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第一章 少年は旅立つ
11.狩るものと狩られるもの6
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人生で初めて、思い切り生き物を殴った。
鼻を狙ったのはそこが一番効くだろうと思ったのと、一番狙いやすかったからだ。
ぎちぎちと音を当てて軋んでいるのは奴の鼻だろうか、それとも僕の体だろうか。
そんなことはどうでもいいとばかりに腕を振り抜く。
木材でもぶん殴ったのかのような感触に、父さんの友人が作ってくれた格闘術用のダミーの感触を思い出した。
「ぎゃっ!」
ずいぶん犬らしい声を上げるものだ。
と、思うと同時に僕は驚愕した。
思ったより、効いている。
なんのダメージを負わせられないことを覚悟して打った拳だった。
それでも、一矢報いて、そのあとは野となれ山となれ、という気持ちだった。
ただ、奴を許せなかった。
それだというのに、奴はふっ飛ばされて着地もうまく取れず、もがきながら起き上がる。
驚きのあまり、自分の拳と奴の顔を交互に見比べる。
拳は薄皮一枚剥けているが無事だった。
対して、奴の顔面はどうだ。
鼻はひん曲がり、血がぼたぼたと垂れている。
目からは驚愕と怒りが覗いていた。
開いた口は閉じ、ぎりぎりと食いしばっている。
姿勢を低く、睨みつけるその姿は――
来る!!
「ぐあああああおおおおおおお!!」
僕の首を容赦なく狙って飛びかかってくる。
それをなんとか横に跳んで躱す。
続けて跳ねるように追撃が来る。
転がるように木の間を抜けて避けて体勢を立て直す。
そして、三撃目が来る。
バックステップで躱すつもりが、後ろにあった切り株に引っかかり、盛大に後転してしまう。
しかし、それは幸運だった。
奴が三撃目に選んだのは、今までのように牙ではなく爪だったのだ。
伸ばした前腕から繰り出された鋭い爪は、噛みつきによる牙よりもリーチが長い。
バックステップだけだったら僕の胸は掻っ捌かれていた。
その爪は硬い木の根にしっかりと食い込むように止まっていた。
危なかった。
このままでは、まずい。
逃げるか。
いや、また逃げるのか?
ミシミシと音を立て、奴が切り株から爪を抜こうとする。
食い込んだ切り株ごと地面を引っ剥がしそうな勢いだ。
そして、とっさに手を伸ばす。
里の誰かが置いていったのだろう。
明日もそれを使って木を倒すために。
それともうっかり忘れてそのままなのか。
いずれにせよ、ちょうどいい位置にある。
切り株へそのままになった、斧。
カッという小気味いい音と共にそれを抜く。
そして勢いのまま横回転に移り、遠心力を加える。
さらに、呪文を口にする。
「風よ!鋭き刃となれ!鉄に纏え!」
ああ、随分大雑把な呪文だ。
また父さんに怒られる。
それでもないよりはマシなはずだ。
いくらかでも切れ味は上がる。
風が集まり、斧の先を覆う。
そしてできる風の薄刃。
それを奴の、固定された腕に目掛けて振るった。
しかし、それは失敗に終わる。
奴はからがら、木の根から自身の腕を引っこ抜き、そのまま後ろに跳んだ。
だけど、それでいい。
いや、それがいい。
僕はそのまま、もう一回転。
そして、着地寸前の奴の頭を目掛けて、斧を投げた。
「いっけえええええええ!」
ズバン。
水袋を落としたような音。
そんな音の次に聞こえるのは、奴が倒れる音。
「っ……はあ……はあ……」
膝をついて、呼吸をする。
苦しい。
いつの間にか息をし忘れていたようだ。
「……薄刃でいいんだ。ぐっ……そうだ。重さと回転……速度と、そうだ。刺さりさえすれば……」
誰に聞かせるでもなく、言い訳のように言葉が漏れる。
脳内で思いついたことが後から漏れ出ているような感覚に気持ち悪くなる。
そういえば、と奴を見る。
見事に頭が真っ二つだ。
貫通した斧は先の木に刺さっていた。
「うっ、うぇ……くそっ」
恐怖と安堵でぐちゃぐちゃになる。
涙が止まらない。
寒いような熱いような。
なにか吐き出したいのに吐き出せない。
パキン。
今の音は、なんだ。
顔を上げる。
斧の刺さった木の先から、誰か近づいてくる。
影になって月明かりも遮られ、姿が見えない。
その人物は、闇からぬうっと手を伸ばすと、木に刺さった斧を抜き取った。
そして月明かりに照らし当て、斧と奴の頭だったものを見比べる。
そうしてやっと、わかった。
「父さん……」
その人物は、父。
勇者、ジェダ・イスカリオテだった。
鼻を狙ったのはそこが一番効くだろうと思ったのと、一番狙いやすかったからだ。
ぎちぎちと音を当てて軋んでいるのは奴の鼻だろうか、それとも僕の体だろうか。
そんなことはどうでもいいとばかりに腕を振り抜く。
木材でもぶん殴ったのかのような感触に、父さんの友人が作ってくれた格闘術用のダミーの感触を思い出した。
「ぎゃっ!」
ずいぶん犬らしい声を上げるものだ。
と、思うと同時に僕は驚愕した。
思ったより、効いている。
なんのダメージを負わせられないことを覚悟して打った拳だった。
それでも、一矢報いて、そのあとは野となれ山となれ、という気持ちだった。
ただ、奴を許せなかった。
それだというのに、奴はふっ飛ばされて着地もうまく取れず、もがきながら起き上がる。
驚きのあまり、自分の拳と奴の顔を交互に見比べる。
拳は薄皮一枚剥けているが無事だった。
対して、奴の顔面はどうだ。
鼻はひん曲がり、血がぼたぼたと垂れている。
目からは驚愕と怒りが覗いていた。
開いた口は閉じ、ぎりぎりと食いしばっている。
姿勢を低く、睨みつけるその姿は――
来る!!
