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ヴァラヴォルフ
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胚邪は先刻の話を聞いて、彼女の身の安全が保証されないことを言い出せなかった。彼は彼女の身が如何なろうと、自分の生きた景色になるとしか考えていないのだから。
「ティーネ。念願の外だよ」
「い、いいのか」
凶暴だったティーネの目が、子供のようにキラキラと輝いた。遊びに連れて行ってもらえる子供みたいにはしゃいでいる。
「でも君はまだ変身が出来ない。だから僕の血を飲んで行って」
「……へ?」
ティーネはポカンとする。
胚邪は頭の片隅にあった可能性を確証に変えた。
「僕は人間じゃないけど、人間にはもっとも近い存在だから。多分大丈夫」
先刻まで自分の首に噛み付いていた彼女に、また噛むことを促すように。鵺トは彼女の後頭部を抑えて引き寄せた。
「食べていいよ。少しくらいなら平気だ。僕は人間じゃないから、治癒は早いんだ」
胚邪は鵺トの言葉に引っかかりを覚えていた。
『人間じゃないけど』
『人間にはもっとも近い存在だから』
『でも人間じゃないから』
彼はヴァラヴォルフではないだろう。
ヴァラヴォルフにヴァラヴォルフの肉を与えれば、理性が無くなり、身体は縮み、本物の獣となる。身体能力も低下する。
今から危険な処へ送り出す自分の妹を、態々危険な状態にすることはない、筈だ。
彼の考えは読めないから、そうは言い切れないが。胚邪は鵺トを信じて先を見守ることにした。
「た、食べるって。なんで」
「君は狼になれるんだよ。彼等のように。いいな。僕にもそんな力があれば、もう少し世界に抗ってみたのかも知れないけど」
鵺トは自分の首根の皮膚に爪を立て、そのまま引き摺り下ろした。皮膚には赤い血が滲んでいる。
「この時が来ることは分かってたからさ、君のために爪を整えていたんだよ」
鵺トの爪は鋭く尖っていた。
爪を伸ばし、削っていたんだろう。それでも首根に作られた深い傷跡は、人間の子供の力では出来ない芸当だ。
濃厚な匂いが部屋に充満する。むせ返るような甘い香りだ。
人間にはない妙な匂いが混ざっているが、思わずごくんと唾を飲んでしまう程、魅力的な香りだった。
普段人間の死体の血肉しか喰えない自分達にとって、生きた人間に近しい者の血の匂い、更にはその血に凝縮されているであろう秘めた力の甘露はとびきり舌に馴染むだろう。
ティーネの長い睫毛が震え、目が見開かれる。
ゴクリと喉がなり、ボタボタと。彼女の歯茎の隙間から涎が垂れた。
震える舌が、ぺろりとそれをひと舐めしたとたん、彼女の身体はびくんっと弾けた。
顔を上にあげて歓喜に震える彼女の顔は、恍惚としていて。胚邪の口の中にも唾液が溢れる、彼女の反応の良さはその血の美味さを表現していた。
今度こそ、迷いなく、獣の如く少年の首筋に牙を立て齧り付いた。
肉を食い千切らんとする彼女の牙に、鵺トの身体が震えた。
彼の口から熱くなりすぎた荒い息と唾液と呻き声が漏れる。
酷い激痛だろう。しかし叫び声もあげない彼に、胚邪は賞賛をあげることしか出来ない。そんな胚邪に、鵺トが目を向ける。
「彼女が僕の首を食い千切ろうとしたら止めてあげて。それから、そこの男の子にも力を借りた方がいい。覚醒の時は暴れるんでしょ。オジさんじゃティーネは止められない」
赤い瞳が、彼の首筋だけを眺めていた。ギョロギョロと動き回る目の動きを見れば、彼女の理性がなくなっていることを容易に理解させられた。
青く輝く瞳が、ギョロリとこちらを向く。
これは自分の獲物だと、自分の長――主に言われている気分だ。彼女が食い散らかした少年の残りの骨を自分がしゃぶれることを想像して、酷い誘惑に襲われた。
