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第9章 訓練兵と神隠し
昏睡する人々 ②
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先ほど騒動を起こした付近まで戻ってみますと、通りを慌ただしそうに行き来する兵士さんたちの姿がありました。
話の通り、かなりの人数が意識を失って卒倒したようで、道端の物陰には応急的に絨毯や天幕用の布が敷かれ、そこに気絶した人々が順々に寝かされていました。
運ぶ側も担架は追いつかないようで、ふたり一組で上半身と下半身を抱えて運んでいる状態です。
人数としては現在で20人ほどでしょうか。
通りいっぱいに所狭しと詰めかけている人々は、およそ千人以上。その総数に対しては微々たるものでしょうが、被害としては少ない数でもありません。
以前、炎天下での催し物の際に熱中症になってしまい、次々と来客者が倒れてしまったというニュース中継を見たことがありますが、丁度そんな感じです。
ただ、今日は晴天ですが、さほど日差しが強いわけでもありませんし、むしろ過ごしやすい陽気といってよいでしょう。そこに直接の原因があるとも思えませんね。
となりますと、原理はよくわかりませんが、やはり私のホーリーライトがなんらかの悪影響を与えてしまったということでしょうか。視覚からの激しい外的干渉に、精神が過度のショックを受けてしまったとかなんとか。
そうなれば、お詫びのしようもありません。
ですが、それにしては、皆さん実に穏やかな寝顔をしていることが、やや不可解ではありますね。
通常、具合を悪くして倒れたとなりますと、苦悶の表情のひとつくらい浮かべていそうなものですが、そのような気配は微塵もありません。まるで、単にぐっすりと眠っているかのようです。
これはどうしたことなのでしょうね。
「……ヒーリング」
倒れた人々を運ぶ傍ら、こっそりと癒やしを試みたのですが、誰も目を覚まそうとはしませんでした。
こうなりますと、医学の知識もない回復魔法が使えるだけの門外漢の私では、荷が勝ち過ぎていますね。
駆けつけた衛生兵の方々も応急処置をはじめていますので、ここは専門家に任せたほうがよさそうです。
この時点で、運び出された人々は40人近くに上っていました。
その中には、なんとランドルさんとアーシアさんの姿もあります。
他の方々と同じく、声をかけても刺激を与えても、なんの反応もありません。もちろん、ヒーリングも効果なし。ただ安らかに眠るばかりです。
ふたりは訓練兵とはいえ、曲がりなきにも軍の兵士。他の一般人とは違い、連日厳しい訓練を積み、心身ともに鍛えています。
私も実際に体験していますが、訓練内容には様々な不測の事態への対応や、特殊な状況下での耐性も培われています。にもかかわらず、こうも容易く昏睡状態に陥ってしまうことなどあるのでしょうか。そこもまた不可解です。
あのとき周囲に野次馬は大勢いました。逆にいうと、このふたりまで昏倒したのに、どうして他の方々は無事だったのですかね。その差とはなんなのでしょうか。
そうやって頭を悩ませながら、介護のお手伝いがてら、倒れた方々を見て回っていますと――あることに気づきました。
(んん? これは――?)
