異世界の叔父のところに就職します

まはぷる

文字の大きさ
133 / 184
第九章

脱出と帰還

しおりを挟む
 フェブの部屋の天窓に取り付いたまま待つこと2時間余り――
 ふたりが連れ立って退室したことを確認し、ようやく一息吐くことができた。

 ずっと蛙のような姿勢のままで長時間を過ごし、すっかり身体が固まってしまった。
 途中で何度か離れようと思ったのだが、隙を窺おうと部屋にいた騎士ふうの男を確認するたび、なにやら独特の存在感を覚えて動きを躊躇い、断念せざるを得なかった。
 あれが騎士の纏う風格というものかもしれない。

 もしや頭上に潜むの存在に気づき、威嚇されていたのかも――とは考えすぎだと信じたい。

 立ち上がって腰を伸ばすことはできないので、四つん這いのまま動かせる範囲でできるだけストレッチをして、身体の節々を解した。

(それにしても……盗み聞きするつもりはなかったけど、魔族かぁ……)

 ラスクラウドゥさんを筆頭とする魔族が一枚岩でないのは知っている。
 先のカルディナ襲撃の際のカストゥラとかいう中級魔族がいい例だ。
 最近でもまた噂話に小規模ながら、各地で暗躍する魔族の存在は聞き及んでいた。実際に襲われた村があることも。

 正直なところ、カルディナの街での一件を体験したとはいえ、喉下過ぎればなんとやら、魔族のことは対岸の火事か外国のニュースくらいの印象しかなかった。
 だから、常日頃から危険に備えているかと問われるとそうではない。
 反省すべき点ではあるだろうが、平和な日常の中にいてはどうしてもそういった感覚が鈍ってくる。

 それだけに、眼下で交わされていた生々しい話が衝撃的だった。
 家に戻ったら、叔父にも相談しておいたほうがいいかもしれない。

 そのためにも、今は脱出が先決だろう。

 フェブが部屋に残ってくれるとありがたかったのだが、叶わないどころか帰ってくる気配もない。
 退室する足元がふらついていたので、どうにも眠そうに見えたのだが、もしかしたら正式な寝室はまた別の部屋なのかもしれない。

 天はまだ無様なヤモリ姿をご所望らしい。

(よし、少しはマシになった。行くか!)

 入念にストレッチを済ませて、気合を入れる。

 不幸中の幸いというか、それ以降は特に問題もなく、屋根伝いに城の敷地外まで脱出することができた。

 夜闇に浮かぶ城のシルエットの端に、囚われていた尖塔が見える。
 直線距離なら大したことないが、ずいぶん苦労したものだ。

 ここからは地続きの建物がないため、地面を歩くことになる。
 夜道でも星明かりで移動しやすいが、同時に発見されやすい懸念もある。
 物陰から物陰へ、細心の注意を払いながら進むことにした。

 ただし、結果的には杞憂に終わった。
 城郭都市ということもあり、そもそも都市内での警戒心は薄いらしい。
 あって、たまに巡回する兵士の掲げるランプの明かりが見える程度、それだけだ。

 特に貴族の居住区は楽だった。
 貴族というと、夜な夜な開かれる社交界で享楽に更けるイメージだったが、意外に健康的な生活で夜に起きている習慣がないらしい。
 窓の明かりが灯っている屋敷はほとんどなく、人通りもまったくない。
 そのおかげもあって、風の精霊さんにより足音も隠されている俺の存在に気づく者はいなかった。

 最後の関門である貴族と一般市民の居住区を隔てる石壁も、飛ぶ相手には意味を成さない。
 これまた精霊さんの力を借りて、夜の闇に紛れて難なく乗り越えられた。

 そこから先はまだ人通りがあったため、何食わぬ顔で人混みに紛れ込むことができた。
 都市入り口近くの商工業区まで戻ってくると、それまでとは打って変わり、市街は夜間にもかかわらず実に賑やかなものだった。
 特に裏通りが繁盛しているようで、まだまだ宵の口とばかりに喧騒が響いている。

