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第1章 嫁入りは突然に。そして新生活。
第4話 結婚相手?
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「ほら、アンタたち! 嬉しいのは分かるけど、騒いでばかりじゃお嬢さんが困っちまうだろう? 少し静かにしな!」
女性がパンパンと手を打ち鳴らしながら、声を張り上げると、村人たちはしまったという顔をして、一斉に口を閉じた。
「へへ、すまねぇな、ニーナ。めでたい話題だからよ、つい年甲斐もなくはしゃいじまった」
「本当だよ。なんだい、じいさんとばあさんが揃いも揃って大はしゃぎ……あとお前さん、ここではちゃんと『村長』って呼びな」
「お、おう、忘れてたぜ。ニーナ村長」
口元の周りにグレーの髭を蓄えた男性が、まるで叱られたかのようにシュンと俯く。
声からして、最初に聞こえた男性声はこの人だろう。叔父よりも大分年上だと思うのだが、鍛え上げられた二の腕はライサが割っていた丸太のように太く逞しい。
そんな男性が小動物のように縮こまっている様子は、どこか微笑ましく映った。ニーナ村長と呼ばれた女性が、改めてライサを見上げ口を開く。
「いつまでもお嬢さんじゃ、何だね。名前は?」
「ライサと言います」
楽しげな雰囲気に釣られ、ライサは落ち着きを取り戻し、静かに名乗った。
「そうか。わしはロジオンだ。よろしくな! で、ライサちゃん。嫁に来たって言っていたけど、お相手はやっぱりザックかい!?」
「お相手?」
また、妙なことを言う。ライサはロジオンの言葉に眉を寄せる。
宰相からは『スノダールへ嫁げ』と聞かされただけで、スノダールの誰に嫁げとは言われていない。
「アイツ、仕事一本で浮いた話の一つもないと思ってたが、意外とやるもんだなぁ。この前、都市へ取引に連れていったことがあったがその時か……? そうか、なるほどなぁ」
何やらロジオンは勝手に納得してしまっている。どうしようとライサが固まっていると、ニーナ村長が怪訝な顔で問いかけてきた。
「しかし。どういうわけで、こんな村に嫁入りしようってことになったんだい? 村の男に惚れたとしても、ここで暮らすのを嫌がって向こうへ婿入りしたりする場合がほとんどだって言うのに」
「え?」
おかしい。スノダールの人々が、「年頃の娘を嫁として差し出さねば、今後一切魔法具を作らない」と脅したのではないか。
しかし、村の人々の雰囲気を見る限り、誰かを脅したりするような人たちには思えない。
どうも、宰相から聞かされていた話と違うような気がする。確かめなければ。
ライサはタイミングを見計らい、恐る恐る声をかけた。
「あの」
「おお、噂をすれば、おーい! 戻ったかザック!!」
ザック。さっきライサのお相手として出てきた名前だ。
ライサの心臓が、大きく跳ねる。
「おー? どうしたんだ、ロジオンじいちゃん。他のみんなも勢ぞろいで、何かあったのか?」
大きくて風のようによく通る声だ。身を凍らせる冷風ではなく、温かくて心をとかしてくれる風のような。
結婚相手なのかもしれないと思うと、ライサは途端に恥ずかしいような怖いような気持ちになってきた。
髪の毛の先を掴み、彼女は咄嗟に下を向く。
「お前にお客様だぞ! なんだよ。毎日毎日狩りばっかりかと思えば、やるじゃねぇか! どこでこんな良い子捕まえてきたんだ?」
「え、お客?」
雪を踏みしめる足音が近づき、自分の頭上に影が落ちた。ライサはゆっくりと顔を上げる。
大きい。女性にしては長身であるライサが、首が痛くなるほど見上げなければならないほどである。
体つきも立派で、鍛えたのであろう肉体が防寒具の上からでもはっきりと分かった。
ちょっとクマに似てるかも。そんなことを思いながら視線を更に上へやると、暖炉で燃える炎のような温かい深紅色が目の前に広がった。
「キミ……」
深い赤色をしていたのは、彼の瞳だった。不思議そうに瞬きをする表情は、体格に見合わずどこかあどけない。
「私は、その」
どう言ったものかと迷いつつ口を開くが、先に彼から疑問の声が飛び出した。
「――誰?」
そう言ってザックが首をかしげた途端、ロジオンたちが分かりやすく固まった。
冷たい風が、口笛のような音を立てて吹き抜けていく。その風をまともに受けてしまい、ライサは小さくくしゃみをした。
「お、お前、この子と恋仲なんじゃねえのか!?」
「やだなぁ、じいちゃん。おれが女の子と知り合う機会なんてあるわけないじゃん! 今日もちょうど狩りが終わって帰ってきたとこだし。あ、獲物の血抜きはすんでるから、また欲しいものがあったら持ってってくれよ」
大きな口を開けて笑いながら、彼が外套を脱いでそっとライサの肩にかけてくれる。くしゃみの音を聞き取ってくれたようだ。
見た目よりも軽いのに、とても温かい。これも魔法具なのだろうか。
「それじゃあ、ライサちゃんは一体、誰の嫁になりにきたんだ?」
いや、ぼうっとしている場合ではない。事情を話さなければ。ロジオンの呟きに我に返ったライサは、努めて声を張り上げた。
「私、シャトゥカナルの王様から、『スノダールに嫁入りするように』と命ぜられてここに来たんです。宰相さまの話だと、その、あなた方が嫁を送るように望んだと伺っていたのですが」
「はぁ? どういうこった?」
ロジオンは声を裏返らせ、大声で叫ぶ。