なぜか、妙に見知ったような顔の割合が多いのです。
最初は気のせいかとも思いましたが、どうもそうではなさそうでした。
「ご苦労だったな、オリン訓練兵。これで我らにできることの粗方は済んだな」
声をかけてきたのは、ハゼルさんでした。その背後には、アジェンダさんとリリレアさんもいます。あちらの作業も終わったようですね。
「まさか、ランドル訓練兵とアーシア訓練兵も被害者に含まれていたとは……あとは救護の連中に任せるしかないが、大事なければよいが」
「ええ~、本当に~……」
「そうっすよね……」
アジェンダさんとリリレアさんは、輪をかけて沈痛そうにしています。
アジェンダさんはランドルさんと、リリレアさんはアーシアさんとペアを組んで行動されていましたからね、心配もひとしおでしょう。特にアーシアさんとおふたりは、先輩後輩というより、姉妹のように仲良くなっていたようですから。
「やっぱり、こんな場所で閃光魔法をぶっ放した奴が、諸悪の根源と思うんすよ! 目撃証言がないのが口惜しいっすね! とっ捕まえて、懲らしめてやりたいっす!」
申し訳ありません、リリレアさん。それ、私です。
あの場では、対立していたランドルさんたちとエイキたちに注目が集まっていたので、私は野次馬の人たちの記憶には薄かったようですが。
そこは事の真偽がはっきりしてからということで、ひとまずは置いてもらい――私は皆さんに、今しがた気づいた奇妙なことを問い質してみることにしました。
「――と思うのですが……お三方はどうです?」
「……驚いちゃった~。たしかにオリンくんの言う通りかも~?」
「間違いないっす! こっちの人も、あっちの人もそうっすよ!」
「なんと……言われてみれば。よく気づいたな、オリン訓練兵」
最後にハゼルさんが、手にしていたファイルを閉じて、感嘆したように言いました。
事に当たっていたお三方の同意が得られたとなりますと、私の予想は間違っていなかったようです。
ただし、どうしてそのようになっているのか、因果関係は不明のままではありますが。むしろ、謎が深まったと言い換えていいかもしれません。
増員された衛生兵さんたちにより、すでに昏倒した方々の救護室への搬送も順次行われています。
その様子を眺めながら、各々が私同様に複雑な心境を抱いているようですね。
「こうなれば、隊長への報告が急務だな。我らは引き続き、隊長を捜すことにしよう」
「では、私も」
「オリン訓練兵は今日は非番だろう? なに、隊長の行先と思しき場所はそう多くない。すぐに合流できるだろう。こちらのことは気にするな。兵士たる者、休めるときには休んで英気を養うべきだ」
そうでした。
いろいろと成り行きでずいぶんと出回ってしまいましたが、私は今日は宿舎待機という名のお休みでしたね。
そろそろ正午も近いですから、女王様の慰問の時間も近づいているでしょう。通りを行き交う人々も、どこかそわついてきていますし。
井芹くんやエイキも、もともとは先行調査に来ていたのでした。今頃はさすがにもう女王様のもとに戻って、来訪の準備に取り掛かっていることでしょう。
……よもや、まだ店内で暴れているということはないですよね?
なんにせよ、あまり猶予はさなそうです。このまま出歩いていて、うっかりと女王様と顔を合わせでもしようものなら、わざわざ配慮してくれたレナンくんに申し訳が立ちませんね。
「わかりました。では、お言葉に甘えさせていただきます」
「うむ。もし隊長に会ったのなら、我らが捜していたと伝えるように」
「了解しました」
ランドルさんやアーシアさんの容体に、今回のこれとなにかと気掛かりな状況ではありますが、今の私にできることはなさそうです。
まずは当初の予定通りに、女王様の慰問を無事にやり過ごすことを考えましょう。
「さて……そろそろ戻りますかね」
私はハゼルさんたちを見送ってから、宿舎へと足を向けました。
「……おや?」
通りから離れて宿舎に向かっていますと、不意に視界の端に揺らめく影のようなものが映りました。
人で賑わう通りから一歩離れますと、人通りはぐっと少なくなります。
しかもこのような平日の日中に、兵士の宿舎へと向かう道となりますと、すれ違う人も稀なほどです。
だからこそ、気づけたのかもしれません。
その影はまるで人目を避けるように、目立たない小さな路地の暗がりへと入っていくところでした。
(あれは……外套でしょうか?)
