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第九章

勇者と御曹司 3

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 彼らの不幸は、なまじ騎士として厳しい修練を積んでいたことだろう。
 未曾有の脅威に、騎士たちはほぼ反射行動のようなもので、武器を構えて叔父に殺到していた。

 同時に、血の雨ならぬ人の雨が降る。

 叔父は無手。だからと言って無力とは程遠い。
 幼少の頃から祖父に叩き込まれたと聞いている柔術は健在だった。

 柔よく剛を制すという言葉がある。
 本来なら力の劣る者が、相手の剛力を利用して叩き伏せることを指すが、そもそも地力で叔父のほうが圧倒していた。

 結果として、完全武装の騎士たちが、盛大に空を舞うことになる。

 こうなってしまえば、全身を覆う鎧など、ただの重い金属の塊でしかない。
 増した自重で強かに大地に叩きつけられる衝撃とは、いかばかりのものか。
 皆一様に悶絶して、そのダメージから復帰できる者はほとんどいない。

 まれに辛うじて起き上がれた者がいても、さらにもう一度空を飛べるご優待付きだ。

 ほんの僅かな時間で、100人いた騎士は瞬く間にその数を減らし、地面に転がって呻き声と無残な体を晒すばかりとなった。

「お~、ぱぱー、かっくいいー!」

 この騒動でさすがのリオちゃんも完全に目が覚めたようで、ダナンに抱き抱えられたまま、無邪気にぱちぱちと手を叩いていた。

「…………」

 こちらに背中を向けた叔父が真横に腕を突き出し、親指を立てる。

(叔父さん、デレてる……)

 ほんのり色づいた耳と、霧散した闘志で丸分かりだったりする。

 最後の騎士が、よりいっそう高々と宙を舞い――騎士団はあえなく全滅した。

「そ、そんな……我がベルデン騎士団の精鋭が、こうもあっさりと……」

 残されたダナンの顔面は蒼白だ。
 リオちゃんを抱える腕も、ぷるぷると震えている。

 その時点でようやく自分が見知らぬおっさんに抱かれていることに気づいたリオちゃんは――腕の中で器用に身体をくるりと反転させると、ダナンの顔面を両手の爪でばりばりと往復して引っ掻いた。
 悲鳴を上げて脱力したダナンの腕からするりと抜け出して俺の背後に身を隠すと、顔だけ覗かせて「べー!」と舌を出していた。

「さて……」

 叔父は肩をこりこりと鳴らしてから、茫然自失に蹲るフェブのもとに歩み寄った。

「どうして……どうして、こんなことをするんですか? これじゃあ、魔族を倒せない……」

「はっきり言うがよ。あのまま行けば、おめーは死んでたぞ?」

「そんな、ボクの命なんて……! 連中を倒せるのなら――」

「こら」

 ずびしっ。

「――あ痛!」

 叔父の放ったデコピンが、フェブに炸裂していた。

「おめーがそれを言ったらいけねえな。それじゃあ、あの人たちがあまりにも浮かばれない」

「……あの人?」

「『黎明の勇者』フェレストとメルティ――つまりはお前の親御さんだ」

「……え?」

 フェブが反射的に叔父を見上げた。

 叔父は屈み込んで視線の高さを合わせると、打って変わった優しげな目を向けていた。

「勇者は他人のために命をかけるって言ってたな? そいつは、親父さんたちのことを言ってんだろ? 確かに親父さんたちは人のために戦い、結果的に命を落とした。だがな、それは顔も知らない他人のためじゃない」

 フェブは瞬きもせずに、叔父の話の一言一句に耳を傾けていた。

「俺が一緒のパーティにいたとき、あの人たちが話すのは、息子のお前のことばっかでよ。やれ、パパママと喋っただの、ようやく歩けるようになっただの、そりゃあもう一挙手一投足が嬉しそうでな。いつも言ってたぜ、自分たちが領地をじっさまに任せて前線に出るようになったのは、そのほうが早く戦争を終わらせられるからだとよ。自分たちの息子に、少しでも早く平和な世界をプレゼントしてやりたい……そう言ってた」

 叔父はリオちゃんにちらりと視線を向ける。

「そんときは俺もぴんと来なかったが、こうして親になって初めてわかったものさ。我が子は自分の命を賭す価値がある。あの人たちもこんな気持ちだったんだなーってな。だから、そのお前が自分の命を軽視することは言っちゃなんねーよ」

 叔父がフェブの頭にぽんっと手を置くと、すすり泣く声が聞こえてきた。

 フェブは人目も憚らずに年相応の表情で……両親を偲んで泣いていた。

 そんな様子を、ダナンが地面に胡坐をかいて座ったまま、ぼんやりと眺めている。

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