異世界の叔父のところに就職します

まはぷる

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第二章

ただ今、開店準備中!

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「外壁は白を基調とした淡いクリーム色で! 壁紙は客の心を安らげる温暖系でまとめ! 陳列商品には細やかな解説書きのカード! 客に不安を与えないため金額明朗で見易い値札! パステルカラーをあしらったお洒落な看板――はまだ納品待ちだとしても!」

 店内でくるくると舞う男がひとり。

「ついに戻ってきた! 俺の店!」

 ぴたりと静止し、両腕を天に掲げたポーズを決めて叫ぶ。

 叔父の征司である。
 ちなみに今日は、中世騎士ふうの甲冑とクローズヘルメットを装備していた。
 軽快に踊る重騎士がシュールだった。

「叔父さん、テンション高いね」

「はっはっ! あとは秋人がガーデニングを始めると完璧だな!」

「なんでそんなにカトリーヌさん推しなのさ」

 あれから3日。
 廃墟一歩手前と化していた店舗も、ずいぶん見違えるようになった。

 何年も放置され、風雨に晒されるままだったくすんだ外壁は、きちんと補修もして塗装もやり直した。
 店内の掃除といらない荷物の撤去。内装の傷んだ箇所は修繕し、壁紙も一新した。

 突貫工事だったが、やる気に満ちた叔父の脅威の運動能力と、日本に戻ってホームセンターで買い揃えてきたDIYキットのコラボは素晴らしかった。

 さすがに商品まではまだ揃い切っていないが、再始動へ向けて着々と準備は進めている。
 あと数日もすれば、実際の開店まで漕ぎ着けるだろう。叔父が浮かれるのも無理はない。

「今朝、家出るときにスマホで確認したけど、革鎧が10セットは落札されてたよ。内3セットは即決金額で。今は全部で30万円くらい」

「お、幸先いいな! 30万――1セットが3万ゼンくらいなら仕入れ値でとんとんってとこか、まあまあかな」

 店を始めるにあたり、最低限の知識は習った。

 この世界でのお金の単位は『ゼン』といい、日本円とほぼ同価値で、1ゼン=1円くらい。
 これは叔父曰く、日本で一斤の食パンが400円としてこちらでも400ゼンくらいだから、との計算方法らしかったが――『ディスカウントのパンは100円くらいだし、ホテル食パンとかは倍以上はするけど』と問いかけたら答えてくれなかった。
 まあ、臨機応変で行こう。

 ゼンは硬貨が3種類で、それぞれ1ゼン硬貨、10ゼン硬貨、100ゼン硬貨。日本円と違い、5の付く硬貨はないらしい。
 紙幣は、千ゼン札、1万ゼン札、10万ゼン札の3種類で、もれなく勇者セージの肖像画付きだ。千ゼンの顔が右向き、1万ゼンが左向き、10万ゼンは正面向きとなっている。

 現状はネットでの売り上げを元手に、通販サイトで店に置く素材を吟味中だ。
 あくまでもこの世界に現存するものの類似品や、現存品で作成可能なものに限定するつもりで、あとは客のニーズに合わせていけばいい。

 スマホで注文をかけ、届いた荷物は運送屋の営業所に留め置き、1週間に一度のペースで日本に戻って回収に行く。まずはベターなプランだろう。
 街では電波が届かないので、家に帰ってからしか発注できないのが難点だが、ここだけはもうどうしようもない。

 ちなみに、往復4時間かけての徒歩通勤予定。
 遠距離通勤はきついが、日本の労務事情を考えると残業がないぶんだけそう悪くもないだろう。
 リィズさんの美味しいご飯、リオちゃんの癒しも考慮すると、メリットも多い。
 資金に余裕ができたら、オフロードの自転車でも欲しいものだ。

 日本で思い出したが――先日、一度向こうに帰ったのだが、結局、普通に買出しに行っただけでさっさと戻ってきてしまった。
 よくよく考えると、もっと『異世界からついに帰ってきたー』的な感動があってもよかったかもしれないが、『ちょっと所用があって帰りました』程度で終わってしまった。
 異世界ってこんな身近なものだっけ。
 ま、たったの1週間だったし、良しとしよう。

