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第九章
勇者と御曹司 2
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「は?」
「……え? どうしてでしょうか? 勇者さま?」
もっとも衝撃を受けていたのはフェブだった。
愕然とするあまりか、足元がふらついている。
「あ、ああ、そうか……説明不足でしたね。そうだ、ボクったら、気ばっかり逸ってしまって……実は、サレブ地方のガレシア村の方々が、魔族の被害を受けてるんです。困ってるんです。だから魔族を倒さないと」
「理由はわかった。だが、断わらせてもらう」
「え? え? でも、人々が困ってるんですよ? 勇者さまは、勇者なんですよね……? あまねく人々を助けてくれるのが勇者のはずなのに……どうして?」
叔父は嘆息というよりも、深呼吸するほどに大きく息を吐いていた。
「いいか、坊主。勇者ってのも人間だ。身内のためなら命を掛けよう。知人のためなら尽力しよう。目に見える範囲の者が困っていたら、そりゃあ助けるさ。でも、人類すべてを助けようとか、助けられると思っている奴――そういうのは現実が見えていない、ただの夢想家だな」
「嘘だ……勇者さまは、魔族を倒して人々を助ける……そんな尊い方でしょう? 魔族は倒さないと! 殺さないといけないのに! あうっ!?」
叔父が左手で手荒くフェブの襟首を掴んで持ち上げた。
その豪腕に、フェブの軽い身体が容易に宙に浮く。
完全に足が離れており、首もとの一点に全体重がかかり、フェブが苦しそうに荒い息を吐いた。
雲行きが怪しい。
「リオちゃん、リオちゃん、起きて」
さすがにリオちゃんを寝せたままにはしておけず、揺さぶって起こし、どうにか自力で立たせた。
「あうー。おあよー」
大欠伸のリオちゃんの頭を撫でる。
目覚めたら大勢の騎士に取り囲まれている状況だが、幸いリオちゃんはまだ寝ぼけているらしく、大人しくしてくれた。
しっかりと手を繋いで、成り行きを見守る。
「よく考えろ。フェブラント・アールズ。そもそも今回の出征は、本当に領民のことを思ってか?」
「も、もちろんです……」
「では、問おう。出征で魔族との戦闘になったとして……勝つにしろ、負けるにしろ、その後のことはどう考える? 騎士団を動員しての戦闘は、冒険者と魔族の遭遇戦などとはわけが違う、れっきとした戦争だ。これがさらなる戦の火種になるとは考えなかったのか?」
「そ、それこそ……それこそ、勇者さまがいらっしゃれば……」
「そこがまず大きな勘違いだ。確かに俺は魔王を倒した。だが、魔族という種族に勝ったわけじゃない。俺が戦場に出れば、その戦では勝てるかもしれん。仮に10ある戦場の中で1の必勝を得たとしても、残り9で負けていればそれがなんだというんだ?」
「でも、だからと、領民を見捨てるわけには……」
「じっさまなら、そんな判断は下さない。大規模戦闘は最終手段だ。まだやれることはあるはずだ。どうして、そう結果を急いだ? 坊主のそれはただの私怨だ。魔族憎さに、領主としての目が曇ってしまってる」
「…………」
フェブの反論が止む。
完全に勇者の威圧に呑まれていた騎士たちだったが、そのときになってようやく我に返ったようだ。
「お、恐れながら勇者殿! その手をお放しめされい!」
主家の危機に、勇敢な騎士のひとりが叔父に槍を向けた。
震える穂先が、屈強なはずの騎士の心情を物語っている。勇者とは、それだけ畏怖すべき存在なのだろう。
叔父は応じず、真っ向からフェブを見つめたまま動かない。
「ゆ、勇者殿……! 聞いておられますか? 勇者殿! 勇者殿――!」
