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後日談・番外編
乳母と6人の男・前編
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【ラズトside】
ウィオ・リゾナ王国の首都の南側には広大な森が広がっていて、王家の私有地になっている。ここでは毎年秋になると、国王主催の狩猟の会が開かれていた。
と言っても、実際に武器を用いて動物を狩るのではなく、普段触れ合うことのない野生動物の生態を見学して保護に役立てようと言う、社会勉強の意味合いが濃い。
コーメが「紅葉狩り」という言葉を教えてくれたが、その「狩り」に近いと言える。
今年初めて王子も参加することになって、離宮の面々も数名お供で同行した。万が一の時に備えて、主治医であるオレも一緒だ。
森の中の広い草地に大小いくつかの天幕が張られ、その前でガーデンパーティが開かれていて、王子はその中にいる。
王子はどちらかというと、貴族の同年代の子どもたちと交流する方が主目的。小さいのが大勢わあわあきゃあきゃあやっているのを、オレとコーメは少し離れたところで眺めていた。
紺色のジャンパースカートに白のブラウス、つばなしボンネットにエプロン。いつもの乳母姿のコーメは、貴族の子どもたちやその母親たちの顔と手元のメモ帳を照らし合わせながら、なにやらぶつぶつつぶやいている。顔と名前を一致させているのだろう。
前日まで、貴族年鑑と首っ引きだったからな。
そんな彼女の頬にはらりと黒髪が落ちて、眺めていた横顔が半ば隠れてしまった。手を伸ばして、髪を彼女の耳にかける。
「び! な、何ですか!?」
飛び上がって耳を押さえながら、こちらを向くコーメ。
『び』って何だ? 『びっくり』の『び』?
返事をせずにただニヤリとしてみせると、彼女はむっとしたふりをしてまたメモ帳に目を落としてしまった。
頬から首筋が、すっかり綺麗な色に染まってるけどな。
オレは中指で銀縁の眼鏡を直しながら、その手の陰でまた、こっそりと笑った。
中央の天幕でイシュディール王に挨拶していたファシード殿が、こちらへやってきた。
「やあコーメ! 久しぶりに会えて嬉しいよ」
久しぶりって、ほんの数日前に離宮に遊びに来てたと思うんだが。
「お、ラズト、来てたのか」
来てました。オレは憮然としてあいさつを返す。
「ああコーメ、今陛下にあいさつしてるのが、王太子妃の乳母どのだよ。その隣が、王太子殿下の乳母どの。もう引退されてるけど、今回招待されたんだね」
「すごい、乳母さま大集合ですね」
コーメは少し緊張気味に、高齢の女性たちが陛下に挨拶しているのを見ている。
そんな彼女に、ファシード殿はあれこれ貴族のことを教えていた。さすが、姉上である国王の第二夫人を通じて交流があるだけあって、詳しい。コーメの助けになるだろう。
口を挟むのも気が引けて、オレはその場を離れると森の中をぶらついた。紅葉が始まっていて、足元は赤や黄色の絨毯。歩くと、さくさくと音を立てる。
木の上や、下藪の隙間から、小動物が顔を出しては姿を消す。騒がせてすまないな。
さて、そろそろ子どもたちのお茶会もお開きだろう。オレは、第二夫人と離宮の人々が休んでいる天幕まで戻った。
そこへ、ファシード殿が王子を連れて戻ってきた。
「コーメはどうしました?」
天幕の前で警備に立っていた、護衛士のカザムが尋ねる。
「私に王子を頼んで、厩舎の方に行ったよ」
「厩舎?」
何でも、招待客らしい身なりのいい男がやってきて、乗ってきたアンピィが怪我をしたのだが王家の星心術士には気が引けて言いにくい、さっきここに術士どのがいたようだが治療を頼めないか、と言ってきたらしい。
コーメが「軽い怪我なら私でも治せます」と言うと、男はそれならぜひ……とコーメを連れていったようだ。森の外れに臨時の厩舎が作られているから、そこだろう。
「一応、オレも行ってみる」
カザムに声をかけ、オレは厩舎に向かった。コーメの手に負えない場合はオレの出番だろう。
しかし、厩舎に到着して厩番に尋ねてみても、怪我をしたアンピィはいないとのことだった。
――それならコーメは、どこへ行ったんだ?
