リクゴウシュ

隍沸喰(隍沸かゆ)

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ヴァラヴォルフ

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 朝露が木々の葉を滑り、地面へ触れた途端、弾けて消える。それを眺めていた白い鳥は飛び立ち、1つの小屋の小窓に止まった。
 しかし。
「朝だ! 朝! 朝だ鵺トやと! 早く起きろっ! お母様は出かけて行った今のうちだ!」
 少女は部屋に入ってくるなり、当人がいるベッドの上を土台にし、可愛い小鳥のさえずっている窓を開け放ち、更には寸歩先に飛び立った小鳥を見て「また糞をしにきたのかー!」と拳を突き上げて怒鳴る。
「ティーネ、五月蝿い……」
 鵺トと呼ばれた少年はもぞもぞと布団の中へ潜り込んで彼女から身を隠す。だがすぐに彼女の手が飛んできて、バアッと掛け布団は宙を舞った。
「起きるんだ! 外で遊ぶぞ!」
「外って……まだ日も出てないのに」
「でももう朝だ!」
「……何時?」
「影が出てないから分からないが、でももうすぐ日が昇る! 朝だ!」
「そりゃ君の目には朝のように映るだろうけどさぁ」
 鵺トは枕に顔を押し付ける。
 朝の寒さに身を縮めて一向に起きる気配がない。だがすぐに彼女の手が飛んできて、バアッと鵺トは宙を舞った。
「うわあああああっ!?」
「起きろったら起きろ! 今しかないんだ! 外に出て遊ぶんだ!」
 ティーネは自分より一回り大きい鵺トの身体をいとも簡単に受け止める。
「外に出ちゃダメだって君のお母さんが言ってたじゃないか!」
 赤ん坊のように抱き上げられたまま、言いつけを守ろうとするが為す術もなく鵺トは部屋の外へ連れ出された。
 ティーネが足を止めたのはリビングの暖炉の前。
それは屋根から突き出た煙突へと繋がっている。その先が彼女の焦がれる外であると知って、鵺トは恐る恐るティーネを見上げた。
「んげ、まさかここ上るなんて言わないよね……」
「ここを上らないでどこを上る!」
「どこも上りたくないんだけど」
「いいから行くぞ!」
「さっきの小窓からじゃダメなの……?」
「ダメだ! あそこには罠が仕掛けてあるからな!」
 ふん、と鼻息を吹き堂々と言い放つティーネに鵺トは呆れる。
「わ、罠……って。君達、親子って言葉の意味知ってるの……」
「知っている。親と子だろう」
「……君達のは狩る側と狩られる側だ」
「何を言っているのか分からないが鵺トは面白いな!」
「何で分からないんだよ。もういい。君を懐柔しようとしたのが間違いだった」
 ティーネは大人しくなった鵺トを腕の中から下す。
 自由になった鵺トは安堵を付くと、手早く、傍にあった縄で彼女をぐるぐるに拘束して――――自室へ連れ帰った。
「鵺トおおおおおおおおッ!! 出せっ! ここから出せええええええッ! ほおおおおどおおおけえええええええッ!!!!」
 鵺トは自分と同じ布団の中で叫ぶ彼女にあくびで返し「おやすみ……」と呟いて眠りに落ちた。
首や手に噛み付かれたが布を噛ませて寝た。彼は睡眠を取るためなら喩え相手が凶暴な女の子でも拘束して寝る。
「んんん、んんんんんんん」
 少々五月蠅いノイズが部屋中に響くが大したことは無い。
 芋虫のようにうぞうぞしていても大したことは無い。
「んんんんんんんん……」
 涙目になっていることだろうと分かっていても大したことは無い。
 後は自分が眠っている間に彼女の母親が帰ってきて、彼女の状態で状況を把握し、彼女は狩られる側として本来の役目を果たすのだ。それが恐ろしくて泣いているのだろうけれど、大したことは無い。
「んん、んひぅううう……あぅ、あぅひゃ」
 ティーネはガタガタ震えながら、鵺トの胸にすり寄る。
 鵺トが彼女をベッドに入れるのは相手が大人しく眠りに付くまで見張るためだが、甘えてくる彼女を鼻で笑うのが楽しかったり、この時のティーネが甘えてくるのが可愛いからだったりする。
 ――――それもほんの一瞬だけど。
「んがああああああああッ!! 貴様の思い通りにはいかないぞ鵺トおおおおおッ!!」
 噛まされた布を八重歯で切り裂き、再び耳や首筋に噛み付いてくる猛獣。
「…………ティーネ」
「うぐ……?」
「寝ろ」
 獣も優しく微笑めば大人しくなるものだ。
 彼女は自分が噛んで付けた目の前の傷口を、ぺろぺろと舐めてから口を離した。そうしてこちらの顔を窺ってくる。
「……怒ってるのか?」
「別に」
 彼女から目を離すように天井を見上げると、やはり気にしたようで。もぞもぞうねうねしてから身体をくっ付けてくる。
「……外に出たいだけだ」
「俺だって出たいよ」
「お前はいいじゃないか……。お母様と一緒なら外に出られる。私は自分で出ないと出られない。出られても数分だ。お母様に嗅ぎつけられてすぐに捕まる。外に出たい。あの広い世界が忘れられない」
「…………君を心配してるんだよ。あの人は大切な人を失った。君までいなくなったら、って思ってるんじゃないかな」
 ちらりと視線だけ向けると、彼女の眉間に皺が寄っていた。
 理解出来ないと言いたげな顔だ。
「過去の噺だろう。命あるものは死ぬ運命だ。今更考えたところで何になる」
 鵺トは考えるように思考を巡らせる。
「んー。僕が言えたことじゃないけど。大切な人の死に際って見たことないだろ。それを見たらさ、僕達には屹度耐えられないよ」
「私は鵺トが死んでも、死んだのかって思うだけだ」
 むす、としてティーネは言う。
 しかし彼女の目は嘘をついていない。鵺トは何とも言えない表情になる。ティーネはそれを見て、ぐっと唇を噛んだ。
「何をする気だ」
「確かにここはつまらない。君と居れば賑やかだけど。疲れたよ。あの人は僕や君を守ることに心血を注ぎ過ぎている。本当に僕達のことを思うなら、こんな処に閉じ込めていないで、町に住んで学校に通わせてくれたらいい。そして彼女にも友人を作ってもらって。家に帰ったらあの人の周りに友人たちがいて。一緒にお茶をしてる。そして僕とティーネが言うんだ」
「……何て?」
「……ただいまって」
 なんてことない言葉だ。
 けれど鵺トは恥ずかしそうに面を伏せるし、ティーネの心にはずしんと、重りのように伸し掛かってくる言葉だった。
 ティーネは「いってらっしゃい」としか言ったことがない。それに外に出ても、帰ってくる、のではなくて母親に連れ帰られるのだ。
 自ら外に出て、自ら家に帰る。
 いってきます。
 ただいま。

