ部屋にいた数人のザコと、乱闘になった。
奴らは、他に呼びようがあるのかもしれないが、カザムとエンディに比べたらザコとしか言いようがなかった。カザムの手刀が決まり、エンディの肘打ちが入り、相手は次々と床に転がって呻く。
星心術は攻撃には向いていないが、防御や援護は可能だ。オレとイディンは後方支援に徹した。本当は直接ぶん殴ってやりたい。
そんなザコも、数秒の時間を稼ぐ役には立ったらしい。スーツの男はコーメを引きずるように立たせると――触るなこの野郎!――荷物のように肩に担いで倉庫の奥に後退した。
奥の壁が四角く切り取られ、外へ倒れた。搬出専用のスロープができあがる。出口があったのか!
しかし男がそこから出ようとしたとたん、横から何かが降りおろされて、男の頭にゴッ、と当たった。
男が頭を押さえてよろめいた所へエンディが飛び込んで行って、落下するコーメの身体を受け止めた。
搬出口から顔を出したのは、作業服に帽子をかぶった男。手に、アンピィを荷車につなぐときに使う棒を持っている。
「ファシード殿!? どうやって入ったんです」
カザムが駆け寄ると、作業服姿のファシード殿は首にかけた通行証をひらひらと振って見せた。
「普通に入ったよ。調べてみたら、うちの会社と取引のあるお宅だったんでね」
そして、カザムに拘束されて呻く男を見下ろすと、皮肉っぽく告げた。
「今後の取引はご遠慮いただきますがね」
エンディの腕から降り、目隠しと腕のロープをはずされたコーメは、少し疲れた風ではあったがいつもの笑顔を見せてくれた。
「ありがとう、皆さん!」
「コーメ、これは」
オレが額にそっと触れると、彼女は少し顔をしかめながら笑った。
「あ、ちょっと抵抗して、頭突きを」
意外と思い切ったことをなさるんだよな、この乳母さまは。
「でも、どうして……その……」
彼女は五人の男たちの顔を、順番に見た。
「わからない? ま、そりゃ疑問に思うか、このメンバーが一緒に行動してたら」
イディンが微笑んでいる。こいつ、なんだその甘い笑顔……さっきの黒い笑みをコーメに見せてやりたい。
オレはコーメの額を術で癒しながら、苦笑した。
「犯人にとっても、予想外だったんだ。俺たちが協力し合うことは」
「?」
「王太子派が第二夫人派をよく思っていないのは、一部では有名な話だ。そんな中でコーメが誘拐され、過激派のリーダーの釈放が要求された。どうやらコーメは、王太子殿下の乳母と間違えられて誘拐されたらしい」
オレは言葉をいったん切って、コーメに尋ねた。
「さて、普通なら王太子派はどうすると思う? オージの乳母のために、やっと捕まえた罪人を釈放するか?」
【イディンside】
「……しない、です……よね?」
僕は彼女の腕をそっと取り、縛られた跡を確認した。こちらは擦り傷程度だ。されるがままになっている彼女に説明する。
「そう。王太子殿下の直轄地を荒らす、にっくき過激派だからね。釈放しないで、できれば秘密裏に事件を解決したい。そんな風に裏でごそごそやっている時に、第二夫人派がこのことを知ったら?」
「あ。王太子派は人質を見捨てるのか、って、余計関係が悪くなる……?」
一生懸命考えているらしいコーメに、エンディが話しかけた。
「こっちとそっちの関係が悪くなって、得するのは誰だ?」
コーメは今度はエンディを見た。何なんだ、この二人……ちょっと親しい雰囲気なんか醸しだしてるけど、何かあったのか?
