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第一章 少年は旅立つ
幕間 冒険者の後悔2
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三人目が気丈に振る舞っているのを見て笑っていると、雑貨屋の息子が大声で言った。
「ウェダ、お前は勇者の息子だから!金持ちの貴族だから!」
ウェダ、だって?
村長から聞いた、勇者の息子の名前じゃないか!
そういえば、こんなに黒々とした髪色は珍しい……なんてこった。
「勇者様の御子息であられましたか。大変失礼を……」
立ち上がり敬礼をしながら言った。
そして俺が空気を読めてないことに気付いた。
アンは不安と恐怖で勇者の息子を見ている。
雑貨屋の息子のほうは、もう怒りだのなんだのでぐちゃぐちゃの目だ。
やっちまった、と思った。
大人げない悪戯心で子どもたちの友情にヒビを入れてしまった。
走り出す勇者の息子を追いかけられようもなく、俺と二人はそのまま呆然と見ていた。
「すまん、怖がらせすぎた。魔物に関しては大丈夫だから、気にするな。絶対に守る」
そんなことが言いたいわけではなかったのに口から出てきたのはこんな言葉だった。
なんて情けない。
すると雑貨屋の息子がぽろぽろと泣き出す。
「お、俺、ウェダにひどいことを……ウェダだってがんばっているのに」
「ドリー、泣かないで……あたしも睨みつけちゃった。ウェダに謝らないと……」
許してくれるかなあと不安そうにする二人に、俺はぽかんと口を開けて呆けていた。
すげえなあ、子どもってのは。
大人じゃこうはいかない。
売り言葉に買い言葉でケンカして、意地を張り、謝ろうなんて露ほども思わない。
それがどうだ。
悪いことは悪いときちんと認められる。
相手が大事だと思えるってのは立派なことだ。
話を聞くと、勇者の息子は来る日も来る日も勉強の毎日らしい。
父親である勇者の英才教育を受けるってのは一体どういう気持ちなのかわからないが、俺があの時分は家の手伝いもそこそこに冒険者の真似事をしながら狩りをしたり遊んだりだった。
村に来るのは月に一、二度だというのだから、あのウェダという少年は努力家らしい。
それとも、やっぱり勇者の息子っていうのは特別なのだろうか。
それはそうと、二人の意を汲む、というわけではなく俺自身もあのウェダという少年に謝りたかった。
なにより、仲直りをしてほしいという気持ちが強かった。
だから雑貨屋の親父さんと宿屋の女将さんに事情を説明して、俺が護衛をするから、とあの少年を探しにいくことにした。
手の空いていた仲間たちも協力してくれるってんだから、やっぱりお誂え向きのメンツだよ。
そうして彼が目撃された里林付近から痕跡を追っていたら、こんなことになったってわけだ。
「坊っちゃんたち。作戦会議は終わったか?そろそろカウントダウンだ」
そろそろ、まずい。
近寄って来させないように威圧していたが、品定めが終わったようだ。
子どもたちの逃げる算段も終わったようだし、あとは俺がどこまで食い止められるか。
ただの魔物なら時間稼ぎをしながら人を逃がすくらいのことはなんとかできるだろう。
問題はこちらは一人。子どもは三人。
おまけに、未だに奴の正体を見極められてないことだ。
四足歩行である事は確かだが、足跡の大きさから見ればシシか。それとも……
それに、どうにも引っかかる。
魔物が警戒するほど、俺は強くない。
いくら勇者の息子といえど、ウェダだってそうだろう。
だとすれば、だ。
奴は、油断を全くしないほど知能がある。
「よーい……」
どん、の掛け声はいらなかった。
「グオオオオオオン!!!」
茂みから叫び声と共に何かが飛び出して来た。
必死でそれを見る。
奴の挙動と狙いを見逃さないように。
間違ってもここを通さないように。
そして俺は後悔した。
体躯の下から上へグラデーションのように暗い影を思わす黒と金属色の銀の体毛。
木漏れ日の夕日に照らされ、それらが真っ赤に照らされ、まるで赤熱の炎。
ぱっくりと割れた口からは名工が作ったようなナイフを思わせる鋭い犬歯が覗き、だらだらと溶解液のような涎が滴る。
まるで何日も餓えと戦い、やっとの思いで晩餐を手に入れ目前としたかのような狂った目。
その瞳孔の開いた目はこれまた夕日に照らされ燃えるように輝いている。
ぎょろぎょろと舐め回すようにこちらを見てくる様は、まるで娼婦を品定めする童貞の冒険者だ。
茂みから飛び出してきた奴を見ながら、こんな感想が出てくるんだから俺のボキャブラリーも大したもんだ、などと自嘲する。
そんな場合ではないのだ。
でかすぎる。
俺を遥かに……倍近くの身の丈のイヌ。
この場合、魔物化したイヌだから、魔犬なんて呼ぶらしい。
確か伝承にイヌの近種でオオカミなんてのがいるらしいと聞いたことがある。
あれを聞いたのはどこだっけ。
ああ、そうそう。
確か、何度目かの魔物狩りでイヌをやっつけたときの報酬で娼婦を抱いたときだ。
あの娼婦、いい女だったなあ。
気立てが良くて、けらけらとよく笑って。
ああ、名前はなんていったか。思い出せない。
そんなことを思いながら、抜刀した片手剣で奴の牙を受け止めた。
そうして、ガキン、という心細い音と共に俺の心は折れた。
やっぱ、熟れた桃なんて落ちてこねえよ。
「見るな!行け!走れ!」
子どもらに声を掛ける。
はは、俺にしては、なかなかやったほうだろう?
