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第九章
勇者と御曹司 1
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「フェブがどうしてここに……?」
「アキトさまこそ。ここはどこなのです、ダナン? 説明してください」
不思議そうな顔のフェブは、どうも事情を把握していないらしい。
「申し訳ありませんな、若さま。事が事だけに露見しては問題かと思い、自身の判断で黙っておりました。お許しください。さあ、まずはお手を」
ダナンは馬から降り、フェブにも下馬を促した。
「ここはかの勇者、セージ殿の住居なのです」
ダナンの言葉に、フェブの一切の挙動が停止した。
馬から降りた姿勢のままで、動かなくなる。
数秒の間を置いて、フェブの首がぐるんと回り、こちらをロックオンした。
「それは本当なのですかっ!?」
突撃する勢いでフェブが迫ってきて、襟首を掴まれて前後に揺さぶられた。
興奮しすぎて、もはや自分がなにをしているかも自覚できていないらしい。
糸の切れたあやつり人形のように、首をかっくんかっくんと前後させられながら、以前と変わらないフェブを眺めた。
悪意もなければ敵意もない、いつも通りの勇者大好きっ子だ。
裏に思惑など抱えているふうには、微塵も感じられない。
「アキトさん」
リィズさんの呼びかけに、軽く手を掲げて応える。
フェブの様子からも、当初想定した展開にはならないようだ。
リィズさんは注意深くダナンを窺ってから、戦闘体勢を解いた。
「ごめん、フェブ。この子が起きちゃうから、お手柔らかに」
「あ、すみません!」
初めて俺が抱えるリオちゃんの存在に気づいたフェブが、ぱっと手を離した。
そのリオちゃんはというと、秋人の腕に抱えられてまだまだぐっすりだった。
むしろ揺れが心地ちよかったのか、尻尾を左右に揺らしている。
「それで、勇者さまはいずこに!?」
フェブが周囲を見回していた。
(どういうつもりだろ……?)
ダナンの意図が読めない。
なにかよからぬことを画策している――それはわかる。
ただ、このフル装備の大勢の騎士たちを引き連れて、ここに来ることになんの意味があるというのだろう。
「落ち着かれませ、若さま。勇者殿はこちらに向かっている最中です。そうですな……もう四半刻弱、といったところでしょうか」
ダナンは叔父が帰宅する時間まで把握している。
ということは、わざわざ叔父が帰宅する間際のこの時間を狙って、やって来たということになる。
ダナンは腕組みをし、余裕の体で構えたままだ。
どうやら、このまま叔父の帰りを待つつもりらしい。
そわそわと待ちきれない様子のフェブはもとより、騎士団の中でもダナンの口から”勇者”の単語が出てからというもの、ざわついている感がある。
騎士たちも、知らされていなかったと見るべきか。
俺は用心しながらも、リィズさんの近くまで移動した。
「……どう思います、リィズさん?」
「判断しづらいところですが……現状、相手側に害意がないのは確かです。接近時には戦意らしきものを感じていましたが、今ではそれも失せています。一般の騎士たちには明確な理由が告げられず、動員されたと見るべきでしょう。ただ、あの指揮官と思しき騎士には、なにか裏があるように思えます」
リィズさんも俺とほぼ同意見だった。
「セージさまを待ちましょう。すでにセージさまも、こちらの異常に気づいています。先ほど、移動速度が上がりました」
リィズさんの獣耳がぴくぴく反応している。
その言葉を証明するように、どこからか地鳴りというか、断続的な音がしていた。
叔父がどの方向からやってきているかはわからない。だが、音は確実に大きくなってきている。
「アキトさん。5歩下がってください」
リィズさんに言われて、意味がわからずもとりあえず従ってみた。
その途端――目前に大きな影が降ってくる。
いや、背にしていた平屋の家の屋根を飛び越えて、なにかの物体が地響きとともに着地していた。
大きな荷物袋を背負った恰幅のいい男性の背中――叔父のド派手な登場である。
予想外の場所からの予想外の方法での登場に、居合わせる騎士たちもどよめいていた。
もちろん、驚いた筆頭は俺だったけど。
「リィズ、秋人、無事か!? リオは!?」
状況が把握できていない叔父は、前方の騎士団と相対しつつ、肩越しに声をかけてきた。
「お帰りなさい。セージさま」
リィズさんが涼しい顔で、いつもの調子で頭を下げる。
「お……おう、ただいま」
「見ての通り、こっちは問題ないよ。で、リオちゃんは……」