【イディンside】
「イディン。これを見てくれ」
王太子殿下が、普段あまり表情を動かさない顔に珍しく疑問符を浮かべて、僕を呼んだ。
差し出された手紙を受け取る。星心印が書かれていないので、ポステを通じて出されたものではないらしい。
「私のアンピィの鞍に挟んであったらしい」
「鞍に?」
僕は手紙を開いた。
『殿下の大事な乳母殿は預かった。無事に返してほしければ、同志キカゲを解放せよ』
「脅迫状ですね」
僕は少し殿下に近づき、声を潜める。
キカゲはアニモスという街の自警団のリーダーながら、山賊まがいの振る舞いで近隣の住民を苦しめていた。近頃当局に逮捕されて、裁判を待っているところだったはず。
ちなみにアニモスは王太子殿下の直轄地の中にあり、縁の深い街だ。
殿下は、これまた珍しくため息をついて、自分の後ろに目をやった。僕はその視線を追って、自分の眉間にしわが寄るのを自覚した。
王太子殿下の乳母殿(引退して、現在御年六十歳)が、国王陛下の第一夫人と談笑していたのだ。
「……ご無事ですね。乳母殿」
「誰かが間違いで誘拐された可能性がある。密かに調べよ」
「承りまし……」
僕はつい言葉を切って、振り向いてしまった。第二夫人の天幕の方だ。
さっきから、気になっていた。彼女の姿が、見えない。
そして、ラズトがちょうど走って戻ってきて、カザムとファシード殿に何か話しかけているところだった。オージ殿下が不安そうな顔で、三人を見上げている。
「……あれか」
「……だと思います」
僕は舌打ちをしそうになった。
「手紙には『殿下の大事な乳母』とだけ書いてありました。王太子殿下とオージ殿下を間違えた結果、乳母を間違えたのか……?」
僕が言うと、王太子殿下は声を低くした。
「キカゲの件は私の問題だ。お前の手で早急にオージの乳母を助け出せ。エンディと、必要なら何人か連れていけ」
「はっ」
僕はすぐにその場を離れた。
星心殿での夜のコーメを思い出す。そして、猫に変化した僕を翻弄する白い手も。
僕は、彼女を連れ去った犯人像を分析しながら、意識を研ぎ澄ました。
彼女は僕の恋人ではないが、少なくともお前らのものではない。後悔なんて生易しい言葉では語れない気分を味あわせてやる。
双子の弟、エンディに目配せをし、天幕から離れた所に移動する。すぐにエンディが来て、事情を説明した。
「わかった」
エンディは短く返事をした。
「コーメの顔は覚えてる?」
「もちろん」
もちろん? ……ふーん。女の顔を覚えてるなんて、珍しい。
「第二夫人側には知られないように動くと言うことか?」
エンディに聞かれ、僕はちらりと視線を横に走らせた。
「できればそうしたいけど……」
「コーメがいなくなって最初に思い浮かんだのは、あなた方だ」
後ろから声がして、僕は振り向いた。
カザムが、険しい顔をして立っていた。こいつも今、研ぎ澄まされたナイフみたいな空気をまとっている。
「詳しい事情をご存じのようだ。情報を共有と行きましょう」
僕はエンディと顔を見合わせると、苦笑して両手を上げた。
【ラズトside】
こいつらと協力して事に当たる日が来るとはな。
オレとカザム、そしてイディンとエンディは、それぞれのアンピィを駆って街道を走っていた。少し前に、大きな荷物を載せたアンピィが異常なスピードで走って行くのが目撃された道だ。
荷物がコーメだとしたら……この先は、一番近い街であるラグレイ。街に紛れるつもりか。
「そりゃ、年寄りを誘拐すれば、抵抗されなくていいだろうけどね。王太子殿下は乳母どのをとても大事にされてるから、人質の価値は十分あるし」
イディンはさっきからベラベラとしゃべっている。しゃべりながら考えをまとめるタイプなのだろうが、よく舌を噛まないものだ。
「それなのに、年も外見も全然違うコーメを連れていくあたり、間違うにもほどがあるよね。なんか変だよ、この誘拐」
オレは口を挟んだ。
「王太子殿下の乳母どのを誘拐するなら、今日この日を選ぶ必要性は全くない。引退した今では一般人として暮らしてるんだから、いつでもどこでも誘拐できるんだからな。でも、最初からコーメを誘拐しようとしたなら、離宮から出た今日はチャンスだっただろう」
イディンがこちらを見る。
「最初からコーメ狙いだった……? いや、でもキカゲを解放させるなら、やっぱり王太子殿下にとって価値のある人質でないと意味がない……」
意外とその目は真剣だ。こいつもコーメを心配しているんだろうが……やっぱり気に入らない。
実行犯が、招待客の中にいる可能性は高い。すでに招待客リストの洗い出しは始まっていて、ファシード殿はそちらを担当していた。
自分がそばにいながらコーメを誘拐されたとあって、ものすごい勢いで罵詈雑言を吐きながらも集中しているようだ。あの人なら何かに気づくかもしれない。
顔を上げると、カザムとエンディはずいぶん先を走っていた。彼らは森を出てから、一言も口をきいていない。集中しているのだろう。
オレは手綱を握り直した。
コーメをこれ以上辛い目に遭わせてなるものか。待ってろ、すぐに見つけ出してやる!
