リクゴウシュ

隍沸喰(隍沸かゆ)

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バシリアス ※BL

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 身体の芯まで響いてきそうな、流麗で、柔らかい声が耳に触れた。
 一時いっとき亡我に陥り、言葉を掛けられずにいた。

『もしもし?』

 もう一度呼び掛けられ、ハッとする。
「あ、もしも────」

「──こら、学校では携帯使用禁止」
 突然、筋肉の張り出した太い腕に携帯端末を奪われる。体育教師兼クラスの担任である先生が自分の端末を耳に当てた。
「申し訳ございませぇん。学校内での通話は禁止しておりますので。うちの生徒がご迷惑をお掛けしました。……もしもし? あのぉ、聞こえてますか?」
「返せよッ!!」
 奪い返そうと手を伸ばせば、大きな掌に頭を抑え付けられ、空を切るだけで終わってしまう。
 担任のドヤ顔に苛立っていると、急に苦そうな顔をして、こちらに携帯を差し出した。
「返事がないぞ。何の音も聞こえない。誰に電話したんだ?」
「この連絡先に──……」
 ちらしを見せた瞬間、先生が「ぶはっ」と吹き出し、腹を抱えて嘲笑する。
「おま、それはさすがにないだろ! 時給が、1000万、ぶはっ! どう考えても悪戯だぞ! そんな大金が時給であってたまるか! 金持ちでも無理があるぞ!」
「うるっせぇよ」
「まあ、掛かってしまってるなら迷惑だろう、一応詫びはしておけよ」
 そう言って前の教卓へ歩いていく姿に舌打ちしながら、耳に携帯を当てた。
「もしもし、すみません。突然のゴリラの来訪に備えてなくて」
「ぶっ」と吹き出すルイスを見つめながら、話を続ける。
「あの……チラシの連絡先を見て掛けたんですが……何かの間違いだったりするんでしょうか?」
『大丈夫ですよ。ゴリラのダミ声には驚きましたが、貴方と話せて嬉しいです。チラシの通り、召し使いを募集していますので、いつでもお掛けになってください。今回は失礼させていただきます。お勉強、頑張ってくださいね。またのご連絡をお待ちしております』
「あ、はい。し、失礼します……」
 川のせせらぎのような爽やかで滑らかな声に、聞き惚れてしまっていた。
 ――まったく、恥ずかしい、恥ずかしい。返事来るじゃないかあのゴリラめ。
 熱で火照った頬を掌で軽く揉み解しながら通話を切る。
 ──つうか、ゴリラのダミ声って……。
 小さく笑いを溢しながら、もう一度チラシへ視線を落とす。
 〝1名限り募集〟──つまり、早く連絡しないと他の誰かに取られてしまうのでは? ん、いや、でも──……
『お前ん家のポスト』
 先程のルイスの言葉を思い出して、妙な違和感を覚えた。──何故、俺の家に? ルイスやシュランには来ていなかったのか? 他の家は?
 もし、俺だけだったとしたなら、物凄いチャンスではあると思う。だが、それはそれでどう考えてもキナ臭い。まるで、意図があって、〝俺〟を選んだようではないか。
 ──そして、極めつけは……
『貴方と話せて嬉しいです』
 彼は、俺を知っている? それとも、ただ募集に食い付いた相手がいて喜んでいるだけなのか?
 考えれば考えるほど不可解な点が現れ、やはり、連絡するのはよそうと思い直したのだった。
 ──あの美しい声を、もう一度聞きたいとは思うけれど。



