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第五章 回想編
魔王殺しの大勇者
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数時間にも及ぶ、玉座の間から響いていた荒れ狂う戦闘音がついに止んだ。
死力を尽くした激闘の末、勝利を収めたのは――征司だった。
「……くはっ!」
床についた惨殺丸に身体を預けて、征司は肺に溜まった空気をどうにか吐き出した。
魔王の名に恥じぬ、いや、それ以上の猛者だったことは、満身創痍の征司が物語っている。
紙一重の差だった。
後わずかでも運の天秤があちらに傾いていたら、結果が逆になっていてもおかしくない、そんな闘いだった。
辛うじて立っている征司の前に、前触れもなくひとりの魔族が出現した。
先ほど、玉座の間に至る直前に対峙した魔族だった。
身構える征司を無視して、魔族は背後の魔王の亡骸に目を向けている。
「ふふっ――」
この声を皮切りに、魔族は声高らかに哄笑した。
「ふははははは――よもや、本当にあの男を倒すとは! 恐れ入ったぞ、人間! かの者は、歴代魔王の中でも最強と謳われし、化物のような存在だったのだぞ!?」
その魔族からは、殺意もなければ敵意すら感じられない。それどころか、征司は奇妙な親近感すら覚えていた。
しかし、それでも相手は魔族。決して気を許していい存在ではなかった。
連中は、笑いながらでも戯れに人を殺す。
「で、あんたはなんなんだ?」
「ふむ……ああ、これは失敬。実に痛快だったものでね」
魔族は咳払いをして襟を正した。
「わたしは魔族序列2位のラスクラウドゥ。そこな魔王の嫡子でもあった。お見知りおき願いたい」
「そうか……親子か。そいつは悪いことをしちまったな。だが、重ねてすまない。俺にはまだ死ぬ気も、死ぬ予定もない。迎えに行ってやらないといけない奴がいるんでね。ここは力尽くでも押し通させてもらう……!」
「いいや、その必要はない」
ラスクラウドゥと名乗った魔族はそう告げると、あっさりと身を引き、征司に道を譲った。
「強者には敬意を。勝者には凱歌を。英雄の凱旋を邪魔する野暮はしまいよ。城内に残る配下の者にも、徹底させよう」
「……変な奴だな、おまえ……」
「魔王城に単身挑み、魔王を一騎打ちにて果たすような輩には言われたくない」
ラスクラウドゥの茶化す物言いに、征司は思わず噴き出してしまった。
「名を聞いておこう、人間の勇者よ」
「勇者ってのは止めてくれ。征司でいい。白木征司だ」
「セージか、覚えておこう。では、『いずれ』」
「……ああ?」
不可解な台詞を言い残し、ラスクラウドゥは登場したときと同様に、唐突に姿を消してしまった。
そして言葉通りに城外までの帰路、今までの苦労がなんだったのかと思えるほど、襲ってくる魔族はひとりも居なかった。
決戦を前に、シルティノ砦には本来の収容人数を大幅に超過した大勢の兵が詰めかけていた。
騎士や兵士を中心とした国軍の4万をはじめとして、国中からかき集められた戦奴が1万、冒険者の連合軍が約1千の、合計で5万を超える大軍勢だ。
さらに戦闘に向かない奴隷が2万ほど、表向きは支援という名目で従軍している。
ただし、こちらの本当の役割は肉の壁だろう。人間側がどれだけ切羽詰っているかが窺えた。
国中の残存戦力が、この砦周辺に集まっている。
国境などや各地の防衛戦力なども、もはや残ってはいまい。
ここでの敗北が、即刻、国の終焉に直結することなど、ここに集う誰もがわかっていた。
対して、地平の向こう――砦を巨大な鶴翼で包囲して布陣する魔王軍の軍勢は、数えるのも馬鹿らしいほどの、見渡す限りの大軍団だ。
推定でも、人間側の倍以下ということはないだろう。
もちろん、従軍するただの奴隷を加えた上での計算である。
そんな中、リィズは戦奴の集結する場所で、獣人隊に配属されていた。
戦奴の持ち場は、砦前の平地。つまりは真っ先に敵軍と交戦に入る場所となる。
砦に陣取る本隊と衝突する前に、身命を賭して少しでも相手の戦力を減らしておけと――そういうことだろう。
遊撃を得意とする獣人にとって、狭い砦の防衛戦よりも平地での戦闘は、むしろありがたいことだ。