俺は小脇に抱えている、ぐったりとしたリオちゃんを顎で示した。
「リオ!? どうした! まさか――」
「うん、寝てる。そりゃあもう、これ以上ないくらいにぐっすりと……」
地面に届くほどの涎を垂らしながらの熟睡中だったりする。
「……そっか。いつも起きる時間より早いもんな……」
気の抜けたように嘆息してから、叔父はあらためて正面に向き直った。
「それで、今日はこんな団体さんでどんな用かな? 来客の約束はないはずだが?」
叔父が1歩前に足を踏み出しただけで、100もの騎士たちにどよめきが走る。
以前のカルディアでの叔父の登場が思い起こされた。
やはりこの世界で暮らす人たちにとって、勇者とは別格の扱いらしい。
「ももも、もうし――申し遅れました! ボボク、偉大なる大フェブラント・アールズ伯爵が孫! 孫のフェブナントアーロズでです!」
惜しい。自分の名前で思いっきり噛んだ。
フェブは傍目にもガチガチの様子で、叔父に歩み寄って、ぺこぺこと何度も頭を下げていた。
「ああ。アールズのじっさまのとこの坊主か。でっかくなったな。覚えてるか? まだガキの頃に一度会ったことはあるんだぜ?」
「ええっ! そ、そうなんですか!? 覚えてなくって申し訳ありません! とんだ失礼を!」
さっとフェブの血の気が引く。
「まあ、まだよちよち歩きのほんのガキだったからなぁ。仕方ないさ」
「ありがとうございます! 光栄です!」
今度は頬が熟れたトマトみたいに紅潮した。
青くなったり赤くなったりと忙しないことだ。
「でだ。話は戻るが……今日はなんの用かな?」
「そこはこの、ベルデン騎士団が副団長、ダナン・ゴーンが承ろう!」
意気揚々とダナンがふたりのもとに進み出た。
「我ら騎士団はこれより、魔族討伐のためサレブ地方へ出征するものなり! ゆえに、かの著名な勇者殿にご同行を願いに参った次第!」
フェブが即座にダナンに振り返っていた。
次いで、叔父とダナンを交互に仰ぎ見る。
その顔は、期待と希望の眼差しに満ち溢れていた。
「そ、それは素晴らしいですね! でかしましたよ、ダナン! 勇者さまと共闘できるなど、一生の誉れ! ぜひ! ボクからもお願いいたします!」
「領主直系からの依頼――よもや、断わりはせぬでしょうな? 勇者殿……?」
ダナンが嫌らしくほくそ笑んだ。
(叔父さん……どうするの……?)
すでに蚊帳の外の身としては、動向を見守るしかなかった。
俺でさえ、ダナンの思惑がこれだけのはずはないとの予感がある。
それに気づかない叔父ではないだろう。
叔父は勝ち誇ったようなダナンを眺めて、
「なるほどね。そういうことか……」
ぽつりと呟いた。
叔父がさりげなくリィズさんに目配せをし、リィズさんはそれに応じて頷いていた。
「では、返答を! 勇者殿!」
「断わる」
にべもないほどの即断だった。
「アキトさまこそ。ここはどこなのです、ダナン? 説明してください」
不思議そうな顔のフェブは、どうも事情を把握していないらしい。
「申し訳ありませんな、若さま。事が事だけに露見しては問題かと思い、自身の判断で黙っておりました。お許しください。さあ、まずはお手を」
ダナンは馬から降り、フェブにも下馬を促した。
「ここはかの勇者、セージ殿の住居なのです」
ダナンの言葉に、フェブの一切の挙動が停止した。
馬から降りた姿勢のままで、動かなくなる。
数秒の間を置いて、フェブの首がぐるんと回り、こちらをロックオンした。
「それは本当なのですかっ!?」
突撃する勢いでフェブが迫ってきて、襟首を掴まれて前後に揺さぶられた。
興奮しすぎて、もはや自分がなにをしているかも自覚できていないらしい。
糸の切れたあやつり人形のように、首をかっくんかっくんと前後させられながら、以前と変わらないフェブを眺めた。
悪意もなければ敵意もない、いつも通りの勇者大好きっ子だ。
裏に思惑など抱えているふうには、微塵も感じられない。
「アキトさん」
リィズさんの呼びかけに、軽く手を掲げて応える。
フェブの様子からも、当初想定した展開にはならないようだ。
リィズさんは注意深くダナンを窺ってから、戦闘体勢を解いた。
「ごめん、フェブ。この子が起きちゃうから、お手柔らかに」
「あ、すみません!」
初めて俺が抱えるリオちゃんの存在に気づいたフェブが、ぱっと手を離した。
そのリオちゃんはというと、秋人の腕に抱えられてまだまだぐっすりだった。
むしろ揺れが心地ちよかったのか、尻尾を左右に揺らしている。
「それで、勇者さまはいずこに!?」
フェブが周囲を見回していた。
(どういうつもりだろ……?)
