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第六章
152話 この日をずっと願ってきた
テーブルマナーなんか、引きこもりの前世では教わってない上、ヴァントリアの記憶も曖昧だ。ヴァントリアがパーティに参加できていたのかも不明だ。
お兄様達にも貴族にも嫌われていたみたいだし、それに14歳のヴァントリアは、王宮は貴族の目があるからと、奴隷と娼婦の相手をしていたと言っていた。
パーティに参加していたとは思えない。もしかしてそう言ったイベントに参加する貴族や王族の目を盗んで、それぞれの層へ出向いていたとか? やっぱりもっと詳しく聞いていれば良かったかな。きっと俺にも話していないことがあったんだろうし。
それはともかく、王族なんだから例えパーティでなくともテーブルマナーは必要か。
思い出そうとしてみれば、幼い頃は確かに学んでいた気がするし。
そう言えば、ゲームではヴァントリアって品もあったし、だからと言って態々目立とうとするようなキャラではなかったかも。
ああ、こんなことになるなら14歳の自分に聞いておけば良かった。
……流石にテーブルマナーくらいは分かってるよな。あの感じじゃ。前世の俺の記憶って……。
食器の扱いを気にして手が進まなくなっていると、隣からクスクスと笑い声が聞こえてきた。嘲笑だな、知ってるんだからな。ムッとして相手を睨み付ける。
「お手本を見せてくださいお兄様」
「…………食わせろ」
え。
シストは顔を近づけてきて目を瞑り口を開ける。
お行儀悪いな。
開けられた口に1口分のスイーツをそっと入れる。もぐもぐして離れた。イルエラみたいだ。
ぎょえええええと再び死にかけの鳥みたいな雄叫びが聞こえて思わず吹き出す。
――やめてくれウォルズ。シストの前なんだ。
笑いを堪えていると、やはりシストはじっと見つめてくる。何を見てるんだ、お行儀の悪さはお前の方が逸品だろう。
見られると緊張して、お菓子を食べる手を早くする。パクパク食べ進めていると、向こうから声が聞こえなくなって命尽きたことを悟った。
隣からビシビシ視線を感じてシストを見ればやはりこちらを見ている。もしかしてまだ食べたいのか?
一口分、シストの口の前に差し出すと、シストは目を見開く。
まあ、あげたくないけど、そんなに欲しいなら。そうだよな、王様だもんな。プライドがあるんだよな。弟に要求されないと自ら食べるなんてできないよな。
いっこうに口を開けないシストに、「ほら、あーん」と言うと、シストは固まったまま動かなくなる。
「シスト?」
首を傾げれば、相手がビクつく。ぐっと唇を噛んでゴクリと喉が嚥下するのが分かった。やっぱり食べたかったんだな。
口元に差し出された一口分をパクリと食べた後、ずっと口を離さないシストに再び首を傾げれば、ゆっくりとシストは口を離した。
もぐもぐするシストを見つめていると、そっぽを向かれる。
…………よく考えたらいくら食いたいとは言え弟にあーんされる王様なんてダサいな。どんな。羞恥プレイだ。
まさか怒らせた……?
――そう思った時だ、近くの人混みの中からポロリと軽やかな声が聞こえてくる。
「まあ、同じ食器をお使いになるだなんて、仲がよろしいのね」
そんな声が聞こえてかあっと羞恥で顔が熱くなる。
ウォルズが命をとした理由はそれかああああ――! もう首にキスされたんだからそんなんで萌えるなよ!
それになんか改めて言われると恥ずかしい! 俺はこんな大勢の前で何をしてるんだ! 王族としてどうなんだ、なんでシストは自ら食わせろなんて言ったんだ! 食わせようとしても怒らないし! 意味わかんない!
「あ、あの、すみません」
兵士を呼んで、「食器変えてくんない?」と頼むと、背筋がゾクッとする。振り返ってはいけない気がする。振り返ったら終わりな気がする。
仕方なしにシストと共有した食器を使って食べていると。
「ヴァントリア様。私と踊ってください」
そんな声が聞こえて、ざわっと、会場中で驚く声が上がる。
自分と舞台の階段を挟んだ先に、膝を付いて頭を下げる姿があった。
黄金の会場よりも美しく輝く金髪。ポケットには白い薔薇が見える。
――降り注ぐ光と、白い衣装の人々が溢れる会場に、たった一人だけ、海のように青いタキシードで現れる。
その姿を見て、胸の躍動が頂点に達した。
この姿は……!
ウォルズ、凄い……! 本物だ!!