「叔父さんも今日は商品を用意してきたんでしょ? なにかいいものあった?」

 叔父は現地素材の調達担当。
 俺にとっては異世界なんてまだまだ未知の世界、そちらの分野は先達たる叔父にお任せである。

「ふっふっふ、いつ聞いてくるかと待ってたぜ。今日は初日だったんで、ちょおーっと、張り切っちまったぜ?」

 叔父が不敵にほくそ笑む。
 すごくダンディな雰囲気を醸し出しているつもりのようだったが、顔まで覆うヘルメットのせいでどうにも不気味なだけだった。

 さておき。
 叔父に先導されて、店の倉庫に移動した。

 裏口の脇に別棟として設置されている小さな倉庫だが、店からも軒下伝いで行き来しやすく、裏口から直接物を運び込めるので重宝する。
 特に叔父が目立たなく利用できるのがありがたい。

「さあ、刮目せよ!」

「おお――」

 叔父の威勢のいい掛け声に乗せられて、歓声を上げてみた。

「まずはサーベルウルフ! 毛並みの美しい毛皮も珍重されるが、その長い牙は工芸品の素材として最適!」

 血みどろの狼っぽいものが絶命し、だらんと四肢を投げ出していた。

「次にバーサークボア! 硬い蹄は工具の材料になり、肝は煎じて薬にもなる!」

 首がない猪だった。
 なんかもう、筆舌しがたいほどにどろどろだった。

「最後の目玉! レッドグリズリー! 光沢があり加工しやすい爪は装飾品に使われ、掌は日本と同じく珍味とされる、密かな人気だ!」

 目玉品だけに、本当に眼球がでろんと飛び出した大熊だった。

 あとその他、似たような惨状のものが諸々。

 床に無造作に放置された戦利品――というか死骸の山を前に、叔父は大いにドヤっていた。

「どうだっ!?」

 どうだ、ではなく。

「とりあえず生は止めよう!? ね!? お願いだから!」

 必死に言い含める。
 ここが分水嶺だ。ここで舵取りを間違うと、取り返しが付かなくなる。処理場まっしぐらになりかねない。

「丸ごとじゃなくって、必要な部位だけでいいじゃない! 貴重そうなのは伝わったけど、保管する場所もないのに生ものはダメでしょう! 悪臭騒ぎにでもなったら、いきなり営業停止だよ!?」

 現状でも充分に生臭くはあったが。

「むう。悔しいが、言われてみればやりすぎた感はあるな……なかなか活きのいい魔獣だったんだが」

(魔獣なんだ)

 ここでさすがという言葉は気分的に使いたくなかったが、それでもさすがだった。
 今回は見なかったことにして、やはり叔父は最適だった。
 ちょっと出かけて、これだけの魔獣を狩ってこれる人物が、この異世界にどれだけいるのだろう。

 意気込みすぎて方向性さえ見失わなければ、この上なく頼りになる。意気込みすぎなければ。大事なので二度言っておく。

「ところでこれ、どうやって運んできたの?」

「下から大きい順に重ねてだな。人目につかないよう、まだ薄暗いうちから裏通りをこう……ずるずると引き摺ってだな」

 前言を撤回したくなった。

 薄暗闇の中、血塗れの魔獣の山を引き摺る重騎士の図。
 ホラーだ。いや、スプラッターか。
 どこかで見られて都市伝説でも生まれてないといいけれど。

「冷蔵庫もないことだし、勿体無いが要る部分だけ回収して、残りは処分するしかないか」

「うんうん、それがいいよね」

「……肉屋で買い取ってくれねーかな……?」

 不穏な呟きは聞こえないことにした。
 食べられるのかもしれないけど、衛生面からして問題がありすぎる気がする。

 もしや、この感性のほうが異世界では多数派なのか。そうではないと信じたい。

 ふたりでいそいそと倉庫を証拠隠滅――もとい、後片付けする。
 予想外のごたごたはあったけど、貴重な商品が増えたことには違いなかった。

 呆れたり、喜んだり、怒ったり、驚いたり――まったく以って忙しないことだが、こういったもの全部含めて、なにかを作り始めているという実感はたしかにある。
 学生としてありふれた生活を送っていたとき、これほど起伏に富み、充実した時間はあっただろうか、と思う。
 そう考えると、なんだか嬉しくなってきた。

「なんだよ、にやけて。気持ちの悪い」

「人がせっかく感慨に浸っているってのに、気持ち悪いってひどくない?」

 なにはともあれ、順調に新装開店準備中である。
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