乱戦ともなれば、より多くの敵を道連れにできる自信がリィズにはある。
これで、ようやく終わる。
終われる。
リィズの胸に去来するのは、戦闘前の昂ぶりでも恐怖でもなく、不思議な安堵感だった。
民衆や仲間を救うために死ねるのだ。
死して涅槃で両親と再会しても、きっと誇れるに違いない。
リィズには心残りや悔いはない。
そう、なかったはずなのだが……征司のことだけが、唯一の気がかりだった。
冒険者の連合には、征司の名は挙がっていなかった。
『辺境の勇者』は、冒険者としても特に名高い。居れば、必ず噂に上るはずである。
それがないということは、事実、ここには居ないのだろう。
1ヶ月前のあの日――荷造りをしていた日以降、リィズは征司と会っていない。
あのとき居合わせたのは偶然で、本当は黙って立ち去るつもりだった。
――あそこで出会わなければ、最後に醜態を晒すことなく、別れられたというのに。
一時は、征司の隣に並ぶ、分不相応な夢を見たこともある。
しかし、出会った頃ならともかく、今では彼は著名な勇者となってしまった。
そんな彼の横に、こんな自分が並ぶ資格などありはしない。
(これは戦前の気の迷いだ)
リィズは首を振った。
もとよりこの場で死に行く身にあって、それは決して叶うものではないのだから。
(……さようなら、セージ様)
リィズはこの空の下のどこかにいるであろう、征司に向かって別れを告げた。
それから数刻後――
ついに地平を埋め尽くす大軍勢に、動きがあった。
ただ、どこかおかしい。
精彩を欠いた行軍は、進攻というよりもあたかも迷走しているかのようだった。
「伝令、伝令――!」
けたたましい馬の嘶きを伴って、伝令役が大声を張り上げて陣中を駆け巡っていた。
「魔王が――魔王が討ち取られました! 『辺境の勇者』――いえ、『魔王殺しの大勇者』セージの手によって! すでに統制を失った魔王軍は敗走をはじめています! 戦争は終わりだ! 終わったんだ!」
止めどない歓声に続いて、勇者を称える大合唱が砦の内外に響き渡る。
実はあのとき、リィズは征司の宣誓を聞いていた。
彼は言っていた、わたしを縛るすべてをぶっ潰して解き放ってみせると。
無理だと思った。夢物語だと思った。
でも、あの人はやり遂げてしまった。
――認めよう。
わたしはあの人の前では、安易に死ぬことも選ばせてもらえないらしい。
ならば、観念して共に生きるしかないと。
死力を尽くした激闘の末、勝利を収めたのは――征司だった。
「……くはっ!」
床についた惨殺丸に身体を預けて、征司は肺に溜まった空気をどうにか吐き出した。
魔王の名に恥じぬ、いや、それ以上の猛者だったことは、満身創痍の征司が物語っている。
紙一重の差だった。
後わずかでも運の天秤があちらに傾いていたら、結果が逆になっていてもおかしくない、そんな闘いだった。
辛うじて立っている征司の前に、前触れもなくひとりの魔族が出現した。
先ほど、玉座の間に至る直前に対峙した魔族だった。
身構える征司を無視して、魔族は背後の魔王の亡骸に目を向けている。
「ふふっ――」
この声を皮切りに、魔族は声高らかに哄笑した。
「ふははははは――よもや、本当にあの男を倒すとは! 恐れ入ったぞ、人間! かの者は、歴代魔王の中でも最強と謳われし、化物のような存在だったのだぞ!?」
その魔族からは、殺意もなければ敵意すら感じられない。それどころか、征司は奇妙な親近感すら覚えていた。
しかし、それでも相手は魔族。決して気を許していい存在ではなかった。
連中は、笑いながらでも戯れに人を殺す。
「で、あんたはなんなんだ?」
「ふむ……ああ、これは失敬。実に痛快だったものでね」
魔族は咳払いをして襟を正した。
「わたしは魔族序列2位のラスクラウドゥ。そこな魔王の嫡子でもあった。お見知りおき願いたい」
「そうか……親子か。そいつは悪いことをしちまったな。だが、重ねてすまない。俺にはまだ死ぬ気も、死ぬ予定もない。迎えに行ってやらないといけない奴がいるんでね。ここは力尽くでも押し通させてもらう……!」
「いいや、その必要はない」
ラスクラウドゥと名乗った魔族はそう告げると、あっさりと身を引き、征司に道を譲った。
