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第五章 回想編
勇者と魔王
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征司はひとり、薄暗い通路をひた走っていた。
担いだ相棒、大鉈の惨殺丸はもとより、本来は鮮やかな青色の鎧まで含めて、全身を真っ赤な血で染めている。
それが返り血なのか、自らのものなのか、いちいち気にしている暇もない。
真っ直ぐに伸びた石畳の通路は広く、先が見通せないくらいに長い。
城の通路というより、トンネルといったほうが、いっそしっくりくるような様相だ。
征司はまだお目にかかったことはないが、敵連中には巨人族に匹敵する体躯の者もいるという。
なるほど、確かに身長が4~5メートルもありそうな者が通行するには、これくらいの規模になってもおかしくないのかもしれない。
石畳で隠そうともしていない足音は響くが、この騒動の渦中にあっては些細なことだ。
なにせ、ここは敵の本拠地である魔王城――自分以外には敵しかいないのだから。
惨殺丸を一閃。
また1体、暗がりから襲い掛かってきた魔族を一刀のもとに屠る。
魔族が苦し紛れに放たれた攻撃魔法は、攻撃と同時に張った4層の魔法防御壁で遮断した。
城内には中級以下の魔族は存在しないらしい。
下級魔族の攻撃魔法で2層、中級でも3層でお釣りがくるが、ここの連中は4層の魔法防御壁でも危うい。
気を抜けば、出会い頭の一撃で消し炭となりかねない。
魔王城に突入してから、およそ1時間。
征司は休む間もない連戦を強いられていた。
征司自身も予想はしていたとはいえ、かなりきつい。
(魔王軍の中でも、将軍クラスに匹敵するような輩が、まだこうも残っていやがるたあ……)
シルティノ砦への大侵攻を控え、魔王城の有力者たちは、ほぼ出払っているという算段だったが、そんなに甘くはなかったようだ。
いや、算段が的を射ていてその隙を突けたからこそ、これで済んでいるのかもしれないが。
これまで各地で培った冒険者仲間の助力もあり、十全の状態で魔王城に突入はできたものの、先はまだ長そうだ。
なにせ、ゴールには親玉の魔王が控えている。
魔王が配下の魔族よりも弱いということはありえないだろう。
それからさらに数十もの魔族を薙ぎ払い、長かった道程にも終わりが見えてきた。
巨大な城の最上階にして最奥に、ひときわ豪奢な両開きの扉が窺える。
あれこそ終点、王の間に違いない――征司は手にした惨殺丸をよりいっそうの力で握り締める。
扉の前に、いつの間にかひとりの若き魔族の姿があった。
魔族の特徴、黒い雄角に銀の双眸は、征司にとってはすでに見慣れたものだったが、瞳だけではなく髪までもが銀色の魔族は初めてだった。
魔族の銀は、体内から迸る魔力の現われという。雰囲気も、これまでの並みの魔族とは比較にならない。
魔族が征司に向かって、音もなく手を挙げた。
殺気が膨れあがり、どこからともなく巻き起こった風が、輝きを増した銀の長髪を吹きあげる。
「すべからく滅び朽ちよ」
(こいつは――やばいっ!)
征司は城に突入してから初めて足を止め、防御姿勢をとった。
征司を中心として周囲に黒い霧が立ち込め、瞬時に張り巡らせた魔法の防御壁を猛烈な勢いで侵食し始めた。
黒い霧が晴れ――その場に五体満足で立ち尽くす征司の姿を認識し、魔族が興味深げに感嘆する。
「魔法が効かないという報告は上がっていたが――これすら耐えるか、人間よ」
「お褒めに与り、どーも」
耐えるには耐えたが、とんでもない激痛が征司を蝕んでいた。
感覚から闇系統の魔法とあたりをつけ、闇の防御壁を2層、反属性の光の防御壁を2層、さらに通常の防御壁と、計5層の魔法防御で迎え撃ったが、そのすべてが喰らい尽くされ、再度、5層の魔法壁を張るという荒業を行なう破目になった。
結局、計9層の魔法壁を突破された時点で防ぐことができたが、どういう作用か筆舌しがたいダメージも受けてしまっていた。
(……連発されると、さすがにまずいか)
無茶な魔法具使用の副作用か、頭痛も酷い。
ただ、距離は先ほどよりも詰まっている。
相手の魔法が先が、間合いに飛び込むのが先かの勝負になるだろう。
征司は惨殺丸を握り直し、利き足に力を籠める。
足の指で床を噛み、脹脛の筋肉が膨れ上がった。
惨殺丸を盾とし、ある程度のダメージは覚悟して、防御よりも攻撃重視で特攻を仕掛ける腹積もりだ。
――が、にわかに魔族の殺気が失せた。
「先に進むがよい、人間。この先の玉座に魔王がいる」
言うが早いか魔族は道を空けると、転移魔法なのか、足元の影に沈みこんで姿を消してしまった。
「……なんだってんだ? 変な奴だ……」
不可解さを覚えつつも、征司は正面の巨大な両開きの門を開け、中に踏み込んだ。
一見して、そこは王城の謁見の間だった。