 とりあえず夜を明かすため、呼び込みの声をかわしつつ、少しでも馴染みのある『夕霧の宿屋』へと向かうことにした。

 今朝方、ペシルとパニムの双子はカルディナの街に戻ったそうなので会うことはないだろうが、なにせ城で荷物を取られたままだ。
 リュックの中には財布も一緒で――つまり現状で金がない。
 双子の顔見知りを盾に取り、恥を忍んでツケにしてもらう気満々だった。我ながら情けないが仕方もない。

 目的の宿屋に着き、開き直って扉を潜ると――

「ようこそ、夕霧の宿屋へ!」
「ようこそ、双子の宿屋へ!」
「「いらっしゃいませー!」」

 出迎えたのは陽気な双子。
 ツインテールに膝まであるチェニックと格好は異なるものの、昨夜の焼き増しとばかりの光景だった。

 正直なところ否定しつつも、何故だかいるような気はしていたのだが、まさか本当にいるとは。

「やや、またアキトだー」
「ほんとだアキトだ、昨夜ぶりー」
「「お客だったらアキトでも大歓迎さ!」」

(でも、ってどういう意味だろう……)

 双子にわいわいと両脇から挟まれる。

 ふたりを見下ろしていると、どこがどうとはいえないが、また昨夜のような違和感を感じた。これはいったいなんだろう?

 それより今は、双子に告げないといけないことがある。
 どんな反応があるか、半ば予想できるだけに恐ろしい。

「あの~……ごめん、今日はお金ないんだけど」

「……」
「……」
「「…………」」

 うん、おかしい表現だけど、双子の冷たい視線が熱かった。

「でも、アキトって領主のお城に行ったんじゃないのー?」
「そうだよ、普通はお土産いっぱいのはずでしょー?」
「なのに、なんでお金がなくなるの?」
「普通は逆じゃないのー?」
「これはあれだね」
「あれかも」
「「犯罪的なことして捕まっちゃってたとか!」」

 実際、それに近いだけに反論できない。

 どう説明したものか口ごもっていると、顔を見合わせた双子に、問答無用で昨日の別室に連行された。

「言い逃れはできないよー?」
「無駄な抵抗だよー?」
「「さあ、吐けや」」

「わかりました……」

 気分的には刑事ドラマの取調室のようだ。
 もちろん、双子が刑事で、俺が容疑者役なんだけど。

 こうなっては、言い逃れしようにも許してもらなさそうなので、これまでの経緯を掻い摘んで話すことにした。

「――というわけで、逃げてきたんだけど」

 説明し終わると、またもや顔を見合わせた双子はこちらに背を向けてしゃがみ込み、なにやら密談を始めた。

「……まずいねー」
「……まずいよね」

 そんな言葉が聞こえてきたので、俺も同じようにしゃがんで輪に加わり、つい口を挟んでしまった。

「やっぱり、勝手に抜け出てきたのは、まずかったかな……?」

 じろりと振り向いた双子の半眼が怖い。
 まったく同じタイミングで、双子がゆらりと立ち上がる。

 双子は年相応に小柄で、身長は俺の胸までもないが、見上げた双子はやたらと大きく感じられた。

「戻ったほうがいいんじゃないかな?」
「戻ったほうがいいと思うよ?」
「「ってか、さっさと戻れ!」」

「ええー!?」

 怒涛の横綱張りの連続突っ張りを喰らい、宿屋の入り口まで押し戻されると、とどめに左右から尻を蹴られて追い出されてしまった。

「戻れって、今から……? あの牢屋に……?」

 路上に投げ出された格好のまま、呆然と呟くしかない。

 夜間には都市の跳ね橋が上げられており、外にも出れない。
 先立つものがない今、こうなっては行く当てがない。

 皮肉にも、夜空の彼方に星明りに浮かぶ城の尖塔が見える。

 今から城に戻るのは危険だし、時間もかかる。
 わざわざそんなことをするメリットがない。
 そもそも双子の言い分を鵜呑みにする必要もない。

 ないのだが――

 心中で反論しつつも、いつしか必死に来た道を戻っていた。
 確たる理由があってのことではなく、今更ながらそっちのほうがいいと何故か思えて仕方がなかった。

 戻りの行程は行きに比べてはるかに険しく、来たときの倍の時間がかかったが――なんとか日付が変わる前までには尖塔に辿り着き、疲れ果ててそのままベッドに倒れ込んで寝てしまったのだった。
しおりを挟む
感想 19

