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第六章
153話 会いたがっていたのは
しおりを挟む「テ、テイガイア」
白いタキシードを身に付けた上品な男性。整えられた黒髪は普段とは別格だ。仮面の下が美しいと誰にでも理解出来るだろう。
ほうっと息をつく声が響いた。
次に、なんて美しいんだと言う賞賛の声が口々に上げられる。
顔出しちゃまずいだろっと、思ったが、エルデもシストも気が付いていない様子だ。
そうか、仮面を付けていることもあるが、何よりあのもっさり頭のテイガイアしか知らないんだ!
「どうか手をお取りください」
「う、うん」
懇願されるような態度にほだされて手を取ると、ぐいっと引き寄せられて、腰を抱かれる。相手の呼吸が聞こえる程に近い。
テイガイアと踊るのは、密着してゆったりと踊る大人のダンスって感じだった。
な、なんか恥ずかしい。
踊ってない人達も見てないで踊ってくれないかな、舞踏会なんだし。
周囲の視線とテイガイアの視線から逃れようと面を伏せる。すると、テイガイアはそっと耳に唇を近付けた。
「貴方と踊れるなんて夢みたいだ。まさかこんな日がくるとは……バン様。幻ではないですよね」
「え、あ、うん。幻なんかじゃないよ」
くすぐったくてすぐに顔を上げたが、今度は上げたが故にどんどん近付いてくる顔から再び逃れる。そんなことを繰り返して。
「愛しています」「このまま時が止まれば」「細い腰だ」「綺麗ですバン様」「貴方は美しい」「ここで式をあげませんか?」「今上げましょう。私の伴侶になってください」
――……その度に求愛の言葉を吐くテイガイアに嫌気がさす。やめてくれ。恥ずかしさで死んでしまいそうだ。
ああもうっと、思い切って顔を横に背けて、相手から顔を逸らせば、テイガイアはちょっと不機嫌になったようで。耳に齧り付いてきた。
「い、痛いって」
小声で反論するが、ぬるりと耳の中に濡れた感触が入り込んできて、「うぎゃあっ!?」と胸を突き放した。
王族相手に何をしてるんだお前は!
「例え誰と主従契約を交わそうと、貴方は私のモノです」
「そ、そうなのか」
――生返事してしまったけど、お前のモノになったつもりは断じてない。
流石に辺りがざわついて来ていたので、手を取りお辞儀をしてダンスを終わらせるテイガイア。
シストが立ち上がろうとしたのが見えたが、次はイルエラがやって来たのでみんなそちらに気を取られる。無言で跪き手を差し出す姿に、思わず手を取った。
……目立つ髪か、自分でもよく言ったものだ。
直ぐに見つけてくれるらしい。まあ、舞台の上で注目を浴びていた時点で俺だと気付いているだろうけど。
立ち上がるイルエラに、「踊れるのか?」と聞いてみる。
相手は実験体で、ずっと檻の中に閉じ込められていたイルエラだ。ダンスの仕方が分かるとは思えない。
しかし予想とは裏腹にさらりとイルエラが答えた。
「他の奴らの踊りを見ていたからな」
――流石ハイブリッド。踊りを覚えるのもちょちょいのちょいか。
ダンスの最中、イルエラに抱き上げられて、「おわっ」と奇声を上げてしまった。
こ、これは何だ?
こんなダンス誰がどこでしてた?
――ああ、そう言えばあの茶髪の人にされたっけ。踊っていたら突然抱き上げられたんだもんな、これもダンスと思ってしまったんだろう、無理もない。
そう言えばあの茶髪の人はどこへ消えたんだろう。外へ出されてしまったんだろうか。
王族に対して何と無礼な、と言う暴言が聞こえてくる。イルエラのダンスは少々手荒い、ダンスと呼んでいいのかも考えてしまうくらいには。
ヒヤヒヤしている様子だった貴族達だったが、的外れのことをするイルエラに俺が思わず笑ってしまえば、周りの空気も穏やかになっていった。
クスクスと抑えるように笑っていると、イルエラが「何だ」と訝しげに眉間に皺を寄せて顔を覗いてくる。
「何でもない」
ダンスを止めたイルエラの髪を撫でる。と言っても、帽子か邪魔するので耳周りの髪だ。
何を思ったのか、貴族達はいつの間にか口を閉ざしている。
イルエラが去れば、ジノがやってきて。
俺より背が小さいし、やっと男役ができると、「ジノが女役?」と聞くと、睨まれたので差し出された手を無言で取った。
ジノもハチャメチャだがイルエラ程ではない。しかし相手がジノだからか、足を踏んだら殺されそうで怖い。
なんとか試練を切り抜ければ、ジノは俺の手を自らの唇に引き寄せる。
手の甲にすると思われたが、掌にキスをされて呆気に取られた。忠誠は誓いたくないと言いたいのかな。
周囲と一緒に観賞していたウォルズが「クソガキ」と呟いた。もちろんジノには聞こえていて、ギロッと睨み付けていた。
ジノが去り、やっと終わった、と思ったが、王族と踊れるとみんながみんな、わっと踊りに誘ってくる。
「ヴァントリア様、私と踊っていただけませんか?」
「いいえ私と!」
「いえ僕と!」
「ええい、離れぬか! ヴァントリア様、是非私と!」
え、えっ!?
慌てふためいて居たら、幾らヴァントリアとは言え礼儀作法がなってないと怒ったのか、シストが舞台を降りてくる。
――しかしその時、ざわっと――シストとは反対側の――奥の方からどよめきが起こる。
発生源から波のようにどよめきが広まり、シストも足を止めて警戒した。
ゆっくりと、人が割れるように、どよめきを向けられた対象の通る道が開かれていく。
――何だ?
大勢の白い衣装の奥から、真っ黒の衣装を身に纏う男が、こちらへやってくる様子が窺える。
周囲とは違うそのオーラにみんな思わず怯んでいるようだ。俺も思わず後ずさる。
まるで見本のような見事な美しい動きで俺の前に跪き、手を差し出してきた。その手には黒い手袋が着用されている。――これって。
「ヴァントリア様、踊っていただけますか?」
「その、声……ヒオゥネ?」
「声で分かってくださるとは、予想外です。困りました」
ど、どうしてヒオゥネがここに……!
カアアッと頬に熱が集中して知らず知らずのうちに相手から視線を外していた。
す、と手を伸ばされる。見事な動きに、見惚れていたら、ちょん、と自分の指先が何かに触れて、無意識に相手の手を取ってしまったことに気が付く。
「……………………ん……?」
――な、何してるんだ俺はッ!?
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