赤絨毯が床に伸び、階段を経て、壇上に据えられた玉座へと続いている。
玉座には、肘置きに頬杖を突き、興味なさげに眼下を見下ろす魔族――魔王の姿があった。
壮年にして、征司を凌駕する体躯に荘厳な風貌。
雄々しき漆黒の角、銀色に瞬く長髪、深くも鮮やかな銀光を放つ瞳――見た目としては、先ほどの魔族に面差しが似ている気がしたが、内から溢れ出す威圧感と魔力の奔流は比ぶべくもない。
王を冠する者だけあって、まさに威風堂々とした佇まいだった。
「……ぬしのことは知っておる。『辺境の勇者』などと呼ばれている人間だな。さしづめ此度の大攻勢を前にして、怖気づいた王にでも乞われて、我を討ちに来たか?」
「違うね」
「では、同族の惨状を見かねて、取るに足らない正義感にでも駆られたか? それとも民衆に勇者と煽られ、万人を救おうなどという、くだらない妄想にでも取り憑かれたか?」
「それも違う」
征司はいずれも即座に否定した。
「この際だ、はっきり言おう。俺はあんたが邪魔なんだ。俺は俺のエゴで、あんたに消えてもらうことに決めた。だから、怨んでもらって結構だ」
征司は断言する。
王都で確約は得た。魔王さえ倒せば、戦争は終わる。
必要をなくした戦奴も奴隷も解放される。リィズを戦いへと誘う、すべてのものを取り払って意味をなくさせる。
あの死にたがりに死ぬ場所など与えない。与えてなどやるものか。
リィズは死なせない。命を救う。そのために。
征司は思いの丈すべてを闘志と化して、魔王の前に曝け出した。
「ほほう!」
それまで退屈そうだった魔王の眼の色が変わる。
「それはいい……! 実に魔族的な考え方だ! 認識を改めよう、人間よ」
魔王が歓喜と共に、玉座から立ち上がった。
「ならば我は、勇者に敵対する魔王としてではなく――ぬしの抱く野望を妨げるためだけに、こうして立ち塞がってくれようぞ!」
「いいね、上等だ! 俺の望みのため、こっちも罷り通らせてもらう! 人の恋路を――邪魔してんじゃねえぞ!!」
雄叫びを以って、両雄は激突した。
担いだ相棒、大鉈の惨殺丸はもとより、本来は鮮やかな青色の鎧まで含めて、全身を真っ赤な血で染めている。
それが返り血なのか、自らのものなのか、いちいち気にしている暇もない。
真っ直ぐに伸びた石畳の通路は広く、先が見通せないくらいに長い。
城の通路というより、トンネルといったほうが、いっそしっくりくるような様相だ。
征司はまだお目にかかったことはないが、敵連中には巨人族に匹敵する体躯の者もいるという。
なるほど、確かに身長が4~5メートルもありそうな者が通行するには、これくらいの規模になってもおかしくないのかもしれない。
石畳で隠そうともしていない足音は響くが、この騒動の渦中にあっては些細なことだ。
なにせ、ここは敵の本拠地である魔王城――自分以外には敵しかいないのだから。
惨殺丸を一閃。
また1体、暗がりから襲い掛かってきた魔族を一刀のもとに屠る。
魔族が苦し紛れに放たれた攻撃魔法は、攻撃と同時に張った4層の魔法防御壁で遮断した。
城内には中級以下の魔族は存在しないらしい。
下級魔族の攻撃魔法で2層、中級でも3層でお釣りがくるが、ここの連中は4層の魔法防御壁でも危うい。
気を抜けば、出会い頭の一撃で消し炭となりかねない。
魔王城に突入してから、およそ1時間。
征司は休む間もない連戦を強いられていた。
征司自身も予想はしていたとはいえ、かなりきつい。
(魔王軍の中でも、将軍クラスに匹敵するような輩が、まだこうも残っていやがるたあ……)
シルティノ砦への大侵攻を控え、魔王城の有力者たちは、ほぼ出払っているという算段だったが、そんなに甘くはなかったようだ。
いや、算段が的を射ていてその隙を突けたからこそ、これで済んでいるのかもしれないが。
これまで各地で培った冒険者仲間の助力もあり、十全の状態で魔王城に突入はできたものの、先はまだ長そうだ。
なにせ、ゴールには親玉の魔王が控えている。
魔王が配下の魔族よりも弱いということはありえないだろう。
それからさらに数十もの魔族を薙ぎ払い、長かった道程にも終わりが見えてきた。
巨大な城の最上階にして最奥に、ひときわ豪奢な両開きの扉が窺える。
あれこそ終点、王の間に違いない――征司は手にした惨殺丸をよりいっそうの力で握り締める。
扉の前に、いつの間にかひとりの若き魔族の姿があった。
魔族の特徴、黒い雄角に銀の双眸は、征司にとってはすでに見慣れたものだったが、瞳だけではなく髪までもが銀色の魔族は初めてだった。
魔族の銀は、体内から迸る魔力の現われという。雰囲気も、これまでの並みの魔族とは比較にならない。
魔族が征司に向かって、音もなく手を挙げた。
殺気が膨れあがり、どこからともなく巻き起こった風が、輝きを増した銀の長髪を吹きあげる。
「すべからく滅び朽ちよ」
(こいつは――やばいっ!)
