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第六章

161話 俺の方を見て

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 シストの側近がシストを横抱きにしてヴァントリアから離れ、エルデに言う。

「撤退させろッ!! 撤退だッ!!」
「し、しかし——エゾファイア様ッ!!」
「君にも無理だ、シスト様でも——とにかく今は撤退しろッ!!」

 シスト様でも勝てなかった、そんなセリフを兵士の前で言うわけにはいかず、側近——エゾファイアはシストを抱えたまま兵士達に撤退するように呼びかける。

 エゾファイアは、騎士団ビレスト、トイタナ、ルフスの三騎士団を統括する一人だ。

 本来シストの傍にいるのはオリオスと言う、三騎士団を統括する指揮官だ。彼はシストの秘書的な役割も行なっている。

 おそらく今回は、オリオスのパートナーである軍師のエゾファイアが、オリオスの代わりに同行していたのだろう。

 エゾファイアも相当な実力者なのでシストの護衛を任されてもおかしくはない。
 でもゲームのエゾファイアは秘書的なことをしそうなキャラではない。たぶん、いやいや付いてきたに違いない。

 そんなエゾファイアからの命令には逆らえず、エルデもエゾファイアと同じように撤退命令を下す。

 ヴァントリアがシストを追いかけようとするので、俺はレクサリオンの柄をもう一度握り直して、ヴァントリアに向かっていく。

「万、ヴァントリア、正気に戻ってくれッ!!」

 ヴァントリアは足を止めて、俺の姿を瞳に映す。
 彼の腕から飛び出してきた触手が威嚇するように地面へ叩き付けられ、近付くのを邪魔されてしまう。

「……僕も協力します」
「ヒ、ヒオゥネ」

 いつの間に傍まで来ていたのか、ヒオゥネが俺の隣に立つ。

「はあ、せっかく色々と準備して来ていたのに。ヴァントリア様には困ったものです」
「……驚かないのか?」
「驚きましたよ。でも、ある程度の話は未来の僕に聞いてましたので」
「え、未来……?」
「おっと」

 ヒオゥネに向かって赤い触手が伸びて来て、彼はそれを、いとも簡単にパシッと片手で受け止めてしまう。

「バカッ、呪いを直接掴むなんて——」
「あ。ゼクシィル様に貰った手袋溶けちゃいました。怒られますかね?」

 のん気か! ゲームでも不思議キャラだったけど、現実世界でも不思議ちゃんかよ。

「確か反呪いの手袋だったか?」

 尋ねれば、ヒオゥネはこちらに顔を向けてくる。

 ヴァントリアの触手を見ずに相手して、しれっと自分と会話をし始めるモノだから、こいつは化け物だ、と思うしかなかった。

「はい。しかし反呪いって、意味が逆なんですよね」
「はあ?」

 ヒオゥネは相変わらず手袋でヴァントリアの触手を、ハエでも相手するかのように払っている。

「ゼクシィル様の呪いを吸収する力で、周囲の呪いはこの手袋に吸収されます。周囲の呪いがなくなるのだから、僕の身体には影響がありません。仮に僕の身体に入ろうと、手袋が吸い出してくれます。
 あなたがヴァントリア様にあげたホウククォーツや、博士の薬の材料として使われたイグソモルタイトも同じ仕組みです。
 イグソモルタイトが体内に入り、呪いを吸収してから排出されるので、呪いを抑えられるんです。
 つまり、吸収力の強いモノを、身につけるか、体内に取り込むことで、身体から呪いを抜き、周囲の呪いを吸収させて、自分の身体には呪いの影響を受けさせない。以上が、我々が反呪いと呼んでいる物の仕組みです。呪いを跳ね返すのではなく、吸収している物ですから、反呪いと呼ぶのもおかしい話なんですよ」
「——それも未来のヒオゥネから聞いたの?」
「さあ。どうでしょう」

 手袋は溶けきって、ヒオゥネの白い手があらわになっている。正確には〝溶ける〟ではなく、呪いそのものであるゼクシィルの手袋が、ヴァントリアに吸収されて消えてしまったのだ。

 自分に伸びて来た触手をレクサリオンで切って躱していたが、触手が殴りつけてくる力が強くて、体力の消耗が激しい。

 バランスを崩すと、ヒオゥネに腰を掴まれる。

 うおっ、イケメンっ。こんなことさらっとするなよ。

 ヴァントリアが惚れちゃったらどうしてくれる。許さん、許さんぞ。ヴァントリアはウォルズのものなんだから! でも取り合ってくれたら萌え萌えだなぁ。いいな、本出そうかな。ウォルヴァン前提のヒオヴァン本か。よし次のイベントはいつだ。

「ヴァントリア様を止める方法はご存知ですか?」

 再び俺達に伸ばされた触手を、ヒオゥネは素手で受け止める。

「お、お前、手……!」
「大丈夫ですよ。僕には擬似呪いがありますから」
「擬似呪いって……」

 擬似呪いの仕組みは知らない。ゲームでも擬似呪いについての説明が出てこないからだ。俺が前世で亡くなった時にも、まだA and Zの攻略本は出てなかったし。何より。ヴァントリアには黙っていたけれど。


 ——…………俺は、A and Zを


 期待して目をキラキラさせたり、教えて欲しそうに上目遣いしてきたり、頼りにしてるって可愛い顔してくる万には言えない!!

 かわいい……ヴァントリアも万もかわいい……食べちゃいたい。

「支えるのやめますよ」
「ごめんって。エスパーかよ」
「あれだけニヤニヤしていれば誰だってわかります」
「んふふふ、羨しかろう」
「そうですね。羨ましいです」
「え?」

 剣を止めてヒオゥネの顔を見れば、相手もこちらを見た。

「随分信頼されているみたいでしたので。……好かれているようですし。僕は大嫌いだと言われましたから」
「……好かれてる、か。本当のヴァントリアの気持ちじゃないと思う」
「はい?」

 いつまでもこうしている訳にもいかず、ヒオゥネの手から逃れて前進していく。

 ジノもイルエラも、博士もウロボスの兵士達もみんな会場の端っこに避難していた。

 ジノはイルエラに抱えられて、ヴァンを助けるんだっ、なんて暴れているが。


「俺もそうだ。この気持ちはヴァントリアに向けられているものじゃない」



 この世界に来てからも、生きる意味なんて持てなかった。

 この世界に来て、俺はもう一度、自分で自分を捨てようと思ったんだ。

 でも、捨てられなかった。


 ゲームの攻略はできていなくても、ゲームの結末を知っていたから。


 もう一人の君がどうなるのか、知ってしまっていたから。



 万。

 俺は君を助ける、君を守ると言う目標を立てて、ここまで生きて来たんだ。


 本当は、万のいない世界に居続ける意味なんてなかった。でもヴァントリアは君の記憶を思い出してくれたし。

 俺は君を守らなくちゃならない。




 だって君は、ヴァントリアだけど、俺にとって君は、禿万鳴貴なんだ。


 好きなんだ。
 
 会ったのは、たった一度きりなのに。

 君のことが忘れられないんだ。

 好きなんだ。




 万のことが好きなんだ。



 鋭い攻撃を放ってくる触手を高速で薙ぎ払っていく。

 ヴァントリアの向こう側で、引っ込んだ筈のシストが会場に現れて、エゾファイアとエルデも後から付いてくる。シストの口が開く。

「ヴァントリア……!!」

 君はその声に反応する。

 嫌だ。

 万はシストの声になんか反応しない。



「万ッ!!」


 俺の方を見て。

 俺を見るんだ万鳴貴。



「君に会うために、君を守るために俺はこの世界に来たんだッ!!」




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