ラグレイの街は人通りが多く、オレたちはアンピィを降りて手綱を引いて進んだ。
犯人が狩猟の会の招待客に紛れていたなら、十中八九、貴族だ。高級住宅街の方へ回る。
招待客リストは持って来ているが、この街には貴族が多い。無闇に探しまわっているうちに犯人に感づかれたら、コーメが危ない。絞り込む方法はないものか。
「くそっ……コーメが術を使えることを、犯人に知られたのは痛いな」
オレは唇をかんだ。
犯人は、オレがコーメから離れた隙にコーメに声をかけて誘拐したが、最初はおそらくオレを探しに行かせて森の中で誘拐しようとしたのだろう。
しかし会話の中でたまたま、コーメが星心術を使えることを知ってしまった。彼女はおそらく今ごろ、術を使えないように腕を拘束されているだろう。術を使ってくれれば、オレなら居場所を追うことができるのだが。
「二手に分かれるか?」
エンディがぼそっとつぶやいた。
「二手に分かれて、どうする? もうそっちに隠し事がないと言い切れるのか」
カザムが声を低める。エンディが冷たい視線を返した。
そう、イディンとエンディは王太子殿下の命令で犯人を追っているのだ。こちらと利害が一致しない場合、コーメにとって不利なことが起こる可能性も……。
いや、待てよ。
顔を上げると、イディンと目が合った。
こいつ、同じことを考えたな?
ウィオ・リゾナ王国の首都の南側には広大な森が広がっていて、王家の私有地になっている。ここでは毎年秋になると、国王主催の狩猟の会が開かれていた。
と言っても、実際に武器を用いて動物を狩るのではなく、普段触れ合うことのない野生動物の生態を見学して保護に役立てようと言う、社会勉強の意味合いが濃い。
コーメが「紅葉狩り」という言葉を教えてくれたが、その「狩り」に近いと言える。
今年初めて王子も参加することになって、離宮の面々も数名お供で同行した。万が一の時に備えて、主治医であるオレも一緒だ。
森の中の広い草地に大小いくつかの天幕が張られ、その前でガーデンパーティが開かれていて、王子はその中にいる。
王子はどちらかというと、貴族の同年代の子どもたちと交流する方が主目的。小さいのが大勢わあわあきゃあきゃあやっているのを、オレとコーメは少し離れたところで眺めていた。
紺色のジャンパースカートに白のブラウス、つばなしボンネットにエプロン。いつもの乳母姿のコーメは、貴族の子どもたちやその母親たちの顔と手元のメモ帳を照らし合わせながら、なにやらぶつぶつつぶやいている。顔と名前を一致させているのだろう。
前日まで、貴族年鑑と首っ引きだったからな。
そんな彼女の頬にはらりと黒髪が落ちて、眺めていた横顔が半ば隠れてしまった。手を伸ばして、髪を彼女の耳にかける。
「び! な、何ですか!?」
飛び上がって耳を押さえながら、こちらを向くコーメ。
『び』って何だ? 『びっくり』の『び』?
