リクゴウシュ

隍沸喰(隍沸かゆ)

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アノン

20

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 シェルビーはベッドの上に座り、よく麗土が顔を出してきた窓を眺める。窓の外は真っ暗で、アメが降り始めていた。

 あの時、俺も一緒に残っていたら、こうはなっていなかったんだろう。
 あの時、向と一緒に排水溝に飛び込んでいたら、こうはならなかったんだろう。
 あの時、水位が上がっていても飛び込んでいたら、きっと逃げられていただろう。
 あの時、アライアと出会わなければ、外へ出る希望なんか得ずに済んだだろう。
 あの時、みんなで死んでいた方が――――……いいや、みんなは逃げられたんだ。だから。
 あの時、向を先に見つけに行っていれば、アライアも一緒に逃げられて。
 あの時、一緒に雲や青い空、木や草、土の匂いを嗅げたんだ。
 一緒にひたすら走って、逃げ切れただろう。
 そしていつか、地上で暮らして、仲間を作って、地下都市を壊して。
 みんなを救えて……。
 ――――……何から救うんだ。みんな幸せそうに暮らしているのに。
 あの時、外に出たいと思わなければ……良かったんだ。

 何週間、何ヶ月経っても、監視係が離れなかった。
 両親は一度も家に帰ってこなかった。
 みんなが焼却炉行きのベルトコンベアで遊んでいたと噂が流れ始めた頃、壺に入った真っ黒な灰を、監視係から渡された。

 アライア。
 アライア。
 どうしてるんだ。
 今、どこで何をしてるんだ。
 俺はどうやって、お前を助けに行けばいい。
 どうやったら、外に出られるんだ。
 お前がいないと、お前がいないと俺は、何も考えられない。
 俺は、記憶力はいいけどバカだから。
 お前がいないと、何もできない。

 アライア。

 一人は、寂しいな。




        ◇◇◇



 10年後。
 地上から多くの研究者達が地下都市へやって来た。
 また、研究者に繰り上げ式となる学院なども設立され、試験を受けて合格した才能ある子ども達は学院へ入学し、物質について学んだり、研究者による実験の講義が開かれたりするようになった。
 地上から学園へ入学しにやって来るほど、このユヤ穴は研究材料が豊富であり、またング・エンタの所有するすべての施設の二番目に技術が進んでいるのだと言う。
 学校は研究者を育てる養成所と言っていい。生徒達は成績順でチームを決められ、決められた実験を行う。好成績を残した生徒はSSチームと言う、研究者達と同じ実験を受けられる特別なチームに入れる。卒業後はSS~Aチームまでが研究者になれ、その他は留年となる。
 公平に研究を行うため、成果の出せなかった研究者は施設の外へ飛ばされる。その代わり、外から来た研究者や、学校を卒業して研究者になった者など、新しい研究者がやってくるシステムとなった。毎年研究者が1年ごとに入れ替わり、10年前の研究者の全員が施設から姿を消していた。
 学生達は魔術実験の一端・バシリ実験を担っていた。
 教室から実習室へ移動し、それぞれが自分の考える実験をしていく。SSチームの一人がシャーレをもう一人に差し出した。
「シェルビー、これをバシリに漬けといてくれ」
「分かったけど。これ何なんだ茶飯さはん
「私の細胞だ。実験体には自分自身しか使いたくなくてな」
 茶飯――皇虹寺おうぐうじ茶飯はシェルビーのチームメイトだった。彼の手首はカットバンがされている、そこから細胞を採取したのだろう。
 シェルビーはと言うと。
 中央施設が開く一般試験に一発合格し、入学時、最も優秀なチームであるSSチームに入れられた。シェルビーも、まさかアライアの実験やあの不思議な女性のいた部屋で見た資料の知識が役に立つとは思わなかった。
「このチームには自分を使って実験している奴しかいないけどな!」
「お前は偶に虫とか動物の死骸で試してるじゃないか、オルトシア」
 オルトシア――セル・オルトシアは成績一位枠の常連だ。シェルビーや茶飯に思いつかないことをさも当然のように実行し、それを成功させてしまう超エリートだ。バシリ実験においてはまだ成功は出ていないが、研究者達にも期待されている。
 Sチームの一人がシェルビーに何も入っていない三角フラスコを持って近づいてくる。
「シェルビー、バシリって今日のどこの保管庫から使うんだっけ」
翡翠ひすい。お前そう言うところあるぞ、自分で覚えろよな~……」
 翡翠――國哦伐くにがうつ翡翠、翡翠の美しい瞳をした美しい青年だ。
「ちょっと翡翠くん。君シェルビーくんに頼りすぎだよ。しっかりしてくれなきゃ困る。今日は保管庫【B】からだ。と言うかバシリは【B】にしかないよ。覚えておきなよ」
「煩いな若葉わかば……私はシェルビーと話したかっただけだよ……」
 うざいと言いたそうな顔で若葉――矢地やじ若葉を見る。若葉もSチームだ。
 SSチームは基本的にテーブルが近いSチームと、偶に成果やアドバイスを聞きに来るAチームと仲が良かった。
 シェルビーは5月生まれで18歳、オルトシアは10月生まれで17歳、茶飯は3月生まれで17歳らしい。つまり茶飯は年下だ。若葉は14歳で、翡翠はなんと12歳と言う若さで、学校内でも最年少の学生だった。
「シェルビー、今日は研究者達と実習だよね。いいな~……」
「お前も早くSSチームに上がって来いよ」
「シェルビーくん、若葉のこと忘れてるな? 若葉だってSSチームを狙っているんだからな」
「悪かったよ若葉。どっちも応援してるから頑張れよ」
「シェルビー、茶飯の実験は後回しでいいぞ。そろそろ行こう」
「そうだなオルトシア」
「おい!? 私をいじめようとするな! シャーレを置いていくな! ――って私も置いていくな!」
この日初めて、好成績を残してきたSSチームだけが研究者達と同じ研究へ参加することになっていた。これから先も実習Ⅱと言う科目に成り、二時間目から四時間目まで参加する形になると言う。
「いったいどんな実験が始まるんだろうな。楽しみだな」
 机を挟んで向こう側にいる茶飯が言う。
「わくわくするなよ茶飯、実験ってことは誰かを実験するかも知れないんだぞ」
 シェルビーのそれを聞いて、隣にいたオルトシアは言った。
「俺もわくわくしているぞシェルビー。魔術は人々が自分自身を守れる方法になるからな」
「そんなことは一言も言ってないんだけど……」
 彼らに一人の研究者が近づいてきて言った。
「こんにちは。君達が今日から実験に参加するSSチームの子達だね。私はこの研究室――【B】チームのリーダーだ。よろしく」
 SSチームはひとりひとり握手をして、自己紹介をする。
「今日は特別な実験なんだ。調整して貰えるよう頼んでいたんだよ」
「特別?」
 シェルビーが聞くと、研究室の前方右側の大きな扉が自動で開かれて行き、その奥から大きな台に乗った椅子へ座った、お尻まである長い髪の人型の実験体が出てきた。
 シェルビーはそれを見て、目を張り出さんばかりに見開く。

「アノンの実験だよ」

「…………っ!!」
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