警告に応じない叔父に、騎士は決死の覚悟とも取れる勢いで槍を突き出した。
しかし、槍は叔父の身体に達する寸前で右手で受け止められており、びくともしていない。
騎士が懸命に槍を押しても引いても、微動だにしなかった。
「――勇者殿!!」
業を煮やした騎士が、渾身の力で槍ごと体当たりしてくるのを叔父は手首の捻りだけで絡め取り、相手の身体ごと頭上に高々と持ち上げた。
そして、そのまま豪快に叩き落とす――
「ぐあっ!」
総重量で数十キロもありそうな鎧を纏った騎士は、落下に加えた自重で地面に衝突して悶絶した。
明らかな敵対行動に、唖然としていた騎士たちも即座に武器を構える。
「勇者殿、御免!」
数人の騎士が斬りかかったが、叔父はフェブを持ち上げたまま、片手でその攻撃すべてを捌いていた。
同じ動画をリピート再生するように、襲いかかった騎士たちは宙を舞い、先の騎士と同じ道を辿っている。
「おのれっ……!」
焦ったのは副団長のダナンだ。
目論見が外れたのか、必死の形相で叔父を睨みつけていた。
とはいえ、突っ込めば同じ末路になることは自明で、悔しそうに地団太を踏んでいる。
俺とリオちゃんは少し離れていた位置で状況を窺っていたが、不意にダナンと目が合った。
にやり、とダナンの容貌が歪む。
「退けいっ!」
ダナンが剣を振り上げながら、突っ込んできた。
「うわっ!?」
突進自体は間一髪で避けられたが、弾みでリオちゃんと繋いでいた手が離れてしまった。
リオちゃんはいまだに寝ぼけたままだ。
俺という支えをなくしてすとんと地面に座り込んだところに、ダナンが駆け寄ってその小さな体躯を抱き上げ――高々と歓喜の声を上げた。
「見よっ、勇者殿! 大人しく我らの言うことを聞かねば――」
「ダメぇ! それ一番の悪手だからー!」
叫んだときには遅かった。
叔父の背後から澱んだオーラが噴出していた。
そこにいたのは勇者ではなく――魔王の降臨だった。
「……え? どうしてでしょうか? 勇者さま?」
もっとも衝撃を受けていたのはフェブだった。
愕然とするあまりか、足元がふらついている。
「あ、ああ、そうか……説明不足でしたね。そうだ、ボクったら、気ばっかり逸ってしまって……実は、サレブ地方のガレシア村の方々が、魔族の被害を受けてるんです。困ってるんです。だから魔族を倒さないと」
「理由はわかった。だが、断わらせてもらう」
「え? え? でも、人々が困ってるんですよ? 勇者さまは、勇者なんですよね……? あまねく人々を助けてくれるのが勇者のはずなのに……どうして?」
叔父は嘆息というよりも、深呼吸するほどに大きく息を吐いていた。
「いいか、坊主。勇者ってのも人間だ。身内のためなら命を掛けよう。知人のためなら尽力しよう。目に見える範囲の者が困っていたら、そりゃあ助けるさ。でも、人類すべてを助けようとか、助けられると思っている奴――そういうのは現実が見えていない、ただの夢想家だな」
「嘘だ……勇者さまは、魔族を倒して人々を助ける……そんな尊い方でしょう? 魔族は倒さないと! 殺さないといけないのに! あうっ!?」
叔父が左手で手荒くフェブの襟首を掴んで持ち上げた。
その豪腕に、フェブの軽い身体が容易に宙に浮く。
完全に足が離れており、首もとの一点に全体重がかかり、フェブが苦しそうに荒い息を吐いた。
雲行きが怪しい。
「リオちゃん、リオちゃん、起きて」
さすがにリオちゃんを寝せたままにはしておけず、揺さぶって起こし、どうにか自力で立たせた。
「あうー。おあよー」
大欠伸のリオちゃんの頭を撫でる。
目覚めたら大勢の騎士に取り囲まれている状況だが、幸いリオちゃんはまだ寝ぼけているらしく、大人しくしてくれた。
