リクゴウシュ

隍沸喰(隍沸かゆ)

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ヴァラヴォルフ

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 孤島――ゼブラと呼ばれる島は、背の高い木々が混ぜこぜになって日の光を遮る。闇の支配者である種族ヴァラヴォルフには最適な場所だった。
彼等は睡眠も疲れも知らない。
木々の間を駆ける楽しさは本能さながらだった。
 日は落ちたが、月前が小屋周辺を照らしていた。
月霜の振る庭が美しい。
 彼等――躾、胚邪、稟終は一つの小屋の前に立っていた。
小屋はひっそりと建っている。
その上には美しいまん丸の月が見え、まるで木々がそこだけ切り取られているかのように開けていた。
「あの小屋だ」
 稟終が庭に一歩足を踏み出したとたん、小屋から轟然たる獣の叫び声が放たれ周囲の森を包み込んだ。
 稟終達は互いに顔を見合わせ、胚邪のみが獣の姿に変わる。
 アラスカオカミに似ていた。胚邪の姿は黒に近い焦げ茶色の毛と前兆2米の体格の良さが特徴だった。
 静寂に包まれ、耳や鼻がぴくぴくと動くさまを二人は緊張した面持ちで眺めていた。やがて胚邪が口を開く。
 そこから出た声は獣のそれだったが彼等には理解出来た。
 胚邪の脅しで振っていた尾は緊張がなくなったからか下げられている。
「小屋の中に人が二人だ。どちらも子供。だが一人は様子がおかしい」
 躾が言うと、こくりと胚邪が頷いた。躾も稟終も狼の姿にならなくとも人間以上の嗅覚や聴覚を持っている。小屋の中の状態は或る程度は把握出来た。
 稟終は戸惑いの表情を見せる。
「……はい、しかし。我々が探しているのは子供ではなく――……っ、――は、胚邪、どこへッ! 戻れッ!!」
 ――何かに感付いた胚邪が刹那、小屋へ向かって一直線に駆け出した。躾がそれを見て叫ぶ。
「――――ッ、女の子の声だ! 捕えられている、行くぞ稟終!」
「え、ちょ、躾様!?」
 躾の耳に驚愕を示している暇はないらしい。稟終は躾と胚邪の後を追った。



        ◇◇◇



 胚邪が体当たりで扉を破り、小屋の中に入る。
 ざっと見回したが人の姿は見当たらない。
 中は様々なモノに囲まれていて一見平和な家庭に見えるが。天井には大量の骨と武器、更には毛皮や肉等が紐で吊るされていた。その下には空の桶が積み重ねられている。
 台所には切ったばかりと見られる兎の首だけがまな板の上に乗っていった。その傍に吊るされた身体と血受けの皿が置いてある。
 胚邪は更に二階へと駆け出していく。
それを追い越して今度は躾が部屋の扉を開け放った。
 ――その光景は異様なものだった。
 縛られた幼い少女の上へ跨った少年がこちらを見て、「んげ」と呟いて、何も見てませんと言わんばかりに少女と一緒に掛け布団の中へ潜ったのだから。
「待て貴様!」
 稟終が掛け布団を引っぺがすと、その中は更に異様な光景だった。
 涎まみれの少女の口の中に、少年は指を入れて、さらに身体を抱き込んで押さえつけているではないか。
「こ、この餓鬼……なんと非道、は、破廉恥な……」
「は? 何言ってんの。不法侵入者。見逃してあげたのに何で逃げてない訳。莫迦なの?」
 稟終は妙に偉そうな少年の首根っこを掴み、少女とは反対側の床に投げ捨てる。少年は床に転げた衝撃で身悶えていた。躾と胚邪が脅すように少年を囲む。
「大丈夫ですか、お嬢さ……」
 稟終は少女の姿をもう一度見て息が出来なくなった。息をすることを忘れてしまったのだ。
 肌けた少女の肌は赤く上気し、その上を滴る雫がなんとも甘美な印象を与えた。真っ赤な唇から覗いた舌からは甘そうな涎が流れている。
 彼女の瞳がこちらに向いた。



 美しい瞳だった。


 それを縁取る金の長い睫毛もまた、美しかった。



 頬にへばり付いた髪が落ちたさまは、まるで手に掬った水が指の間を透けて落ちるように見えた。
「こ、こんなことはゆるされない」
「稟終?」
 唸るように呟いたきり。黙り込む稟終を訝しげに思い、躾が彼の視線の先を覗き込む。
 ――躾の顔は稟終に勝るほど、真っ赤っかに染まった。