「ウェダ、お前は勇者の息子だから!金持ちの貴族だから!」
ウェダ、だって?
村長から聞いた、勇者の息子の名前じゃないか!
そういえば、こんなに黒々とした髪色は珍しい……なんてこった。
「勇者様の御子息であられましたか。大変失礼を……」
立ち上がり敬礼をしながら言った。
そして俺が空気を読めてないことに気付いた。
アンは不安と恐怖で勇者の息子を見ている。
雑貨屋の息子のほうは、もう怒りだのなんだのでぐちゃぐちゃの目だ。
やっちまった、と思った。
大人げない悪戯心で子どもたちの友情にヒビを入れてしまった。
走り出す勇者の息子を追いかけられようもなく、俺と二人はそのまま呆然と見ていた。
「すまん、怖がらせすぎた。魔物に関しては大丈夫だから、気にするな。絶対に守る」
そんなことが言いたいわけではなかったのに口から出てきたのはこんな言葉だった。
なんて情けない。
すると雑貨屋の息子がぽろぽろと泣き出す。
「お、俺、ウェダにひどいことを……ウェダだってがんばっているのに」
「ドリー、泣かないで……あたしも睨みつけちゃった。ウェダに謝らないと……」
許してくれるかなあと不安そうにする二人に、俺はぽかんと口を開けて呆けていた。
すげえなあ、子どもってのは。
大人じゃこうはいかない。
売り言葉に買い言葉でケンカして、意地を張り、謝ろうなんて露ほども思わない。
それがどうだ。
悪いことは悪いときちんと認められる。
相手が大事だと思えるってのは立派なことだ。
話を聞くと、勇者の息子は来る日も来る日も勉強の毎日らしい。
父親である勇者の英才教育を受けるってのは一体どういう気持ちなのかわからないが、俺があの時分は家の手伝いもそこそこに冒険者の真似事をしながら狩りをしたり遊んだりだった。
村に来るのは月に一、二度だというのだから、あのウェダという少年は努力家らしい。
それとも、やっぱり勇者の息子っていうのは特別なのだろうか。
それはそうと、二人の意を汲む、というわけではなく俺自身もあのウェダという少年に謝りたかった。
なにより、仲直りをしてほしいという気持ちが強かった。
だから雑貨屋の親父さんと宿屋の女将さんに事情を説明して、俺が護衛をするから、とあの少年を探しにいくことにした。
手の空いていた仲間たちも協力してくれるってんだから、やっぱりお誂え向きのメンツだよ。
そうして彼が目撃された里林付近から痕跡を追っていたら、こんなことになったってわけだ。
「坊っちゃんたち。作戦会議は終わったか?そろそろカウントダウンだ」
そろそろ、まずい。
近寄って来させないように威圧していたが、品定めが終わったようだ。
子どもたちの逃げる算段も終わったようだし、あとは俺がどこまで食い止められるか。
ただの魔物なら時間稼ぎをしながら人を逃がすくらいのことはなんとかできるだろう。
問題はこちらは一人。子どもは三人。
おまけに、未だに奴の正体を見極められてないことだ。
四足歩行である事は確かだが、足跡の大きさから見ればシシか。それとも……
それに、どうにも引っかかる。
魔物が警戒するほど、俺は強くない。
いくら勇者の息子といえど、ウェダだってそうだろう。
だとすれば、だ。
奴は、油断を全くしないほど知能がある。
「よーい……」
どん、の掛け声はいらなかった。
「グオオオオオオン!!!」
茂みから叫び声と共に何かが飛び出して来た。
必死でそれを見る。
奴の挙動と狙いを見逃さないように。
間違ってもここを通さないように。
そして俺は後悔した。
体躯の下から上へグラデーションのように暗い影を思わす黒と金属色の銀の体毛。
木漏れ日の夕日に照らされ、それらが真っ赤に照らされ、まるで赤熱の炎。
ぱっくりと割れた口からは名工が作ったようなナイフを思わせる鋭い犬歯が覗き、だらだらと溶解液のような涎が滴る。
まるで何日も餓えと戦い、やっとの思いで晩餐を手に入れ目前としたかのような狂った目。
その瞳孔の開いた目はこれまた夕日に照らされ燃えるように輝いている。
ぎょろぎょろと舐め回すようにこちらを見てくる様は、まるで娼婦を品定めする童貞の冒険者だ。
茂みから飛び出してきた奴を見ながら、こんな感想が出てくるんだから俺のボキャブラリーも大したもんだ、などと自嘲する。
そんな場合ではないのだ。
でかすぎる。
俺を遥かに……倍近くの身の丈のイヌ。
この場合、魔物化したイヌだから、魔犬なんて呼ぶらしい。
確か伝承にイヌの近種でオオカミなんてのがいるらしいと聞いたことがある。
あれを聞いたのはどこだっけ。
ああ、そうそう。
確か、何度目かの魔物狩りでイヌをやっつけたときの報酬で娼婦を抱いたときだ。
あの娼婦、いい女だったなあ。
気立てが良くて、けらけらとよく笑って。
ああ、名前はなんていったか。思い出せない。
そんなことを思いながら、抜刀した片手剣で奴の牙を受け止めた。
そうして、ガキン、という心細い音と共に俺の心は折れた。
やっぱ、熟れた桃なんて落ちてこねえよ。
「見るな!行け!走れ!」
子どもらに声を掛ける。
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