ダナンの意図が読めない。
なにかよからぬことを画策している――それはわかる。
ただ、このフル装備の大勢の騎士たちを引き連れて、ここに来ることになんの意味があるというのだろう。
「落ち着かれませ、若さま。勇者殿はこちらに向かっている最中です。そうですな……もう四半刻弱、といったところでしょうか」
ダナンは叔父が帰宅する時間まで把握している。
ということは、わざわざ叔父が帰宅する間際のこの時間を狙って、やって来たということになる。
ダナンは腕組みをし、余裕の体で構えたままだ。
どうやら、このまま叔父の帰りを待つつもりらしい。
そわそわと待ちきれない様子のフェブはもとより、騎士団の中でもダナンの口から”勇者”の単語が出てからというもの、ざわついている感がある。
騎士たちも、知らされていなかったと見るべきか。
俺は用心しながらも、リィズさんの近くまで移動した。
「……どう思います、リィズさん?」
「判断しづらいところですが……現状、相手側に害意がないのは確かです。接近時には戦意らしきものを感じていましたが、今ではそれも失せています。一般の騎士たちには明確な理由が告げられず、動員されたと見るべきでしょう。ただ、あの指揮官と思しき騎士には、なにか裏があるように思えます」
リィズさんも俺とほぼ同意見だった。
「セージさまを待ちましょう。すでにセージさまも、こちらの異常に気づいています。先ほど、移動速度が上がりました」
リィズさんの獣耳がぴくぴく反応している。
その言葉を証明するように、どこからか地鳴りというか、断続的な音がしていた。
叔父がどの方向からやってきているかはわからない。だが、音は確実に大きくなってきている。
「アキトさん。5歩下がってください」
リィズさんに言われて、意味がわからずもとりあえず従ってみた。
その途端――目前に大きな影が降ってくる。
いや、背にしていた平屋の家の屋根を飛び越えて、なにかの物体が地響きとともに着地していた。
大きな荷物袋を背負った恰幅のいい男性の背中――叔父のド派手な登場である。
予想外の場所からの予想外の方法での登場に、居合わせる騎士たちもどよめいていた。
もちろん、驚いた筆頭は俺だったけど。
「リィズ、秋人、無事か!? リオは!?」
状況が把握できていない叔父は、前方の騎士団と相対しつつ、肩越しに声をかけてきた。
「お帰りなさい。セージさま」
リィズさんが涼しい顔で、いつもの調子で頭を下げる。
「お……おう、ただいま」
「見ての通り、こっちは問題ないよ。で、リオちゃんは……」
俺は小脇に抱えている、ぐったりとしたリオちゃんを顎で示した。
「リオ!? どうした! まさか――」
「うん、寝てる。そりゃあもう、これ以上ないくらいにぐっすりと……」
地面に届くほどの涎を垂らしながらの熟睡中だったりする。
「……そっか。いつも起きる時間より早いもんな……」
気の抜けたように嘆息してから、叔父はあらためて正面に向き直った。
「それで、今日はこんな団体さんでどんな用かな? 来客の約束はないはずだが?」
叔父が1歩前に足を踏み出しただけで、100もの騎士たちにどよめきが走る。
以前のカルディアでの叔父の登場が思い起こされた。
やはりこの世界で暮らす人たちにとって、勇者とは別格の扱いらしい。
「ももも、もうし――申し遅れました! ボボク、偉大なる大フェブラント・アールズ伯爵が孫! 孫のフェブナントアーロズでです!」
惜しい。自分の名前で思いっきり噛んだ。
フェブは傍目にもガチガチの様子で、叔父に歩み寄って、ぺこぺこと何度も頭を下げていた。
「ああ。アールズのじっさまのとこの坊主か。でっかくなったな。覚えてるか? まだガキの頃に一度会ったことはあるんだぜ?」
「ええっ! そ、そうなんですか!? 覚えてなくって申し訳ありません! とんだ失礼を!」
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「まあ、まだよちよち歩きのほんのガキだったからなぁ。仕方ないさ」
「ありがとうございます! 光栄です!」
今度は頬が熟れたトマトみたいに紅潮した。
青くなったり赤くなったりと忙しないことだ。
「でだ。話は戻るが……今日はなんの用かな?」
「そこはこの、ベルデン騎士団が副団長、ダナン・ゴーンが承ろう!」
意気揚々とダナンがふたりのもとに進み出た。
「我ら騎士団はこれより、魔族討伐のためサレブ地方へ出征するものなり! ゆえに、かの著名な勇者殿にご同行を願いに参った次第!」
フェブが即座にダナンに振り返っていた。
次いで、叔父とダナンを交互に仰ぎ見る。
その顔は、期待と希望の眼差しに満ち溢れていた。
「そ、それは素晴らしいですね! でかしましたよ、ダナン! 勇者さまと共闘できるなど、一生の誉れ! ぜひ! ボクからもお願いいたします!」
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ダナンが嫌らしくほくそ笑んだ。
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すでに蚊帳の外の身としては、動向を見守るしかなかった。
俺でさえ、ダナンの思惑がこれだけのはずはないとの予感がある。
それに気づかない叔父ではないだろう。
叔父は勝ち誇ったようなダナンを眺めて、
「なるほどね。そういうことか……」
ぽつりと呟いた。
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