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第五章 前編
68話 賑やかな町
あたりが騒がしい。何かあったのか。
気にもしていなかったが、先刻よりも明らかに民の様子が可笑しい。皆うっとりした様子で和気藹々と普段喋らぬような偶然通り掛かった相手と言葉をかわしあっているのだ。
「随分と賑やかですが、何かあったのですか」
「え、あ、あ! フォング様、その、特に何かあったと言う訳ではないのですが」
話し掛けたご婦人は顔を真っ赤にして言った。俺の隣にいた男も便乗して問い掛ける。彼女の手を取り、口元へ寄せて。
「教えてくれない? 綺麗なご婦人」
……この野郎。いつか牢へぶち込んでやる。こいつの所為でご婦人ももうこいつの虜に……ん?
この男に口説かれた女性はいつもならここでへなへなと座り込み立てなくなるものだが。彼女は恥ずかしそうにするだけで座り込む気配はない。
此れには奴も驚いた様子だが、問い掛ける暇もなく婦人が答えた。
「——少し前、とても美しい貴族の方がこの道を通って行きまして。皆その話で持ちきりなんです。素晴らしい佇まいでした……。まるでそう、王子様のような。い、いえ、王族の方の姿は勿論見た事はないのですけれど。所作一つ一つに気品が溢れていらっしゃって。私達は貴族の方を見る機会がないもので。つい見とれてしまって」
貴族だと?
貴族がこの街に何の用だ。特に取り柄もないこの42層に。俺が考え込んでいると、隣の男が俺の肩に腕を回して婦人に尋ねた。
「どんな方なんです?」
「燃えるような真っ赤な髪で……赤い瞳の。とても美しい方でした」
俺達は二人して驚きを隠せない表情をしていたことだろう。
——一体、どう言うことだ。
この世界にそんな姿をした者は——噂でしか聞いたことがないが——彼の人しかいない。
元王族の、俺達の捜索対象である、ヴァントリア・オルテイル様の。
「ご婦人、話を聞かせてくれてありがとう」
彼女の傍を離れてからも町はいつも以上に賑やかだ。会話に耳を傾ければやはりその話題で持ちきりらしい。
「美しい方だったわ。あんな人がこの世に存在するなんて思わなかった」
「俺も見たよ、かっこよかったなぁ。こう、佇まいが上品だった」
「俺の隣を横切っていったんだけどさ、何かいい匂いがしたんだよな」
「貴族だから香水でも付けてるのかも。衣装も細かい装飾で綺麗だったしな」
「あのお兄ちゃんとっても綺麗な髪だったのー!」
「儂もまさかこの人生で貴族様の姿を見ることになるなんて思わなかったのぅ」
「いいなぁ。ああ、どうして俺店開けちゃってたんだろう」
「サボってたくせに何を言ってんだか。ほらね、普段から働き者には幸福が訪れるもんさ」
——凄い人気じゃないか。いつまでこの話題が続くのかも問題だな。42層と最下層の町だ。貴族の耳には万が一にも届かないだろうが、もし彼らの耳に入れば、彼らのプライドに傷が付く話だろう。
しかし、一瞬にして民の心を手に入れた男か……。シスト様が彼を捕らえることに執心する意味も分かった気がする。放っておいたら、何処かで問題を起こした時大変なことになる。貴族の不始末ならいいが、彼が王族だと知られた時はオルテイル一族の信頼は崩壊し、支配体制が崩れる。
そうなるとウロボス一族の権力が増す。シスト様のような方がしくじるなんて事はないと思うが、もしも足元を掬われれば一転。
この国はウロボスの支配下になってしまう。ウロボス一族の支配体制になれば、オルテイル一族は邪険にされ、全員打ち首と言う可能性が一番高いだろう。彼等は慈悲がなく残虐だ。
オルテイル一族もウロボス一族よりは非道ではない筈だ。だからこそウロボスの層にも手出しはしていない。
……いや、手出しが出来ないのか。ウロボス帝だけじゃない、彼処には未知の力を持った者が複数いると聞く。
何方にせよ、ヴァントリア様は早急に捕らえなければならない。
「ねえエルデちゃん。43層で待ち伏せしない?」
「何?」
「番人様から何処かの43層行きのエレベーターが使用されたって連絡が入ったんだ。多分彼等の行き先は44層かな。ハイブリッドを連れてるなら、彼等をコントロールする為に薬品を拝借する必要があるんじゃないかなぁ」
「何もしないよりかはマシだな。兵士を半分残す。俺が行こう。お前はここでの指揮を任せた」
「りょうかぁい。任せてよエルデちゃん」
ひらひらと手を振り去っていく奴を横目に、近くの兵士に声を掛け、他の兵士への伝達を指示する。多くの兵士を連れていくには本軸のエレベーターで43層へ移動する他ない。皆には本軸のエレベーターの前へ招集を掛けた。
「もう一度お見かけしたら声を掛けようと思うのよ」
「良いわね、私も毎日お菓子を焼いてしまおうかしら」
……もし貴族なら、怒り狂うところだな。
ヴァントリア様が相手なら尚更。シスト様が頭を抱える程の問題児で、王族であるにも拘らず、そこ等の貴族より質が悪いからだ。所作は美しくとも、振る舞いは地に落ちている。
だが彼はもう王族じゃない。ただの脱走した囚人だ。
姿を見たことはないが、赤い髪に赤い瞳等、目立つ容姿をしているのなら、簡単に見つけ出せると言うものだ。何の層に逃げようとも、捕まえてみせる。
ヴァントリア様……いや、ヴァントリア・オルテイル……この俺が、必ず貴様を。
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