――いや……いつも本物だけど。
ウィッグを外した訳は分からないし、白のタキシードをどうやって青いタキシードにしたのか分からないけど、まさかゲームでの姿が見られるなんて、と興奮する。
エルデでない方のシストの付き人が「身をわきまえろ」——と言ってウォルズに近付こうとしたが、そんなこと露知らず。
「ウォルズ……!」
相手の名前を呼べば、彼は立ち上がって両腕を広げた。舞台から飛んで、ウォルズの胸に飛び込む。
腰を抱かれ、飛びついた余韻で二人の身体が回転する。くっ付いていたら、ウォルズの日だまりのような香りが鼻いっぱい広がって、何だか急に恥ずかしくなって少し離れる。すると、それを見て、相手はやわらかく微笑んだ。
ざわめく会場なんかには目もくれず、目の前でキラキラと輝いて見える相手に目を奪われる。
相手はもう一度膝を付いて言った。
「私と踊ってください、ヴァントリア様」
「是非!」
差し出された手を取れば歓声が湧いた。そっと握り返してくる手の感触にちょっとだけドキリとした。
ウォルズに手を引かれることはあっても、こちらから手を繋ぐなんて滅多になかったからな。
人肌を感じてドキドキしていたら、ウォルズが立ち上がった。
本当にゲームの中のウォルズだ……! と、目をキラキラさせて子供のように喜ぶ自分の姿が異常だったのか、シストの目が大きく見開かれているのが視界の端に見えた。
でも今はそんなのどうだっていい!
くるくる回ってキャッキャしていると、とたん、ウォルズがカツッと足を揃えて、もう一度跪き、手の甲にキスをする。少しも不快じゃない!
「この日をずっと願ってきました」
「俺もだよ」
立ち上がったウォルズに微笑むと、ウォルズも微笑み返してくる。
前世の記憶の中で一番幸せだと感じた瞬間だった。
それに比べて、シストは前座だな前座。これがメインイベントって奴か。――多分違う。
「素敵な殿方ね」
「仮面の下が気になりますわ」
「どこの貴族の方かしら」
「美しい色のタキシードですわ」
ご令嬢達の視線がウォルズに釘付けだ。……今のウォルズは俺のウォルズだから、見るだけだからな。
「ハァハァ、ヴァントリア可愛い。睨んじゃって、嫉妬? 嫉妬してるの? ウォルズは俺のモノだって言いたいの?」
「あ、やっぱ返品します」
「ん? 何の話?」
演奏者も指揮者も、シストの怖い顔で曲を奏でられずにいる。
ウォルズが安心させるように笑めば、指揮者は安心したように指揮棒を振る。美しい曲が演奏され、二人で踊る。そうすれば周囲の人達も、徐々に踊り出した。
シストとは違い、リラックスして踊れている。失敗してもウォルズが笑ってくれるからこちらも笑ってしまう。
王族に戻ったばかりとはいえ、俺にダンスを申し込んだウォルズを批判していた貴族達も今は黙って鑑賞している。どこか羨ましそうだ。ウォルズは瞬く間に人気者になれるんだな。
ウォルズの真っ直ぐな瞳や、自由な姿はこの世界の人々を魅了する。ゲームの世界でも、勇者の姿は正しく希望の光と同じだった。ただ、ヴァントリアにはそうではなかったみたいだけど。
ヴァントリアの光はシストだもんな。あれのどこがいいんだか。綺麗なのは見た目だけじゃないか、意地悪ばっかりしてくるし。
「ヴァントリア……」
「ん?」
考え事をしていたからか、ウォルズが呼び掛けてくる。
「足めっちゃ痛い」
また何度か踏んでいたらしい。現在もしかり。
「うぎゃああっごめん!」
踊らずに俺達を眺めていた周囲の人々からどっと笑い声が起こるが、次々と、あ、しまった、と言う顔をする。
そんなの気にも止めないで、ウォルズに「ごめん」と謝ると、ウォルズは「もっと踏んでくれていいよ」なんで爽やかな笑顔で言い出すものだから思わず手を離しかけた。
すると、「冗談だよ……いや本気じゃなくもないけど」と、手は離されたが腰を抱かれ、引き寄せられる。
言動は気になるが、黄金の会場であのウォルズと踊れているなんて。――と、もう一度感嘆する。
そうしてから、相手に気になっていたことを聞いてみる。
「服どうしたの?」
「この世界の新しいファッション仕様だ」
「ん?」
そんなのあったか?、と首を傾げると。目の前の顔は悪戯っ子みたいに白い歯を見せて笑った。
「リバーシブルだよ」
そう言ったウォルズのタキシードの内側は、確かに白い。
「あはは。確かにこの世界にはなさそうだ」
曲が終わり、踊りを終えれば、抱き寄せられて頬に口付けされる。
「な、何す――ッ」
叫ぶ前に雅な礼を見せて下がるものだから、文句も言えなくなる。
まだ興奮しているのか、変にドキドキしてウォルズの姿から目が離せない。頬も手も熱い。変なの。
そうしていたらウォルズが振り返って、熱烈な投げキッスをした。うん、舞台に戻ろう。
席へ戻ろうとすると、シストがめちゃめちゃ睨んでいた。
そ、そうでした、王族なんでした。あんなに足踏んだり叫んだりしてたらオルテイル一族の評判を落としかねない、怒るに決まってる。
「私とも是非踊っていただきたい」
怖くて座れないでいると、後ろから声を掛けられた。聞き覚えのある声だ。
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