しかし。
七色に輝く少女の瞳に、ぞっとする。
間違っていた。
彼女の瞳は告げていた。
――次は貴様の番だ、と。
「ティーネ。念願の外だよ」
「い、いいのか」
凶暴だったティーネの目が、子供のようにキラキラと輝いた。遊びに連れて行ってもらえる子供みたいにはしゃいでいる。
「でも君はまだ変身が出来ない。だから僕の血を飲んで行って」
「……へ?」
ティーネはポカンとする。
胚邪は頭の片隅にあった可能性を確証に変えた。
「僕は人間じゃないけど、人間にはもっとも近い存在だから。多分大丈夫」
先刻まで自分の首に噛み付いていた彼女に、また噛むことを促すように。鵺トは彼女の後頭部を抑えて引き寄せた。
「食べていいよ。少しくらいなら平気だ。僕は人間じゃないから、治癒は早いんだ」
胚邪は鵺トの言葉に引っかかりを覚えていた。
『人間じゃないけど』
『人間にはもっとも近い存在だから』
『でも人間じゃないから』
彼はヴァラヴォルフではないだろう。
ヴァラヴォルフにヴァラヴォルフの肉を与えれば、理性が無くなり、身体は縮み、本物の獣となる。身体能力も低下する。
今から危険な処へ送り出す自分の妹を、態々危険な状態にすることはない、筈だ。
彼の考えは読めないから、そうは言い切れないが。胚邪は鵺トを信じて先を見守ることにした。
「た、食べるって。なんで」
「君は狼になれるんだよ。彼等のように。いいな。僕にもそんな力があれば、もう少し世界に抗ってみたのかも知れないけど」
鵺トは自分の首根の皮膚に爪を立て、そのまま引き摺り下ろした。皮膚には赤い血が滲んでいる。
「この時が来ることは分かってたからさ、君のために爪を整えていたんだよ」
鵺トの爪は鋭く尖っていた。
爪を伸ばし、削っていたんだろう。それでも首根に作られた深い傷跡は、人間の子供の力では出来ない芸当だ。
濃厚な匂いが部屋に充満する。むせ返るような甘い香りだ。
人間にはない妙な匂いが混ざっているが、思わずごくんと唾を飲んでしまう程、魅力的な香りだった。
普段人間の死体の血肉しか喰えない自分達にとって、生きた人間に近しい者の血の匂い、更にはその血に凝縮されているであろう秘めた力の甘露はとびきり舌に馴染むだろう。
ティーネの長い睫毛が震え、目が見開かれる。
ゴクリと喉がなり、ボタボタと。彼女の歯茎の隙間から涎が垂れた。
震える舌が、ぺろりとそれをひと舐めしたとたん、彼女の身体はびくんっと弾けた。
顔を上にあげて歓喜に震える彼女の顔は、恍惚としていて。胚邪の口の中にも唾液が溢れる、彼女の反応の良さはその血の美味さを表現していた。
今度こそ、迷いなく、獣の如く少年の首筋に牙を立て齧り付いた。
肉を食い千切らんとする彼女の牙に、鵺トの身体が震えた。
彼の口から熱くなりすぎた荒い息と唾液と呻き声が漏れる。
酷い激痛だろう。しかし叫び声もあげない彼に、胚邪は賞賛をあげることしか出来ない。そんな胚邪に、鵺トが目を向ける。
「彼女が僕の首を食い千切ろうとしたら止めてあげて。それから、そこの男の子にも力を借りた方がいい。覚醒の時は暴れるんでしょ。オジさんじゃティーネは止められない」
赤い瞳が、彼の首筋だけを眺めていた。ギョロギョロと動き回る目の動きを見れば、彼女の理性がなくなっていることを容易に理解させられた。
青く輝く瞳が、ギョロリとこちらを向く。
これは自分の獲物だと、自分の長――主に言われている気分だ。彼女が食い散らかした少年の残りの骨を自分がしゃぶれることを想像して、酷い誘惑に襲われた。
しかし。
七色に輝く少女の瞳に、ぞっとする。
間違っていた。
彼女の瞳は告げていた。
――次は貴様の番だ、と。
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