転生勇者二世の苦悩

曇戸晴維

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第一章 少年は旅立つ

17.勇者の義務6

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 避けて、斬る。
 転がって、斬る。
 受けて、斬る。

 次第に手数は増えてくる。
 さすがに捌ききれない。

 そういえば、父はなにをしているのだろうか。

 ……父は、なぜ里林にいたんだ?

 宿屋に僕を迎えに来て、僕たちのことを残った冒険者に聞いて探しにきた?
 いや、これだけ里がやられているんだ。
 それなら襲撃に気付くはず――

「あ……」

 気付くと同時に僕は強烈な前足の一撃を食らって吹き飛ばされる。
 背中から打ち付けられ、呼吸ができない。
 それでも思考は止まらない。

 ドリーが言っていたじゃないか。
 僕が戦えるなら、里は守られた。

 ああ、そうか。

 父さんは里を見捨てて僕を助けに来たんだ。

 気付いたとき、絶望した。
 やっぱり僕のせいじゃないか。

 そう思ったら、体から力が抜けていった。
 周りにはまだ魔物がたくさんいる。
 少しずつ、少しずつ距離を詰めてくる。

 いやだ。
 全部、僕のせい?
 本当に僕のせいなのか?
 いやだ。
 僕のせいだとしても。
 いやだ。


 いやだ。
 死ぬのはいやだ。

 頭が真っ白になって、ずきずきと傷んで、何も考えられなくなった。
 脳裏に浮かんだのは母さんの姿だった。
 姿絵でしか知らない母さんの姿だった。
 記憶にない声で語りかける、母さんの姿だった。
 幻想の母さんは言う。
 これは、母さんの日記の後ろのほうに書いてあった言葉だ。
 それは未来の僕への手紙だった。
 
『まだ見ぬ愛しい我が子へ。
 
 やがてあなたにも死の恐怖に怯えるときが来るでしょう。
 まだ受け入れられぬと嘆くときが来るでしょう。
 人生に満足いかず、志半ばで倒れるとき、そんなときが私にもありました。
 病弱な私の体はあなたを授かることはおろか、この歳まで生きることすらできないはずだった。
 そんな折に、恩師から言葉を授かりました。
 あなたがもし、死の恐怖に打ち負けそうなとき。
 まだそのときではないというときは、この言葉を思い出しなさい。

 
 ――死は平等に訪れる。
 世界で唯一、平等なのは死だけである。
 生の長さは不平等で、濃さも、強さも、死に至る道のりさえも、不平等だ。
 逃れられない。付き纏い、従わせようとしてくる。
 逃れられない。忘れた頃に、やってくる。
 逃れられない。いつでも狙っている。どこでも狙っている。
 逃れられない。陰から、ケタケタと笑っている。

 だから、強い意志で、言ってやりなさい。
 訪れる死が、安寧ではなく恐怖ならば、言ってやりなさい。
 
 ――まだ、死なぬ。

 あなたの母、ルーアより』


 そうだ。
 まだ、死なぬ。

 目に映るのは無数の牙。
 その瞬間だった。

「少年!立て!こちらに来るんだ!」

 いつの間にそこにいたのか、綺麗な通る声がする。
 腕を掴まれ、なすがままに引き摺られていくと、先には人がたくさんいた。

「マスケッティア隊!撃て!」

 僕を引き摺ってきた人は、そういうと僕の頭を抱き込んでしゃがむ。
 途端に塞がれた耳でも聞こえるほどの大きな破裂音。
 そんなこともうどうでもよくて、僕は抱き込まれたまま、この人の柑橘のような爽やかな香りに包まれて、思ったんだ。
 
 僕は、助かったんだって。
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