「えっと、王太子殿下とオージの次に、有力な貴族?」
ファシード殿がうなずいた。
「狩猟の会の招待客で、途中で帰った客の中に、そんな有力者の関係者がいたんだよ。それが、この男」
足元で気絶している男を、つま先で軽く小突く。
男がうめき、コーメが一瞬身を引いた。カザムが後ろからそっと寄り添う。ふん。
ラズトが続けた。
「まあ、そういう風に二つの派閥をいがみ合わせておいて、漁夫の利を得ようとした。でも、よりによってコーメを誘拐したのが、こいつらの失敗だったな」
「わ、私?」
コーメが僕たちを見回す。目を丸くした様子が可愛くて、僕は思わず軽く吹きだした。
「そう。コーメを助けるためなら、普段はライバル同士の僕たちが団結! だなんて、予想外だったってこと。な?」
「お前、すらすらしゃべったもんな。そっちの事情」
ラズトがちょっと呆れて言う。
「それなんだけど、うまいこと話を合わせてくれない? そのかわり、犯人グループの処分はこっちできっちりやらせてもらうから」
僕はエンディと視線を交わして、ニヤリと笑った。
コーメが、あっと声を上げた。
「王子! きっと心配してる、早く顔を見せてあげなきゃ」
あーあ、もう彼女の頭は、あの複雑な生い立ちの少年のことで一杯だ。
「おお、コーメを慕う第六の男、オージね。きっと彼も、今回の件で一つ役割を果たしてくれると思うよ」
ファシード殿が意味深なことを言った。どうでもいいけど。
結局、今回の件の筋書きはこういうことになった。
犯人はうっかり、王太子殿下の乳母と間違えてオージ殿下の乳母を誘拐、途中で間違いに気づいてコーメを目隠ししたまま森に放りだした。コーメは目隠しをされていたので、犯人は見ていない。そんな彼女を僕とエンディが発見して救出、今回の事件はうやむやに、ってわけ。
下手に明らかにすると、同じことを考える輩や、どちらかに味方してうまい蜜を吸おうとする奴らが寄って来るからね。うっとうしいことこの上ない。
さて、捕えた男から色々とじっくり聞き出して、主犯を密かに闇に葬り去ってやろう。
こういう仕事は僕のキャラじゃないんだけど、コーメに手を出した罪は重いからね。
【ラズトside】
「小梅!」
天幕に戻ると、オージが一直線に走ってきてコーメに飛びついた。
「オージ、ごめんね! 私、無事だよ」
コーメがしゃがみこんで抱きとめ、サラサラの金髪を撫でている。
やはり駆け寄ってきた侍女のローレンには、ちょっと変な人にからまれてもめちゃって、でももう大丈夫、などと説明しているコーメ。
誘拐を「からまれちゃって」で済ませられるあたり、彼女も大概強い。額の傷も、術によってほとんど目立たなくなっているのでバレないだろう。
オレとカザム、ファシード殿は、そんな光景をやっと落ち着いた気分で眺めていた。
急に向こうの方がざわめいて、オレはそっちに目を向けた。
王太子殿下が、イディンとエンディを従えてこちらに歩いて来るところだった。コーメがそっと王子を離して、後ろに下がって控える。
「オージ。久しぶりだね」
殿下は足を止め、立ったままオージに声をかけた。オージはぺこりと、目上の王族に対する礼をした。
「勉強、頑張っているらしいな」
殿下の言葉は、聞きようによってはただの社交辞令だ。
でも、普段ほとんどオージに話しかけない殿下が今ここで話しかけたのは――きっと、今回のことで感じた事もあったのだろう。自分たちの確執が、つけいる隙を与えているのだと。
だから、オージに歩み寄るために声をかけたのだと……オレはそんな印象を受けた。
オージはニコッと笑って答えた。
「はい、がんばってます! 大きくなったら兄上のおてつだいもします!」
殿下はそれを聞いて、少しだけ口の端を上げた。
「そうか。楽しみにしているよ。――お先に失礼する」
後は振り返らずに、その場を去って行く。イディンとエンディがこちらをちらりと見てから、後に続いて行った。
ファシード殿がオージに近づいて、頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「いい仕事したな、オージ」
「?」
オージはちょっと不思議そうにしていたけれど、コーメにも頭を撫でられて、嬉しそうに笑った。
コーメがこのまま、オージを優しい子に育ててくれたら、今回のように確執を利用されるような事件は、もう起こらないだろう。きっと。
そして、そんな風にオージは、自分の大事な人を守って行くのだろうと思う。
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