「ぐあああああおおおおおおお!!」
僕の首を容赦なく狙って飛びかかってくる。
それをなんとか横に跳んで躱す。
続けて跳ねるように追撃が来る。
転がるように木の間を抜けて避けて体勢を立て直す。
そして、三撃目が来る。
バックステップで躱すつもりが、後ろにあった切り株に引っかかり、盛大に後転してしまう。
しかし、それは幸運だった。
奴が三撃目に選んだのは、今までのように牙ではなく爪だったのだ。
伸ばした前腕から繰り出された鋭い爪は、噛みつきによる牙よりもリーチが長い。
バックステップだけだったら僕の胸は掻っ捌かれていた。
その爪は硬い木の根にしっかりと食い込むように止まっていた。
危なかった。
このままでは、まずい。
逃げるか。
いや、また逃げるのか?
ミシミシと音を立て、奴が切り株から爪を抜こうとする。
食い込んだ切り株ごと地面を引っ剥がしそうな勢いだ。
そして、とっさに手を伸ばす。
里の誰かが置いていったのだろう。
明日もそれを使って木を倒すために。
それともうっかり忘れてそのままなのか。
いずれにせよ、ちょうどいい位置にある。
切り株へそのままになった、斧。
カッという小気味いい音と共にそれを抜く。
そして勢いのまま横回転に移り、遠心力を加える。
さらに、呪文を口にする。
「風よ!鋭き刃となれ!鉄に纏え!」
ああ、随分大雑把な呪文だ。
また父さんに怒られる。
それでもないよりはマシなはずだ。
いくらかでも切れ味は上がる。
風が集まり、斧の先を覆う。
そしてできる風の薄刃。
それを奴の、固定された腕に目掛けて振るった。
しかし、それは失敗に終わる。
奴はからがら、木の根から自身の腕を引っこ抜き、そのまま後ろに跳んだ。
だけど、それでいい。
いや、それがいい。
僕はそのまま、もう一回転。
そして、着地寸前の奴の頭を目掛けて、斧を投げた。
「いっけえええええええ!」
ズバン。
水袋を落としたような音。
そんな音の次に聞こえるのは、奴が倒れる音。
「っ……はあ……はあ……」
膝をついて、呼吸をする。
苦しい。
いつの間にか息をし忘れていたようだ。
「……薄刃でいいんだ。ぐっ……そうだ。重さと回転……速度と、そうだ。刺さりさえすれば……」
誰に聞かせるでもなく、言い訳のように言葉が漏れる。
脳内で思いついたことが後から漏れ出ているような感覚に気持ち悪くなる。
そういえば、と奴を見る。
見事に頭が真っ二つだ。
貫通した斧は先の木に刺さっていた。
「うっ、うぇ……くそっ」
恐怖と安堵でぐちゃぐちゃになる。
涙が止まらない。
寒いような熱いような。
なにか吐き出したいのに吐き出せない。
パキン。
今の音は、なんだ。
顔を上げる。
斧の刺さった木の先から、誰か近づいてくる。
影になって月明かりも遮られ、姿が見えない。
その人物は、闇からぬうっと手を伸ばすと、木に刺さった斧を抜き取った。
そして月明かりに照らし当て、斧と奴の頭だったものを見比べる。
そうしてやっと、わかった。
「父さん……」
その人物は、父。
勇者、ジェダ・イスカリオテだった。
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