「強者には敬意を。勝者には凱歌を。英雄の凱旋を邪魔する野暮はしまいよ。城内に残る配下の者にも、徹底させよう」
「……変な奴だな、おまえ……」
「魔王城に単身挑み、魔王を一騎打ちにて果たすような輩には言われたくない」
ラスクラウドゥの茶化す物言いに、征司は思わず噴き出してしまった。
「名を聞いておこう、人間の勇者よ」
「勇者ってのは止めてくれ。征司でいい。白木征司だ」
「セージか、覚えておこう。では、『いずれ』」
「……ああ?」
不可解な台詞を言い残し、ラスクラウドゥは登場したときと同様に、唐突に姿を消してしまった。
そして言葉通りに城外までの帰路、今までの苦労がなんだったのかと思えるほど、襲ってくる魔族はひとりも居なかった。
決戦を前に、シルティノ砦には本来の収容人数を大幅に超過した大勢の兵が詰めかけていた。
騎士や兵士を中心とした国軍の4万をはじめとして、国中からかき集められた戦奴が1万、冒険者の連合軍が約1千の、合計で5万を超える大軍勢だ。
さらに戦闘に向かない奴隷が2万ほど、表向きは支援という名目で従軍している。
ただし、こちらの本当の役割は肉の壁だろう。人間側がどれだけ切羽詰っているかが窺えた。
国中の残存戦力が、この砦周辺に集まっている。
国境などや各地の防衛戦力なども、もはや残ってはいまい。
ここでの敗北が、即刻、国の終焉に直結することなど、ここに集う誰もがわかっていた。
対して、地平の向こう――砦を巨大な鶴翼で包囲して布陣する魔王軍の軍勢は、数えるのも馬鹿らしいほどの、見渡す限りの大軍団だ。
推定でも、人間側の倍以下ということはないだろう。
もちろん、従軍するただの奴隷を加えた上での計算である。
そんな中、リィズは戦奴の集結する場所で、獣人隊に配属されていた。
戦奴の持ち場は、砦前の平地。つまりは真っ先に敵軍と交戦に入る場所となる。
砦に陣取る本隊と衝突する前に、身命を賭して少しでも相手の戦力を減らしておけと――そういうことだろう。
遊撃を得意とする獣人にとって、狭い砦の防衛戦よりも平地での戦闘は、むしろありがたいことだ。
乱戦ともなれば、より多くの敵を道連れにできる自信がリィズにはある。
これで、ようやく終わる。
終われる。
リィズの胸に去来するのは、戦闘前の昂ぶりでも恐怖でもなく、不思議な安堵感だった。
民衆や仲間を救うために死ねるのだ。
死して涅槃で両親と再会しても、きっと誇れるに違いない。
リィズには心残りや悔いはない。
そう、なかったはずなのだが……征司のことだけが、唯一の気がかりだった。
冒険者の連合には、征司の名は挙がっていなかった。
『辺境の勇者』は、冒険者としても特に名高い。居れば、必ず噂に上るはずである。
それがないということは、事実、ここには居ないのだろう。
1ヶ月前のあの日――荷造りをしていた日以降、リィズは征司と会っていない。
あのとき居合わせたのは偶然で、本当は黙って立ち去るつもりだった。
――あそこで出会わなければ、最後に醜態を晒すことなく、別れられたというのに。
一時は、征司の隣に並ぶ、分不相応な夢を見たこともある。
しかし、出会った頃ならともかく、今では彼は著名な勇者となってしまった。
そんな彼の横に、こんな自分が並ぶ資格などありはしない。
(これは戦前の気の迷いだ)
リィズは首を振った。
もとよりこの場で死に行く身にあって、それは決して叶うものではないのだから。
(……さようなら、セージ様)
リィズはこの空の下のどこかにいるであろう、征司に向かって別れを告げた。
それから数刻後――
ついに地平を埋め尽くす大軍勢に、動きがあった。
ただ、どこかおかしい。
精彩を欠いた行軍は、進攻というよりもあたかも迷走しているかのようだった。
「伝令、伝令――!」
けたたましい馬の嘶きを伴って、伝令役が大声を張り上げて陣中を駆け巡っていた。
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実はあのとき、リィズは征司の宣誓を聞いていた。
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