揺らめいて見えたのは、外套の裾でしょう。影に見えたのは、表面が真っ黒な色の外套だったからでしょうね。
一瞬、井芹くんかエイキかとも思いましたが、彼らよりも一回りは小柄な人物のようでした。
陽光照らす真昼間から、フード付きの黒い外套をすっぽり羽織るというのもおかしなものです。
しかも、それが子供のような背格好でしたら、なおのことですよね。
井芹くんたちは、正体を隠すための外套姿でした。
となれば、この相手も同じ目的なのでしょうか。
「……まさか」
小柄で黒い外套――3つのキーワードが揃っていました。
それは、つい昨日まで私たちが追い求めていた人物です。
相手はちょうど路地の先――曲がり角の向こうに消えていくところでした。
誘うように、遅れて外套が風になびきます。フードの奥に隠された顔が、こちらをちらっと向いた気がしました。
「……部屋に帰る前に、もうひと仕事できたみたいですね」
私はすぐさま後を追いかけることにしました。
話の通り、かなりの人数が意識を失って卒倒したようで、道端の物陰には応急的に絨毯や天幕用の布が敷かれ、そこに気絶した人々が順々に寝かされていました。
運ぶ側も担架は追いつかないようで、ふたり一組で上半身と下半身を抱えて運んでいる状態です。
人数としては現在で20人ほどでしょうか。
通りいっぱいに所狭しと詰めかけている人々は、およそ千人以上。その総数に対しては微々たるものでしょうが、被害としては少ない数でもありません。
以前、炎天下での催し物の際に熱中症になってしまい、次々と来客者が倒れてしまったというニュース中継を見たことがありますが、丁度そんな感じです。
ただ、今日は晴天ですが、さほど日差しが強いわけでもありませんし、むしろ過ごしやすい陽気といってよいでしょう。そこに直接の原因があるとも思えませんね。
となりますと、原理はよくわかりませんが、やはり私のホーリーライトがなんらかの悪影響を与えてしまったということでしょうか。視覚からの激しい外的干渉に、精神が過度のショックを受けてしまったとかなんとか。
そうなれば、お詫びのしようもありません。
ですが、それにしては、皆さん実に穏やかな寝顔をしていることが、やや不可解ではありますね。
通常、具合を悪くして倒れたとなりますと、苦悶の表情のひとつくらい浮かべていそうなものですが、そのような気配は微塵もありません。まるで、単にぐっすりと眠っているかのようです。
これはどうしたことなのでしょうね。
「……ヒーリング」
倒れた人々を運ぶ傍ら、こっそりと癒やしを試みたのですが、誰も目を覚まそうとはしませんでした。
こうなりますと、医学の知識もない回復魔法が使えるだけの門外漢の私では、荷が勝ち過ぎていますね。
駆けつけた衛生兵の方々も応急処置をはじめていますので、ここは専門家に任せたほうがよさそうです。
この時点で、運び出された人々は40人近くに上っていました。
その中には、なんとランドルさんとアーシアさんの姿もあります。
他の方々と同じく、声をかけても刺激を与えても、なんの反応もありません。もちろん、ヒーリングも効果なし。ただ安らかに眠るばかりです。
ふたりは訓練兵とはいえ、曲がりなきにも軍の兵士。他の一般人とは違い、連日厳しい訓練を積み、心身ともに鍛えています。
私も実際に体験していますが、訓練内容には様々な不測の事態への対応や、特殊な状況下での耐性も培われています。にもかかわらず、こうも容易く昏睡状態に陥ってしまうことなどあるのでしょうか。そこもまた不可解です。
あのとき周囲に野次馬は大勢いました。逆にいうと、このふたりまで昏倒したのに、どうして他の方々は無事だったのですかね。その差とはなんなのでしょうか。
そうやって頭を悩ませながら、介護のお手伝いがてら、倒れた方々を見て回っていますと――あることに気づきました。
(んん? これは――?)