しっかりと手を繋いで、成り行きを見守る。
「よく考えろ。フェブラント・アールズ。そもそも今回の出征は、本当に領民のことを思ってか?」
「も、もちろんです……」
「では、問おう。出征で魔族との戦闘になったとして……勝つにしろ、負けるにしろ、その後のことはどう考える? 騎士団を動員しての戦闘は、冒険者と魔族の遭遇戦などとはわけが違う、れっきとした戦争だ。これがさらなる戦の火種になるとは考えなかったのか?」
「そ、それこそ……それこそ、勇者さまがいらっしゃれば……」
「そこがまず大きな勘違いだ。確かに俺は魔王を倒した。だが、魔族という種族に勝ったわけじゃない。俺が戦場に出れば、その戦では勝てるかもしれん。仮に10ある戦場の中で1の必勝を得たとしても、残り9で負けていればそれがなんだというんだ?」
「でも、だからと、領民を見捨てるわけには……」
「じっさまなら、そんな判断は下さない。大規模戦闘は最終手段だ。まだやれることはあるはずだ。どうして、そう結果を急いだ? 坊主のそれはただの私怨だ。魔族憎さに、領主としての目が曇ってしまってる」
「…………」
フェブの反論が止む。
完全に勇者の威圧に呑まれていた騎士たちだったが、そのときになってようやく我に返ったようだ。
「お、恐れながら勇者殿! その手をお放しめされい!」
主家の危機に、勇敢な騎士のひとりが叔父に槍を向けた。
震える穂先が、屈強なはずの騎士の心情を物語っている。勇者とは、それだけ畏怖すべき存在なのだろう。
叔父は応じず、真っ向からフェブを見つめたまま動かない。
「ゆ、勇者殿……! 聞いておられますか? 勇者殿! 勇者殿――!」
警告に応じない叔父に、騎士は決死の覚悟とも取れる勢いで槍を突き出した。
しかし、槍は叔父の身体に達する寸前で右手で受け止められており、びくともしていない。
騎士が懸命に槍を押しても引いても、微動だにしなかった。
「――勇者殿!!」
業を煮やした騎士が、渾身の力で槍ごと体当たりしてくるのを叔父は手首の捻りだけで絡め取り、相手の身体ごと頭上に高々と持ち上げた。
そして、そのまま豪快に叩き落とす――
「ぐあっ!」
総重量で数十キロもありそうな鎧を纏った騎士は、落下に加えた自重で地面に衝突して悶絶した。
明らかな敵対行動に、唖然としていた騎士たちも即座に武器を構える。
「勇者殿、御免!」
数人の騎士が斬りかかったが、叔父はフェブを持ち上げたまま、片手でその攻撃すべてを捌いていた。
同じ動画をリピート再生するように、襲いかかった騎士たちは宙を舞い、先の騎士と同じ道を辿っている。
「おのれっ……!」
焦ったのは副団長のダナンだ。
目論見が外れたのか、必死の形相で叔父を睨みつけていた。
とはいえ、突っ込めば同じ末路になることは自明で、悔しそうに地団太を踏んでいる。
俺とリオちゃんは少し離れていた位置で状況を窺っていたが、不意にダナンと目が合った。
にやり、とダナンの容貌が歪む。
「退けいっ!」
ダナンが剣を振り上げながら、突っ込んできた。
「うわっ!?」
突進自体は間一髪で避けられたが、弾みでリオちゃんと繋いでいた手が離れてしまった。
リオちゃんはいまだに寝ぼけたままだ。
俺という支えをなくしてすとんと地面に座り込んだところに、ダナンが駆け寄ってその小さな体躯を抱き上げ――高々と歓喜の声を上げた。
「見よっ、勇者殿! 大人しく我らの言うことを聞かねば――」
「ダメぇ! それ一番の悪手だからー!」
叫んだときには遅かった。
叔父の背後から澱んだオーラが噴出していた。
そこにいたのは勇者ではなく――魔王の降臨だった。
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