あなたにおすすめの小説

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

レベルを上げて通販で殴る~囮にされて落とし穴に落とされたが大幅レベルアップしてざまぁする。危険な封印ダンジョンも俺にかかればちょろいもんさ~

喰寝丸太
ファンタジー
異世界に転移した山田(やまだ) 無二(むに)はポーターの仕事をして早6年。 おっさんになってからも、冒険者になれずくすぶっていた。 ある日、モンスター無限増殖装置を誤って作動させたパーティは無二を囮にして逃げ出す。 落とし穴にも落とされ絶体絶命の無二。 機転を利かせ助かるも、そこはダンジョンボスの扉の前。 覚悟を決めてボスに挑む無二。 通販能力でからくも勝利する。 そして、ダンジョンコアの魔力を吸出し大幅レベルアップ。 アンデッドには聖水代わりに殺菌剤、光魔法代わりに紫外線ライト。 霧のモンスターには掃除機が大活躍。 異世界モンスターを現代製品の通販で殴る快進撃が始まった。 カクヨム、小説家になろう、アルファポリスに掲載しております。

特に呼ばれた記憶は無いが、異世界に来てサーセン。

黄玉八重
ファンタジー
水無月宗八は意識を取り戻した。 そこは誰もいない大きい部屋で、どうやら異世界召喚に遭ったようだ。 しかし姫様が「ようこそ!」って出迎えてくれないわ、不審者扱いされるわ、勇者は1ヶ月前に旅立ってらしいし、じゃあ俺は何で召喚されたの? 優しい水の国アスペラルダの方々に触れながら、 冒険者家業で地力を付けながら、 訪れた異世界に潜む問題に自分で飛び込んでいく。 勇者ではありません。 召喚されたのかも迷い込んだのかもわかりません。 でも、優しい異世界への恩返しになれば・・・。

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

異世界に転移した僕、外れスキルだと思っていた【互換】と【HP100】の組み合わせで最強になる

名無し
ファンタジー
突如、異世界へと召喚された来栖海翔。自分以外にも転移してきた者たちが数百人おり、神父と召喚士から並ぶように指示されてスキルを付与されるが、それはいずれもパッとしなさそうな【互換】と【HP100】という二つのスキルだった。召喚士から外れ認定され、当たりスキル持ちの右列ではなく、外れスキル持ちの左列のほうに並ばされる来栖。だが、それらは組み合わせることによって最強のスキルとなるものであり、来栖は何もない状態から見る見る成り上がっていくことになる。

優の異世界ごはん日記

風待 結
ファンタジー
月森優はちょっと料理が得意な普通の高校生。 ある日、帰り道で謎の光に包まれて見知らぬ森に転移してしまう。 未知の世界で飢えと恐怖に直面した優は、弓使いの少女・リナと出会う。 彼女の導きで村へ向かう道中、優は「料理のスキル」がこの世界でも通用すると気づく。 モンスターの肉や珍しい食材を使い、異世界で新たな居場所を作る冒険が始まる。

人生初めての旅先が異世界でした!? ~ 元の世界へ帰る方法探して異世界めぐり、家に帰るまでが旅行です。~(仮)

葵セナ
ファンタジー
 主人公 39歳フリーターが、初めての旅行に行こうと家を出たら何故か森の中?  管理神(神様)のミスで、異世界転移し見知らぬ森の中に…  不思議と持っていた一枚の紙を読み、元の世界に帰る方法を探して、異世界での冒険の始まり。   曖昧で、都合の良い魔法とスキルでを使い、異世界での冒険旅行? いったいどうなる!  ありがちな異世界物語と思いますが、暖かい目で見てやってください。  初めての作品なので誤字 脱字などおかしな所が出て来るかと思いますが、御容赦ください。(気が付けば修正していきます。)  ステータスも何処かで見たことあるような、似たり寄ったりの表示になっているかと思いますがどうか御容赦ください。よろしくお願いします。

処理中です...