なぜか、妙に見知ったような顔の割合が多いのです。
最初は気のせいかとも思いましたが、どうもそうではなさそうでした。
「ご苦労だったな、オリン訓練兵。これで我らにできることの粗方は済んだな」
声をかけてきたのは、ハゼルさんでした。その背後には、アジェンダさんとリリレアさんもいます。あちらの作業も終わったようですね。
「まさか、ランドル訓練兵とアーシア訓練兵も被害者に含まれていたとは……あとは救護の連中に任せるしかないが、大事なければよいが」
「ええ~、本当に~……」
「そうっすよね……」
アジェンダさんとリリレアさんは、輪をかけて沈痛そうにしています。
アジェンダさんはランドルさんと、リリレアさんはアーシアさんとペアを組んで行動されていましたからね、心配もひとしおでしょう。特にアーシアさんとおふたりは、先輩後輩というより、姉妹のように仲良くなっていたようですから。
「やっぱり、こんな場所で閃光魔法をぶっ放した奴が、諸悪の根源と思うんすよ! 目撃証言がないのが口惜しいっすね! とっ捕まえて、懲らしめてやりたいっす!」
申し訳ありません、リリレアさん。それ、私です。
あの場では、対立していたランドルさんたちとエイキたちに注目が集まっていたので、私は野次馬の人たちの記憶には薄かったようですが。
そこは事の真偽がはっきりしてからということで、ひとまずは置いてもらい――私は皆さんに、今しがた気づいた奇妙なことを問い質してみることにしました。
「――と思うのですが……お三方はどうです?」
「……驚いちゃった~。たしかにオリンくんの言う通りかも~?」
「間違いないっす! こっちの人も、あっちの人もそうっすよ!」
「なんと……言われてみれば。よく気づいたな、オリン訓練兵」
最後にハゼルさんが、手にしていたファイルを閉じて、感嘆したように言いました。
事に当たっていたお三方の同意が得られたとなりますと、私の予想は間違っていなかったようです。
ただし、どうしてそのようになっているのか、因果関係は不明のままではありますが。むしろ、謎が深まったと言い換えていいかもしれません。
増員された衛生兵さんたちにより、すでに昏倒した方々の救護室への搬送も順次行われています。
その様子を眺めながら、各々が私同様に複雑な心境を抱いているようですね。
「こうなれば、隊長への報告が急務だな。我らは引き続き、隊長を捜すことにしよう」
「では、私も」
「オリン訓練兵は今日は非番だろう? なに、隊長の行先と思しき場所はそう多くない。すぐに合流できるだろう。こちらのことは気にするな。兵士たる者、休めるときには休んで英気を養うべきだ」
そうでした。
いろいろと成り行きでずいぶんと出回ってしまいましたが、私は今日は宿舎待機という名のお休みでしたね。
そろそろ正午も近いですから、女王様の慰問の時間も近づいているでしょう。通りを行き交う人々も、どこかそわついてきていますし。
井芹くんやエイキも、もともとは先行調査に来ていたのでした。今頃はさすがにもう女王様のもとに戻って、来訪の準備に取り掛かっていることでしょう。
……よもや、まだ店内で暴れているということはないですよね?
なんにせよ、あまり猶予はさなそうです。このまま出歩いていて、うっかりと女王様と顔を合わせでもしようものなら、わざわざ配慮してくれたレナンくんに申し訳が立ちませんね。
「わかりました。では、お言葉に甘えさせていただきます」
「うむ。もし隊長に会ったのなら、我らが捜していたと伝えるように」
「了解しました」
ランドルさんやアーシアさんの容体に、今回のこれとなにかと気掛かりな状況ではありますが、今の私にできることはなさそうです。
まずは当初の予定通りに、女王様の慰問を無事にやり過ごすことを考えましょう。
「さて……そろそろ戻りますかね」
私はハゼルさんたちを見送ってから、宿舎へと足を向けました。
「……おや?」
通りから離れて宿舎に向かっていますと、不意に視界の端に揺らめく影のようなものが映りました。
人で賑わう通りから一歩離れますと、人通りはぐっと少なくなります。
しかもこのような平日の日中に、兵士の宿舎へと向かう道となりますと、すれ違う人も稀なほどです。
だからこそ、気づけたのかもしれません。
その影はまるで人目を避けるように、目立たない小さな路地の暗がりへと入っていくところでした。
(あれは……外套でしょうか?)
揺らめいて見えたのは、外套の裾でしょう。影に見えたのは、表面が真っ黒な色の外套だったからでしょうね。
一瞬、井芹くんかエイキかとも思いましたが、彼らよりも一回りは小柄な人物のようでした。
陽光照らす真昼間から、フード付きの黒い外套をすっぽり羽織るというのもおかしなものです。
しかも、それが子供のような背格好でしたら、なおのことですよね。
井芹くんたちは、正体を隠すための外套姿でした。
となれば、この相手も同じ目的なのでしょうか。
「……まさか」
小柄で黒い外套――3つのキーワードが揃っていました。
それは、つい昨日まで私たちが追い求めていた人物です。
相手はちょうど路地の先――曲がり角の向こうに消えていくところでした。
誘うように、遅れて外套が風になびきます。フードの奥に隠された顔が、こちらをちらっと向いた気がしました。
「……部屋に帰る前に、もうひと仕事できたみたいですね」
私はすぐさま後を追いかけることにしました。
応援ありがとうございます!
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