返事をせずにただニヤリとしてみせると、彼女はむっとしたふりをしてまたメモ帳に目を落としてしまった。
頬から首筋が、すっかり綺麗な色に染まってるけどな。
オレは中指で銀縁の眼鏡を直しながら、その手の陰でまた、こっそりと笑った。
中央の天幕でイシュディール王に挨拶していたファシード殿が、こちらへやってきた。
「やあコーメ! 久しぶりに会えて嬉しいよ」
久しぶりって、ほんの数日前に離宮に遊びに来てたと思うんだが。
「お、ラズト、来てたのか」
来てました。オレは憮然としてあいさつを返す。
「ああコーメ、今陛下にあいさつしてるのが、王太子妃の乳母どのだよ。その隣が、王太子殿下の乳母どの。もう引退されてるけど、今回招待されたんだね」
「すごい、乳母さま大集合ですね」
コーメは少し緊張気味に、高齢の女性たちが陛下に挨拶しているのを見ている。
そんな彼女に、ファシード殿はあれこれ貴族のことを教えていた。さすが、姉上である国王の第二夫人を通じて交流があるだけあって、詳しい。コーメの助けになるだろう。
口を挟むのも気が引けて、オレはその場を離れると森の中をぶらついた。紅葉が始まっていて、足元は赤や黄色の絨毯。歩くと、さくさくと音を立てる。
木の上や、下藪の隙間から、小動物が顔を出しては姿を消す。騒がせてすまないな。
さて、そろそろ子どもたちのお茶会もお開きだろう。オレは、第二夫人と離宮の人々が休んでいる天幕まで戻った。
そこへ、ファシード殿が王子を連れて戻ってきた。
「コーメはどうしました?」
天幕の前で警備に立っていた、護衛士のカザムが尋ねる。
「私に王子を頼んで、厩舎の方に行ったよ」
「厩舎?」
何でも、招待客らしい身なりのいい男がやってきて、乗ってきたアンピィが怪我をしたのだが王家の星心術士には気が引けて言いにくい、さっきここに術士どのがいたようだが治療を頼めないか、と言ってきたらしい。
コーメが「軽い怪我なら私でも治せます」と言うと、男はそれならぜひ……とコーメを連れていったようだ。森の外れに臨時の厩舎が作られているから、そこだろう。
「一応、オレも行ってみる」
カザムに声をかけ、オレは厩舎に向かった。コーメの手に負えない場合はオレの出番だろう。
しかし、厩舎に到着して厩番に尋ねてみても、怪我をしたアンピィはいないとのことだった。
――それならコーメは、どこへ行ったんだ?
【イディンside】
「イディン。これを見てくれ」
王太子殿下が、普段あまり表情を動かさない顔に珍しく疑問符を浮かべて、僕を呼んだ。
差し出された手紙を受け取る。星心印が書かれていないので、ポステを通じて出されたものではないらしい。
「私のアンピィの鞍に挟んであったらしい」
「鞍に?」
僕は手紙を開いた。
『殿下の大事な乳母殿は預かった。無事に返してほしければ、同志キカゲを解放せよ』
「脅迫状ですね」
僕は少し殿下に近づき、声を潜める。
キカゲはアニモスという街の自警団のリーダーながら、山賊まがいの振る舞いで近隣の住民を苦しめていた。近頃当局に逮捕されて、裁判を待っているところだったはず。
ちなみにアニモスは王太子殿下の直轄地の中にあり、縁の深い街だ。
殿下は、これまた珍しくため息をついて、自分の後ろに目をやった。僕はその視線を追って、自分の眉間にしわが寄るのを自覚した。
王太子殿下の乳母殿(引退して、現在御年六十歳)が、国王陛下の第一夫人と談笑していたのだ。
「……ご無事ですね。乳母殿」
「誰かが間違いで誘拐された可能性がある。密かに調べよ」
「承りまし……」
僕はつい言葉を切って、振り向いてしまった。第二夫人の天幕の方だ。
さっきから、気になっていた。彼女の姿が、見えない。
そして、ラズトがちょうど走って戻ってきて、カザムとファシード殿に何か話しかけているところだった。オージ殿下が不安そうな顔で、三人を見上げている。
「……あれか」
「……だと思います」
僕は舌打ちをしそうになった。
「手紙には『殿下の大事な乳母』とだけ書いてありました。王太子殿下とオージ殿下を間違えた結果、乳母を間違えたのか……?」
僕が言うと、王太子殿下は声を低くした。
「キカゲの件は私の問題だ。お前の手で早急にオージの乳母を助け出せ。エンディと、必要なら何人か連れていけ」
「はっ」
僕はすぐにその場を離れた。
星心殿での夜のコーメを思い出す。そして、猫に変化した僕を翻弄する白い手も。
僕は、彼女を連れ去った犯人像を分析しながら、意識を研ぎ澄ました。
