異世界の叔父のところに就職します

まはぷる

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第九章

騎士団長

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 灯りの落ちた城内を、ベルデン騎士団団長、カーティス・パッツォはひとり巡回していた。

 巡回任務は下級兵士の仕事だが、任務とは別に彼は考え事があるときなど、こうして城内を巡回することが多かった。
 人気の失せた石造りの城内は冷ややかで薄ら寒いほどだが、それが身体を程よく緊張させ、思考を怜悧にしてくれる。

 主君であり領主であるアールズ伯がベルデンを離れてから、およそ1ヵ月――つまり、カルディナの街が魔族による襲撃を受けてからの同期間、彼は夜間に出歩く回数が増えている。

 思考を占めるのは、やはり魔族のことだ。
 勇者の手により、魔族の王である魔王が討たれてから6年余り。当初は、魔王が代替わりするまでの束の間の平穏と思われていたが、それ以降の魔族の侵攻はぱったりと止まってしまい、あたかも戦争が終結したとばかりの世情となっていた。人間側の勝利として。

 しかし、王室をはじめとした首脳部の統治者側としては、とても楽観視できる状況ではなかった。
 なにせ、圧倒的に不利な戦況下での単独による魔王の討伐という、降って湧いたような王取り合戦に勝利しただけで、国として人間が魔族に勝利したわけではない。
 人類を存続の危機的状況まで追い込んだ魔族側の勢力は今以て健在のはず。再度の戦争は、今度こそ国の滅亡に直結しかねない。

 そう不安視されたまま、すでに幾数年も経過したこの点について、理由こそ不明なものの魔族側でなんらかの干渉が行なわれていると結論づけられている。

 ただし、そんな人間側にとって都合のいい状況が、いつまでも続くとは限らない。
 現に魔族関連の被害は、小規模ながらも常に起こり、年を重ねるごとに増加傾向にある。

 今回のカルディナ襲撃に至っては、実に6年ぶりとなる魔族の本格的な軍事行動だった。
 新魔王即位の噂も、領民の間でまことしやかに囁かれている。

 なにかが着実に動き始めている――そう感じているのはカーティスばかりではない。

 ただでさえ、最近はこのベルデンの城内ですら、よからぬ空気や濁った思念のようなものを感じることがある。
 カルディナ襲撃から始まり、領主不在の中、ガレシア村の魔族の影――嫌な流れだ。

 今日に至っては、あの勇者の甥と思しき若者の訪問だ。
 あの若者自身には、別段、悪意らしきものは感じなかった。特別な力を有しているようにも見えない。
 勇者の血族であるかの真偽は別として、多少の知恵は回る程度の、ごく普通の若者としか印象はない。

 そもそも若のほうから情報を掴み、呼び寄せたとは聞き及んでいるが、なにぶん間が悪かった。

 時期が重なったのは単なる偶々かもしれないが、カーティスの持論として物事が重なるのは偶然ではない。
 なるべくしてなるもの。多くは何者かの意志が介在し、意図して行なわれるものだ。

 本人が一般人であろうとも、勇者の甥という肩書は、あらゆる方面で特別な意味を持つ。

 自覚はなくとも、この時期にこの場所にいること自体、すでになにかの思惑に巻き込まれている可能性は否定できない。
 そう考え、若との対談の様子を密かに窺っていたのだが――不敬でも若が例の発作を起こしたのは好都合だった。

 念のため投獄しておくことで、若者自身の安全の確保と、不可視の第三者の思惑を封じることができた。

 もちろん、すべては懸念で第三者の存在などないことが一番いい。
 そのときには、素直に若者に非礼を詫びるつもりでいた。

 だが、カーティスには疑念ではなく確信に近いものがある。
 いささか実戦とは離れてしまったが、カーティスはかつて戦場を渡り歩く際に培った経験則や勘がある。
 武力や武運も必要不可欠だが、そういったものがなければ戦場ではとても生き残れない。
 その勘が、えもいわれぬ胡散臭さのようなものをカーティスに訴えかけていた。

 かつて何度も味わった、悪意に満ちた思惑に翻弄されるかのような感覚。
 それには覚えがある。忘れたくとも決して忘れられない、とある魔族が髣髴とさせられる。
 ベルデン、いや、アールズ家にとっての宿敵、憎っくき怨敵。かの『合わせ鏡の悪魔』に対峙したときのような――

 ふと、カーティスの視界の先の通路を横切る小柄な人影が見えた。

 時刻は深夜。
 出歩くのは巡回する兵くらいのものだ。

 カーティスは思考を打ち切り、腰に下げた大剣の剣柄に手をかけた。
 いつでも抜剣できるように、やや前傾に構えたまま音もなく足を滑らせて、通路の曲がり角へと駆け込んだ。

 追跡は察知されていたようで、曲がった先ではその人影が立ち止まり、悠然と待ち構えていた。

 ここで出会うには、いささか意外な人物だった。
 カーティスが抜きかけていた剣を鞘に納め、歩み寄った瞬間――

「――――!?」

 下腹部の辺りを、熱い衝撃が貫いた。
 刺されたと気づいたのは、冷たい床に横たわってからだ。

 傷は浅く出血量は多くないはずだが、熱が傷口から急速に失われ、床の温度と同化していくように感じられた。

 悪魔の笑い声が聞こえたような気がして――カーティスの意識は闇に呑まれた。
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