リクゴウシュ

隍沸喰(隍沸かゆ)

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リョウゲ

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額から噴き出していた玉の汗が頬を伝い、茶王の顎から落ちて畳に染みをつくる。
「……君以外にタフィリィを使っていないのは、金妃こがねひ青王せいおうだけだ。他の者は皆使っていると言っても良い」
「……タフィリィとは何なのですか」
「見たことは?」
銀杏いちょう姉さんが使っていたのを見たことがあります」
 脳裏に影が蘇る。障子の向こうに見た黒い影を。頭痛がしてこめかみを押さえた。
「……銀妃しろがねひが? あの娘にそんな様子は……」
「白馬兄さんも、真黒まぐろも、後、赤鳥姉さんも。暇で暇で、外を眺めていたら、見えたのです。皆が、化け物になっていく様子」
 茶王は瞠目して、こちらに疑惑の目を向ける。
「……止めなかったのか?」
「止めるには力がいる。私に力はありません。改造したけど、それでも勝てないって解りました。私は勝てない。でも強くなりたいなんて思わない。強くなると言うことは、さらに人間をやめることです。だから私は、力なんて要らない」
 取り払われた筈の指が、再び肩へ滅り込んだ。
「あの子等が自滅していくのをただ眺めているだけで良いって言うのか? 皆が化け物になっていくのを、ただ見ているつもりか、黄泉」
「そんなこと一言も言ってない。でも、私は、魔王にはならない。人でいたいのです。私は、人になりたい」
「……人になりたい? 黄泉、君、まさか。弄ったのか?」
 肩を掴む手がガタガタと古い洗濯機みたいに震え出す。
「右腕を切り落としたと言ったな、なら、何故見えた? 望遠鏡も持てぬ手で、他の屋敷は見下ろせる位に遠い、部屋の中なんて尚更だ。森なんか木一本見るのも至難の技だぞ。なのに、何故こんな部屋から。どうやって人が見えるって言うんだ。黄泉、君の目は千里眼か何かか?」
 ごくりと茶王の喉が上下に揺れる。
「目を、弄ったのか?」
 元々瞳は嫌いだったが、人の疑いの目はこれほど怖いのかと茶王の目に教えられる。嫌いなモノに恐怖を与えられたのだ。もう好きになることなんかないだろう。
「何もしていません。ただの術です。ちゃんと普通の、本に載っている奴です。暇だから、外を眺めるのに良いかなって思って適当に覚えた術です」
 茶王はほっと息を吐いて、黄泉が苦しくないようにやんわりと抱き締めた。
「……てき、とうって。私は術を使いこなすのに苦労したのだぞ」
「そちらの話し方の方が安心しますね。私の前で悪ぶらなくてもいいのですよ」
「なら君も私に敬語を使うのはやめてくれないか。家族みたいなものだろう。他人みたいで嫌なのだ」
「……まあ、おじさんがそう言うなら。分かった。でも当主は有り得ない。砂金さきん姉さんか青海おうみ兄さんに頼んで」
「言っただろう黄泉。人間でいたいと思っているのは、もう君しかいないのだ。二人とも人間をやめた後だ」
「化け物になる方法がタフィリィ以外にも、他にも方法があるなら、私なんかに止められる筈がない」
「君なら止められる。君なら出来る筈だ黄泉」
「自分の子は逃がしておいて、私に押し付けるのか」
 茶王の肩がぴくりと震える。
緑王りょくおうは私にとって大事な家族だった。キョウダイの中で一番キョウダイらしかったのはあの子だ。あの子は私の紛れもないキョウダイだった。でも貴方が奪った。私の安寧を」
「黄泉!!」
 バッと黄泉から離れて口を大きく開ける。彼に説き伏せられるより先に口を開く。
「私はこんな場所でも、人間らしい生活を望んでいた。だから人間でありたいと思えるんだ!! でも私は化け物だ。化け物として生まれた、人間になんかなれない。貴方の頼みを聴く義理もない!! あいつ等がどうなろうと知ったことじゃないッ!」
「あの子を逃がしたのは君以外のキョウダイがあの子を苦しめていたからだ……っ!」
「なら貴方こそあいつ等を助けたいなんて思ってない筈だッッ!!」
「よ、黄泉、」
「私は……っ」

「――茶王。会議の時間だ」

「……っ、」
 いつからいたのだろう。
 当主の側近の部下。三人の長の一人である碧王へきおうが襖の向こうから茶王に呼び掛ける。
 ……確か、青海の父親だ。
 本当の名前は茶王と同じで知らない。茶王なら彼の名前を、彼なら茶王の名前を知っているのだろうか。
「私は、面倒なことはしません。茶王」
「黄泉……」
「会議でしょう。早く行って下さい」
 会議の出席に遅れればどんな方法で罰せられるか分からない。
 茶王は何か言いたそうにしていたが、碧王にもう一度呼ばれて、しぶしぶ部屋を出ていった。
「……面倒」
 何も変わらない、昔から同じ、ずっとずっと同じ光景だった。
 何もかも飲み込みそうな勢いで流れる滝を、窓枠に寄りかかって眺める。
 手前の屋敷から黒い影が伸びた気がした。
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