彼女は僕の恋人ではないが、少なくともお前らのものではない。後悔なんて生易しい言葉では語れない気分を味あわせてやる。
双子の弟、エンディに目配せをし、天幕から離れた所に移動する。すぐにエンディが来て、事情を説明した。
「わかった」
エンディは短く返事をした。
「コーメの顔は覚えてる?」
「もちろん」
もちろん? ……ふーん。女の顔を覚えてるなんて、珍しい。
「第二夫人側には知られないように動くと言うことか?」
エンディに聞かれ、僕はちらりと視線を横に走らせた。
「できればそうしたいけど……」
「コーメがいなくなって最初に思い浮かんだのは、あなた方だ」
後ろから声がして、僕は振り向いた。
カザムが、険しい顔をして立っていた。こいつも今、研ぎ澄まされたナイフみたいな空気をまとっている。
「詳しい事情をご存じのようだ。情報を共有と行きましょう」
僕はエンディと顔を見合わせると、苦笑して両手を上げた。
【ラズトside】
こいつらと協力して事に当たる日が来るとはな。
オレとカザム、そしてイディンとエンディは、それぞれのアンピィを駆って街道を走っていた。少し前に、大きな荷物を載せたアンピィが異常なスピードで走って行くのが目撃された道だ。
荷物がコーメだとしたら……この先は、一番近い街であるラグレイ。街に紛れるつもりか。
「そりゃ、年寄りを誘拐すれば、抵抗されなくていいだろうけどね。王太子殿下は乳母どのをとても大事にされてるから、人質の価値は十分あるし」
イディンはさっきからベラベラとしゃべっている。しゃべりながら考えをまとめるタイプなのだろうが、よく舌を噛まないものだ。
「それなのに、年も外見も全然違うコーメを連れていくあたり、間違うにもほどがあるよね。なんか変だよ、この誘拐」
オレは口を挟んだ。
「王太子殿下の乳母どのを誘拐するなら、今日この日を選ぶ必要性は全くない。引退した今では一般人として暮らしてるんだから、いつでもどこでも誘拐できるんだからな。でも、最初からコーメを誘拐しようとしたなら、離宮から出た今日はチャンスだっただろう」
イディンがこちらを見る。
「最初からコーメ狙いだった……? いや、でもキカゲを解放させるなら、やっぱり王太子殿下にとって価値のある人質でないと意味がない……」
意外とその目は真剣だ。こいつもコーメを心配しているんだろうが……やっぱり気に入らない。
実行犯が、招待客の中にいる可能性は高い。すでに招待客リストの洗い出しは始まっていて、ファシード殿はそちらを担当していた。
自分がそばにいながらコーメを誘拐されたとあって、ものすごい勢いで罵詈雑言を吐きながらも集中しているようだ。あの人なら何かに気づくかもしれない。
顔を上げると、カザムとエンディはずいぶん先を走っていた。彼らは森を出てから、一言も口をきいていない。集中しているのだろう。
オレは手綱を握り直した。
コーメをこれ以上辛い目に遭わせてなるものか。待ってろ、すぐに見つけ出してやる!
ラグレイの街は人通りが多く、オレたちはアンピィを降りて手綱を引いて進んだ。
犯人が狩猟の会の招待客に紛れていたなら、十中八九、貴族だ。高級住宅街の方へ回る。
招待客リストは持って来ているが、この街には貴族が多い。無闇に探しまわっているうちに犯人に感づかれたら、コーメが危ない。絞り込む方法はないものか。
「くそっ……コーメが術を使えることを、犯人に知られたのは痛いな」
オレは唇をかんだ。
犯人は、オレがコーメから離れた隙にコーメに声をかけて誘拐したが、最初はおそらくオレを探しに行かせて森の中で誘拐しようとしたのだろう。
しかし会話の中でたまたま、コーメが星心術を使えることを知ってしまった。彼女はおそらく今ごろ、術を使えないように腕を拘束されているだろう。術を使ってくれれば、オレなら居場所を追うことができるのだが。
「二手に分かれるか?」
エンディがぼそっとつぶやいた。
「二手に分かれて、どうする? もうそっちに隠し事がないと言い切れるのか」
カザムが声を低める。エンディが冷たい視線を返した。
そう、イディンとエンディは王太子殿下の命令で犯人を追っているのだ。こちらと利害が一致しない場合、コーメにとって不利なことが起こる可能性も……。
いや、待てよ。
顔を上げると、イディンと目が合った。
こいつ、同じことを考えたな?
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