征司は城に突入してから初めて足を止め、防御姿勢をとった。
征司を中心として周囲に黒い霧が立ち込め、瞬時に張り巡らせた魔法の防御壁を猛烈な勢いで侵食し始めた。
黒い霧が晴れ――その場に五体満足で立ち尽くす征司の姿を認識し、魔族が興味深げに感嘆する。
「魔法が効かないという報告は上がっていたが――これすら耐えるか、人間よ」
「お褒めに与り、どーも」
耐えるには耐えたが、とんでもない激痛が征司を蝕んでいた。
感覚から闇系統の魔法とあたりをつけ、闇の防御壁を2層、反属性の光の防御壁を2層、さらに通常の防御壁と、計5層の魔法防御で迎え撃ったが、そのすべてが喰らい尽くされ、再度、5層の魔法壁を張るという荒業を行なう破目になった。
結局、計9層の魔法壁を突破された時点で防ぐことができたが、どういう作用か筆舌しがたいダメージも受けてしまっていた。
(……連発されると、さすがにまずいか)
無茶な魔法具使用の副作用か、頭痛も酷い。
ただ、距離は先ほどよりも詰まっている。
相手の魔法が先が、間合いに飛び込むのが先かの勝負になるだろう。
征司は惨殺丸を握り直し、利き足に力を籠める。
足の指で床を噛み、脹脛の筋肉が膨れ上がった。
惨殺丸を盾とし、ある程度のダメージは覚悟して、防御よりも攻撃重視で特攻を仕掛ける腹積もりだ。
――が、にわかに魔族の殺気が失せた。
「先に進むがよい、人間。この先の玉座に魔王がいる」
言うが早いか魔族は道を空けると、転移魔法なのか、足元の影に沈みこんで姿を消してしまった。
「……なんだってんだ? 変な奴だ……」
不可解さを覚えつつも、征司は正面の巨大な両開きの門を開け、中に踏み込んだ。
一見して、そこは王城の謁見の間だった。
赤絨毯が床に伸び、階段を経て、壇上に据えられた玉座へと続いている。
玉座には、肘置きに頬杖を突き、興味なさげに眼下を見下ろす魔族――魔王の姿があった。
壮年にして、征司を凌駕する体躯に荘厳な風貌。
雄々しき漆黒の角、銀色に瞬く長髪、深くも鮮やかな銀光を放つ瞳――見た目としては、先ほどの魔族に面差しが似ている気がしたが、内から溢れ出す威圧感と魔力の奔流は比ぶべくもない。
王を冠する者だけあって、まさに威風堂々とした佇まいだった。
「……ぬしのことは知っておる。『辺境の勇者』などと呼ばれている人間だな。さしづめ此度の大攻勢を前にして、怖気づいた王にでも乞われて、我を討ちに来たか?」
「違うね」
「では、同族の惨状を見かねて、取るに足らない正義感にでも駆られたか? それとも民衆に勇者と煽られ、万人を救おうなどという、くだらない妄想にでも取り憑かれたか?」
「それも違う」
征司はいずれも即座に否定した。
「この際だ、はっきり言おう。俺はあんたが邪魔なんだ。俺は俺のエゴで、あんたに消えてもらうことに決めた。だから、怨んでもらって結構だ」
征司は断言する。
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あの死にたがりに死ぬ場所など与えない。与えてなどやるものか。
リィズは死なせない。命を救う。そのために。
征司は思いの丈すべてを闘志と化して、魔王の前に曝け出した。
「ほほう!」
それまで退屈そうだった魔王の眼の色が変わる。
「それはいい……! 実に魔族的な考え方だ! 認識を改めよう、人間よ」
魔王が歓喜と共に、玉座から立ち上がった。
「ならば我は、勇者に敵対する魔王としてではなく――ぬしの抱く野望を妨げるためだけに、こうして立ち塞がってくれようぞ!」
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