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第十章

珍しい来客 1

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 とある昼下がり。
 フェブラントはいつもの如く、シラキ屋で店番をしていた。
 店長の秋人は、野暮用があるとのことで、リコエッタに教えられた図書館に行ってしまった。

 フェブラントがこうしてひとりで店番をするのは、最近では珍しくない。
 それだけ信頼されている証でもある。
 民生の勉強に来ている身としては、ありがたいことだろう。

 ただ、つい先日、たまごろーの件で大失敗してしまったフェブラントとしては、多少の心細さは拭えない。
 感謝半分不安半分というのが実情ではあった。

 もう失敗はできない――秋人は気にしないようにと努めてくれていたが、フェブラントはそれが甘えだと自戒している。
 結果的には丸く収まったとしても、結果さえよければ過程がどうでもいいわけがない。
 なにより、将来重責を担うことになる領主家の跡継ぎとしては、許されざることだ。

 結果は上手くいくのが大前提、その上で過程も上々であるのが統治者としての責任。

 偉大なる祖父、大フェブラント伯爵に、フェブラントは常日頃からそう説かれてた。

 堅苦しい考え方かもしれないが、フェブラントは真剣にそう信じていた。
 だからこそ、なにかにつけて一所懸命なわけだが、それがマダムや年配者から微笑ましく見られていることを、フェブラントは自覚してはいなかった。

「いらっしゃいませ!」

 ドアベルが来客を告げると、フェブラントは掃除の手を止めて、客を迅速に迎えるべくドアまで駆け寄った。

 ドアの幅いっぱいに――というよりは若干つかえるかたちで、その樽のような短躯を斜めにして入店してきたのは、5人ほどの男たちだった。

 5人とも同じような背格好で、身長は小柄なフェブラントと変わらないほどなのに横幅だけが3倍近くある。
 全員が立派な髭を腰くらいまで伸ばし、毛皮を縫い合わせただけの粗野な服を着ていた。
 フェブラントにとっては顔の大半が毛で覆われている用に見えて、個人の判断が付きづらいほどだった。

「ほう。珍しいのぅ。素材を扱っている店とは。ふうむ」

 5人はどやどやと店内に入り、応対しようとするフェブラントそっちのけで、そこいらの商品を見て回っては品定めし、嘲笑したり逆に感嘆したりと忙しいようだった。

「あの、なにかお探しでしょうか?」

 身なりもそうだが、通常の客とは空気が異なる集団にもかかわらず、フェブラントは物怖じせずに声をかけた。

「おおっと、いかんいかん。つい、日頃の癖が……ほれ、皆もやめておけ。坊やは店の者だな。主はおるか?」

「アキト店長でしょうか? ただいま、外出中ですが、どういったご用件でしょうか?」

「主は不在か。ふむ……」

 髭を撫でて思案するのは癖なのか、5人とも同様の仕草をしている。
 既にフェブランドが今5人の内の誰と話していたのか見分けがつかなくなるくらい、姿形の似通りようだった。

 狭い世界でしか生きてこなかったフェブラントにも、彼らが自分たちとは違う種族であることは理解できた。
 つい先日、生まれて初めて目にした異種族――エルフのことも記憶に新しい。

 特徴から知識と照らし合わせて、フェブラントの脳裏にドワーフという種族名が浮かんだ。
 過去に祖父に連れられて出席したことのある貴族の社交界では、ドワーフの作った装飾品が婦人たちの間でいたく珍重されていた。
 そのとき目にした精巧な細工と、目の前の鈍重そうな者たちを比べてしまうと、フェブラントはどうしてもギャップを感じざるを得なかったが。

(でも、ドワーフがアキト店長になんの用でしょう?)

 先のエルフのような妖精といい、精霊といい、秋人は他種族にも顔が広い――というのがフェブラントの評価である。
 真実としては、顔が広いというよりも成り行き的なもので偶然知り合っただけなのだが、そんあことなどフェブラントには知りようもない。

「店長にご用でしたら、いつ戻られるかわかりませんので、よろしければご伝言しておきましょうか?」

 今回もそういった知り合いだろうと高を括り、フェブラントは気安い気持ちで申し出た。

「本人が居らんのでは仕方あるまい。ならば、お言葉に甘えるか。その前に……坊やは、こんな感じの卵のような物を見なかったか? 念のためだが、隠すとタメにならんぞ?」

 ドワーフが手で示したのは、一抱えほどもある大きさの楕円状のものだった。

 フェブラントは先ほども考えていたこともあって、真っ先にたまごろーの存在が頭をよぎった。

 いつもの指定席の棚の上に、その卵の姿はない。
 秋人が店から出て行くときに、転がりながら付いていってしまったからだ。

 たまごろーは何故か秋人に対して見つからないようにしているようだが、周囲の者には身を隠す素振りすらない。
 今日はご機嫌だったのか、いつもなら横にごろごろ転がっていくところを縦に転がっていた。

 それはさておき。
 こういうあからさまな探りに、通常は多少ぼかして答えるなり、返答に窮するところだが、フェブラントは真っ直ぐだった。

「知ってます。今は、アキト店長と一緒です」

 ドワーフたちがどよめいた。
 「やはり」だの「可能性が高い」だのが、小声で漏れ聞こえてくる。

「それが、どうかなさいましたか?」

「ここでは、盗品を扱うこともあるのか?」

「まさか! そのようなこと、あるはずありません!」

「わしらは、住処から盗まれた物を探しておる。そのアキト店長とやらが持つ物――それがわしらの追い求める探し物かもしれん」

「無礼な! アキト店長を盗人呼ばわりする気ですか!?」

 フェブラントにしては珍しく、声を荒げていた。

 尊敬し畏敬し崇敬する勇者さま、その血族で甥だけに、フェブラントの中では秋人を英雄と同一視している節がある。
 ただ、身近で人となりも知るだけに、秋人に抱くのは敬愛というより親愛かもしれないが。

「決めつけておるわけではない。だが、わしらも必死でな。それを確認せんがために、こうしてわざわざ遠く離れた地まで足を運んできておる」

「でしたら、アキト店長が帰ってきてから白黒つけましょう! そして、アキト店長に謝罪してもらいます!」

「わしらもそう願うよ、坊や。そうだな、夕刻の日入り前、この街の南東に小高い丘があるだろう? 大きな木が1本だけ生えた。そこに件の物を持ってくるように伝えてくれ。わしらも他所様の土地で事を荒立てたくはないが……もし、それがわしらの探し物で、仮に逃げ出したりしようものなら覚悟しておくといい。ドワーフは存外しつこいぞ?」

「望むところです!」

「伝言、頼んだぞ」

 ドワーフらはそういい残し、入店したときと同じように、ドアに身体を窮屈そうに捩じらせて退店していった。
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