 いってらっしゃい。
 おかえりなさい。

 は、もう言い飽きた。
 鵺トはティーネに向き直って続ける。
「でもそれが無理な理想なのは分かってるんだ。この島からは逃げられない。僕らはこの小屋を出ても、島に隔離されたままなんだ。あの人や君にウイルスは感染しない。なら、あの人がここにいる理由は何だと思う。僕がいるからだよ。僕の中にウイルスが住んでいたら、島の外に持ち出すことは許されない。実質隔離されているのは僕だけだ。だから僕が死ねば、君のお母さんも、君もこの島から出られる。僕の理想だって叶えられる」
「話の雲息が怪しいぞ。やめろ」
「何を? 大丈夫だよ。何もしない。君だって、死んだのかって思うだけだ」
「……鵺ト」
 彼女の目が何かを訴えているのは分かった。それは何にも理解出来ていない頭で、本能的に鵺トを、今から起こることを全力で拒絶していた。
「君からそんな声が聞けるとは思ってなかった。大好きだよティーネ。僕達は本当の家族じゃないけど。君のことは妹のように思ってた」
「行くな」
「どこへ? 僕達はこの家からは出られないよ。君の言う通り外はウイルスと言う罠だらけだ」
 鵺トはティーネの頭を撫でる。ベッドから起き上がると。
「愛してるよ。ティーネ」
 彼女の美しい金色の髪を掬って軽く口付ける。
「さようなら」
 にこりと微笑み、背を向ける彼に。
 ティーネはこみ上げる何かを感じた。
 胸の内が騒ぐ。どこにもいけないと言ったのは鵺トなのに、何故さようならなんて言うんだ、と。
「鵺トッ!」
 閉められた扉に向かって叫ぶ。相手の返事を見越して呼び掛けたが、返事はない。
「鵺ト、冗談だろ。分かってるんだぞ。私を莫迦だと思ってるだろう。わ、私は天才なんだからな。分かってるんだからな。や、鵺ト。返事……。鵺ト!」
 嘘だ。
 なんてことない言葉だった。
 でも彼の背を押すには充分な言葉だったのかもしれない。
「……鵺ト。返事をしろ」
 何時間と彼の名を呼び続けたが、返事は一度も帰って来ることは無かった。
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