        ◇◇◇



 授業は午前中しか行われない。教育資金が出る程国は資金を持っていないのだ。
 緑龍子の壁の中にいると言われている王様も、まったく資金を使う気配がないのだと言う。もしかしたら、あの山には沢山の財宝や資金が貯蔵され、金すら払う事が出来ない程意地の悪い王がいるのではないか。そんな事を昔先生ゴリラが言っていた気がする。
 先生だけでなく、国民も金の事ばかりを考えるらしい。
 ──既に王は亡くなっていて、資金は使われる事なくあの塀の内側で埋蔵金のごとく秘密裏に溜め込まれているのでは。と町中に噂が流れた事があった。それに不満や欲を沸々とさせた者達が大勢で塀に押し寄せた。
 そう、あの、絶対防壁へ、何の計画も無しに近付いた馬鹿共がいたのだ。
 例え計画を立てていたとしても、馬鹿には変わりないが。
 天の彼方まで続く塀を囲んだ木々の背の、5メートル程の位置だろうか、そこに、全方向センサーと特殊型全焼レーザー光線ビームが設置されていて、塀から半径1000メートル以内に侵入した人間は全て焼かれ、跡形もなく排除される。塀の周りには漆黒の灰と焼け跡が残っているだけだ。
 森に入り、迷ってしまえば最後。上手くセンサーに察知される前に森の外へ出られた者もいるが、埋蔵金や、塀を間近で見てみたいと言う欲に狩られ、再び、入っていく者が多数を占めていた。
 塀を見る事も出来ぬまま、皆、焼かれ、死んでいくのだ。
 人が近づかなかったため森は成長したが、侵入した人と共に焼けて無くなる。
 ──あの壁から発射される光線は、人や木だけでなく戦闘機までも排除してしまう。
 つまり、科学者達が研究したのは、塀から漏れ、この町の空気中へ流れ込んできた緑龍子だった。
 夜になると、蛍のような丸い小さな光に溢れ、空気中に塵のように舞い、美しく輝くけれど。自分の鼻や口で息をする度に、それが体内へ入ってくるのが目に見える為、気味が悪くなる。
 それが見えない昼間も、今この時もずっと、我々は緑龍子を吸い続けているのだ。
 そんな見えない恐怖に怯えながらも、国民は風に流された火山灰を吸うように、自然に受け入れ、自分の容姿や周りの見方を変えてまでここに依存した。
 それは、寿命を長くできるからだった。
 長命──……人がもっとも求めるもの。
 現在の医学では直らないと言われてきた病気が、この町で暮らしただけですっかり治ってしまったと言う発表がだいぶ昔に会った。
 全く、何の前触れもなく。
 不自然な位自然に。
 気味が悪い程完全に。
 病気が抹消されてしまったのだ。
 病人はもちろん、高齢者も、皆健康を求め移住し、長命となり、この酷い荒れ地で暮らしている。建物も、道も、酷い有り様だ。服も、家族も、食事も、家も、金も、ここでは、本当の意味で簡単には手に入らない──……生き残る道さえも、見失いそうになると言うのに、何故、皆、ここに縛られているのだろう。
 まるで他の町に比べれば、地獄だと言うのに。何故、この場所に囚われているのだろう。
 ――茄遊矢も、その一人だった。
 ここがどんな場所であろうと、茄遊矢にとっての故郷はここだ。両親と暮らし、過ごした、唯一の思い出の場所だ。
 簡単に捨てられはしないし、他の町はどう暮らせば良いのか、勝手が分からない。出ていったとして、自分の居場所はあるのだろうか。
 他国では、〝緑龍子は危険なモノだ〟と教えられているらしい。もしそれが本当なら、茄遊矢達はきっと、他の町に出る事は許されない。偏見や差別の的となり、自由に町を歩ける事が出来なくなるだろう。
 ──何故、こんなに生きるには厳しい環境に、産み落とされなければならなかったのだろうか。
 夕飯に使う卵パックを握り締めながらそんな事を考えていると、何だか笑えてきた。この卵も、外から来たものだ。卵焼きにするとふわふわで美味しい。目玉焼きにすると、朝食が困らない。ケーキを焼けば、香ばしい香りと、口一杯に広がる甘い味で、最高に幸せになれる。
 ──俺も、誰かを幸せにする事が出来るのだろうか。こんな町でも、大事な誰かに出会えて、格好いいスーツを買い、家族を作り、充分な食事を三食取り、庭付きの、立派な家を買い、生きられるくらいのギリギリの量でも良いから、金を儲け──……
 大事な両親を奪ったこの町でも、幸せに暮らせるのだろうか。
 目の前で、両親を焼き殺したあの塀を赦し、受け入れる事が出来るのだろうか。
「──……あ…………」
 ──また、あの人だ。
 確かにこのスーパーマーケットは決して古くないし、わりと新しいし、品揃いも良い。主婦の理想的な店だ。さぞ儲けていらっしゃる事だろう──いや、それはないか。
 例え外観が〝主婦の理想〟だったとしても、ここまで新鮮な肉や野菜では1品1品の価値が高く、値段も高くなる。この値段ではある程度裕福な人でないと利用できないだろう。
 茄遊矢はまあ、それでも上手い飯が食べたい為、惣菜屋さんの中の安い商品や売り残った安価商品を買う。もちろん余裕がない時は安い卵を1パック買って卵焼きを作り、切り分けた1つを1日3つずつ食べていく。そして、今回もそのパターンにしようと思っていたところだ。
 日によって値段が安くなる商品もある為、一応学校帰りに毎日通っている。だから、店の人とは打ち解けているし、特に店長とは仲が良く、友人のように接して貰えている。時々残り物をタダでお裾分けしてくれるのがありがたい。
 でも。何より。
 この店のお刺身コーナーでしか見かける事のない彼は、知り合いでも何でもなかった。
 ただ、とても美しいから、いつも見惚れてしまうのだ。
 パッケージに触れる指先から、呼吸で微かに開く唇までもがエレガントだ。それなのに、笑った顔は一度も見た事がない。もちろんたった一人で笑っていたらある意味怖いけれど、そうじゃなくて。笑顔だけでなく、商品を選ぶ際の真面目な顔も店員と接する時の作り顔すらも見た事がない。
 眉も唇も頬も、呼吸の度に幽かに動くだけで、後はピクリとも動かないのだ。まるで人形のようだとも、ロボットのようだとも思う。──現実離れした美しさに、つい、いつも見魅ってしまうのだ。
 今日も彼の姿を見つけ、いつも通り見惚れていた。瞬きだけでも惚れ惚れする。彼の瞼が閉じ、長い睫毛が伏せられる様を見詰めていると、彼が1つのパッケージを手にし、ふっと身を翻した。 
「……っ」
 その際、彼の双眸と目が合ったような錯覚に陥った。
 そして、濃艶に口角を上げていた様を、ばっちりと目に映した。
「──ま、待ってッ!!」
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