王妃様は逃亡中 後日談・番外編

遊森謡子

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3 もつれた恋の行方

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「メイラー! 久しぶりね」
 シーゼ王妃は、俺を見てパッと顔をほころばせた。思わず見とれそうになりながらも、俺は片膝をついて礼を取る。
「ようこそ、『エングルの聖樹』へ」
「立って立って、膝に来るでしょ。……何だかずいぶん賑やかになったのね、このあたり」
 王妃はぐるりとあたりを見回した。艶やかな黒髪がさらりと揺れる。

 国境の街エングルから少し離れた丘の上、二年前に王妃が植樹した聖樹の若木が植えられた場所は、観光地として発展を遂げていた。
 街からはレンガ敷きの街道が伸び、聖樹を見学に来た人のための休憩所や食事処、小さな礼拝堂、公園まで作られている。
 隣国ダーナディルスに一番近い若木とあって、この場所は警備的にも重要な地点となっている。ハーヴェステスの王城へとつながる並木の、どの若木も重要なことには変わりないのだが、やはりダーナと交信が直接つながっているという事実が人気を集めるのか注目度が高いのだ。
 そして俺は、若木の警備責任者の職に就いていた。

「シーゼ様は、もうお身体はよろしいのですか?」
「うん、もうすっかり平気! 子どもたちも元気だよ」
 俺と王妃は言葉をかわしながら、水晶の囲いに守られた『エングルの聖樹』に近づいた。
「双子を産む時って痛さも二倍かと思ってビビったけど、そうでもなかったわ。案ずるより産むがやすしってこのことね。まあ、他の点で色々と大変だったけどさ」
 王妃はあけっぴろげに言って笑った。外出用の紺のドレスをまとった王妃の動きは軽く、俺は安心する。半年前に双子の王女をお産みになった王妃にとって、今回の聖樹視察はそれ以来初めての遠出なのだ。
 俺やアユル、グレッド殿と旅をしていたころは、様々な不安が王妃を取り巻いていた。しかし今、幸せな日々が王妃を内側から輝かせているのか、王妃はますますお美しくなっている。

 俺が王妃を輝かせているのだったら……と思わずにはいられないが、フェザリオン陛下を敬愛しているのもまた俺の正直な気持ちで、お二人が結ばれたからこその輝きなのか、とも思う。複雑なところだ。

 黄昏の女神シャンピの時間が始まる頃に視察が終わり、王妃一行はエングルの街に移動した。一行は、今日は領主の館にお泊まりになる。
 普段エングルの街にいる俺も、共にエングルに戻る。ダーナとの文書のやりとりもあるので、この街の警備隊詰め所で仕事をしていることが多い。
 そしてエングルと言えば――小姓喫茶『ひたむき』である。

「ここでのシーゼ様の警護は、メイラーさんの仕事じゃないんでしょ? でも来たんだ?」
 テーブルにカップを置きながら言うのは、アユルだ。
 俺はちらりと彼を見上げる。
「それを言うなら、これもアユルの仕事じゃないだろう? 何でやってるんだ?」
 へへ、と笑うアユルは、小姓の制服こそ着ていないものの“家令”のようなスーツに黒のエプロン姿だ。
「だって、僕はシーゼ様に同行してハーヴ王城からここまで来たわけで。そうしたら『ひたむき』に寄らないわけにはいかないし、寄ったら手伝わないわけにはいかないでしょう?」
 隣国ダーナディルスの魔法庁で働いているアユルは、ハーヴェステスの魔法庁にも仕事で定期的に訪れる。今回はその仕事を終えて、シーゼ様と一緒にエングルまで来たらしい。
 十九歳になるアユルは、青みがかった長い白髪を三つ編みにして、肩から前に垂らしている。相変わらず美しい顔をしているので、今も客席からちらちらと視線が飛んでくるが、ずいぶん背も伸びて女性に間違われることはなくなった。
「メイラーさんはどうなんです? シーゼ様と一緒にいたくて店に来ちゃったんでしょう?」
「別に、そういうわけじゃない。“家令”どのともたまには話したいし、食事がまだだったからついでに……」
 言いながら、ちらりと奥の個室の扉に目をやる。アユルは噴き出した。
「見つめる視線からしてもう、正直だなぁ。相変わらず、シーゼ様のこと大好きなんですね」

 そして彼は急に、真面目な顔になって俺を見つめた。
「メイラーさん、もう三年越しですよね……このままでいいんですか?」
 アユルのような怜悧な顔で見つめられると、ついひるんでしまう。
「な、何だ急に」
「特定の恋人もいない、もちろん結婚もしないまま、ずっとシーゼ様を想い続けていくのかなって……。いえ、はたから見てるぶんには面白いんですけど」
 最後の一言が余計だ。
「何を言ってる。シーゼ様は陛下と幸せにおなりで、俺はそんなお二人を見ていると嬉しい。俺は俺で、独身が気楽。それだけの話だ」
 ぐっ、と茶のカップを傾ける。
「そうかなー。でも、メイラーさんがそれだけ熱い視線を向けてるんだから、シーゼ様の方はメイラーさんの気持ちに薄々気づいてるんじゃないですか?」
「! だ、だから何だ。それこそ愛する夫のあるシーゼ様には関係のない話だろう」
 そして俺は、すかさず反撃に転じた。
「お前こそどうなんだ」

「え!? 僕が何か!?」
 矛先を向けられて、目を見開いたアユルが少し身体を引いた。
 俺だってそれなりに、うわさ話も聞き及んでいるんだぞ。
「ダーナのセルリア王女だ。もう二十二歳なのに結婚しないのは、お前がそばにいるからだってうわさになってるぞ、こっちじゃ」
「何ですかそれ」
 アユルの視線が一瞬泳ぐ。
「そんなうわさ、王女にはご迷惑ですよ。女王になろうと頑張ってらっしゃる時に、色恋なんか後回しに決まってるじゃないですか」
「そうか。後回しにされてるのか。辛いなアユル……」
「ちょっとメイラーさん」
 俺とアユルは、口元に笑みを浮かべたまま睨み合った。
「……素面でする話じゃないですね」
「そうだな。河岸を変えるか」

 俺たちは立ち上がると、申し合わせたように二人揃って奥の部屋へ。個室の扉をノックする。
「シーゼ様、俺はそろそろ失礼します」
「僕もちょっと出てきます。ごゆっくりどうぞ」
“家令”と話していたシーゼ様は、こちらを見て軽く目を見張り、微笑んだ。
「あれ、二人で飲みにでも行くの?」
「そんなところです」
「男同士の友情ね、いいなぁ。行ってらっしゃい」
 ひらひらと手を振るシーゼ様に見送られ、俺たちは扉を閉めた。アユルがちらりと挑発的な視線を投げてくるのを、鼻で笑ってかわす。

 ――アユルにはいつもからかわれているが、今日こそ逆に色々と聞きだしてやるぞ。

 と、二人でごく普通に店を出た、それだけだったのに。

 翌日。
 朝、警備隊の詰め所に出勤すると、事務の女の子が尋ねてきた。
「あっメイラーさん! 王妃様に横恋慕した挙句に振られて、ヤケになって小姓喫茶の小姓をお持ち帰りしたって本当ですか?」

 何でそうなる!


【もつれた恋のゆくえ 完】
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