 しかし。

 それもつかの間。

 稟終の手が躾の目を覆い隠して視界を遮った。
 耳には稟終の怒鳴り声だけが響く。
「躾様! 見てはいけません! 教育に悪い! なんて餓鬼だ! こんな所業を許せる訳がない! 胚邪! 奴の喉を食い千切れ!」
「オイ、稟終落ち着け! 俺達には殺しは禁忌だ!」
「しかし躾様見たでしょう! 幼気(おさなげ)な少女の衣服を剥ぎ獣の如く舌で這いずり回しあろうことか唇に指を突っ込んでそこに何やらをブチ込もうとしていたのですよッ!?」
「お前の目はどうなってるんだ。そんなの見てないぞ」
「許せるものか! 殺セエエエエエエエエエエッ!」
「落ち着け……」
 如何にか稟終を落ち着かせた頃、躾は少年に目をやった。
 巨大な狼を目の前に、何故彼は怯える様子もなく、笑うことが出来るのか。
「何がおかしい」
「アンタの友達。大人なのにティーネの姿に何を想像したんだか真っ赤になっちゃってさ」
「っま、まままま、真っ赤などになってはいないのにいない!」
「何を言ってんの」
 楽しそうだった少年の顔つきが変わり、冷めた目で稟終を見た。
「俺の妹で変な想像しないでくんない? 気色悪」
「い、いもうと。そ、そそそそういうプレイか?」
「おっさんまじきち。気色悪い上に最低だな。下すんごいことなってるけど?」
 躾が稟終を睨む。
「外で頭を冷やして参ります!」
 狼姿だと言うのに胚邪の口角が上がったように見えて、稟終は彼をキッと睨んだ後、部屋を後にした。
「で。何でアンタ達は出ていかない訳。不法侵入者。こんなことして許されると思ってんの」
「それはこっちの台詞だ。妹とは言え年下に、女性に対してしていいことと悪いことの区別もつかないのか」
「やめた方がいいよ」
「何をだ」
 その質問を待っていたと言わんばかりに少年の口角が上がる。
「アンタ、ティーネに惚れたでしょ」
 しんとする室内。
 胚邪だけが怯えて尻尾を丸めた。
「殺しはしない。でも殺す寸前までのことは許されている。胚邪。やれ」
 胚邪は主に命じられ、唸りながら少年に近付く。やはり少年は恐れるそぶりは見せない。
 その時だった。


「ありがとう。助けてくれて」


 美しい声だった。

 小鳥のさえずり声のように高く、しかし女性らしさのしっとりとした声。

 耳に優しく入り込み、脳内を調和するような聞いていて不思議と心が落ち着く声だった。

 躾はティーネと呼ばれた少女に目を向ける。
 彼女のあられもない姿にそっと目を逸らす。
 後方では胚邪が少年に脅しを掛けていた。
「縄を解いてくれないか」
 躾はその口調に驚いた。
 可愛らしい声にはそぐわないからだ。
 族の中には強い女性が多く、口調など気にも留めなかったが。彼女がそれを使うことには違和感を覚えてしまったのだ。
「頼む」
「あ、ああ」
「んげ。や、やめておいた方が……」
 少年の声は胚邪の威嚇の声で遮られる。
 躾は少女の肌に触れないように、また、彼女の肌に視線を向けないように縄を解いていく。或る程度解けていたようにも見えたが、妙な縛り方で解くのに時間が掛かった。
「あ~あ」
 少年の声に睨みをきかせようと躾が振り返ったとたん。
 背後から殺気が満ち満ちていく。
 ハッと振り返ってからでは遅かった。
 躾の背後から彼女は消えていて、少年のくぐもった声でやっと彼女の姿を捕えることが出来た。彼女の本性を。
「鵺あああああトおおおおおおおおおお」
「あははは。ティーネ。どうだった。僕が死んだ感想は」
「貴様あああああ! 今までどこで何をしていた!」
 自分より一回り大きな彼を、いとも簡単に。
 ハンマー投げの如くぶんぶんと振り回し、はたまたガジガジと噛み付くティーネ。
 躾も胚邪も目を点にして眺めていた。
 美しいか弱き幼い少女が一変。
 凶暴な獣のようになったのだから。
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