事を見守っていた他の村人たちからも、どよめきが上がった。
やはり、これは何かの間違いだったのだろうか。喜んでくれた手前、なんだか居たたまれなくなってしまい、ライサは誰とも目線が合わないよう、目を伏せた。
「えっと、帰ってきたばっかで状況がさっぱり分かんないんだけどさ。とりあえずどこかで腰を落ち着けて、話をした方が良いんじゃないか? 結界の中って言っても、外は寒いだろ」
ザックの提案に、ニーナが同意するように頷いた。
「それもそうだね。とりあえずこの場は解散だ! 皆は仕事に戻りな! ザック、ちょっとアンタの家を借りるよ。ロジオンもライサも着いてきな」
「え、なんでおれの家!?」
勝手に先導し始めたニーナ村長の背に、ザックが疑問の声を投げかけると、振り返った彼女は意地の悪そうな笑みを浮かべていた。
「抜き打ちテストだよ。魔核、獲ってきたんだろう? ついでにアンタが『職人』になれるかどうか、しっかり見てやろうじゃないか」
女性がパンパンと手を打ち鳴らしながら、声を張り上げると、村人たちはしまったという顔をして、一斉に口を閉じた。
「へへ、すまねぇな、ニーナ。めでたい話題だからよ、つい年甲斐もなくはしゃいじまった」
「本当だよ。なんだい、じいさんとばあさんが揃いも揃って大はしゃぎ……あとお前さん、ここではちゃんと『村長』って呼びな」
「お、おう、忘れてたぜ。ニーナ村長」
口元の周りにグレーの髭を蓄えた男性が、まるで叱られたかのようにシュンと俯く。
声からして、最初に聞こえた男性声はこの人だろう。叔父よりも大分年上だと思うのだが、鍛え上げられた二の腕はライサが割っていた丸太のように太く逞しい。
そんな男性が小動物のように縮こまっている様子は、どこか微笑ましく映った。ニーナ村長と呼ばれた女性が、改めてライサを見上げ口を開く。
「いつまでもお嬢さんじゃ、何だね。名前は?」
「ライサと言います」
楽しげな雰囲気に釣られ、ライサは落ち着きを取り戻し、静かに名乗った。
「そうか。わしはロジオンだ。よろしくな! で、ライサちゃん。嫁に来たって言っていたけど、お相手はやっぱりザックかい!?」
「お相手?」
また、妙なことを言う。ライサはロジオンの言葉に眉を寄せる。
宰相からは『スノダールへ嫁げ』と聞かされただけで、スノダールの誰に嫁げとは言われていない。
「アイツ、仕事一本で浮いた話の一つもないと思ってたが、意外とやるもんだなぁ。この前、都市へ取引に連れていったことがあったがその時か……? そうか、なるほどなぁ」
何やらロジオンは勝手に納得してしまっている。どうしようとライサが固まっていると、ニーナ村長が怪訝な顔で問いかけてきた。
「しかし。どういうわけで、こんな村に嫁入りしようってことになったんだい? 村の男に惚れたとしても、ここで暮らすのを嫌がって向こうへ婿入りしたりする場合がほとんどだって言うのに」
「え?」
おかしい。スノダールの人々が、「年頃の娘を嫁として差し出さねば、今後一切魔法具を作らない」と脅したのではないか。
しかし、村の人々の雰囲気を見る限り、誰かを脅したりするような人たちには思えない。
どうも、宰相から聞かされていた話と違うような気がする。確かめなければ。
ライサはタイミングを見計らい、恐る恐る声をかけた。
「あの」
「おお、噂をすれば、おーい! 戻ったかザック!!」
ザック。さっきライサのお相手として出てきた名前だ。
ライサの心臓が、大きく跳ねる。
「おー? どうしたんだ、ロジオンじいちゃん。他のみんなも勢ぞろいで、何かあったのか?」
大きくて風のようによく通る声だ。身を凍らせる冷風ではなく、温かくて心をとかしてくれる風のような。
結婚相手なのかもしれないと思うと、ライサは途端に恥ずかしいような怖いような気持ちになってきた。
髪の毛の先を掴み、彼女は咄嗟に下を向く。
「お前にお客様だぞ! なんだよ。毎日毎日狩りばっかりかと思えば、やるじゃねぇか! どこでこんな良い子捕まえてきたんだ?」
「え、お客?」
雪を踏みしめる足音が近づき、自分の頭上に影が落ちた。ライサはゆっくりと顔を上げる。
大きい。女性にしては長身であるライサが、首が痛くなるほど見上げなければならないほどである。
体つきも立派で、鍛えたのであろう肉体が防寒具の上からでもはっきりと分かった。
ちょっとクマに似てるかも。そんなことを思いながら視線を更に上へやると、暖炉で燃える炎のような温かい深紅色が目の前に広がった。
「キミ……」
深い赤色をしていたのは、彼の瞳だった。不思議そうに瞬きをする表情は、体格に見合わずどこかあどけない。
「私は、その」
どう言ったものかと迷いつつ口を開くが、先に彼から疑問の声が飛び出した。
「――誰?」
そう言ってザックが首をかしげた途端、ロジオンたちが分かりやすく固まった。
冷たい風が、口笛のような音を立てて吹き抜けていく。その風をまともに受けてしまい、ライサは小さくくしゃみをした。
「お、お前、この子と恋仲なんじゃねえのか!?」
「やだなぁ、じいちゃん。おれが女の子と知り合う機会なんてあるわけないじゃん! 今日もちょうど狩りが終わって帰ってきたとこだし。あ、獲物の血抜きはすんでるから、また欲しいものがあったら持ってってくれよ」
大きな口を開けて笑いながら、彼が外套を脱いでそっとライサの肩にかけてくれる。くしゃみの音を聞き取ってくれたようだ。
見た目よりも軽いのに、とても温かい。これも魔法具なのだろうか。
「それじゃあ、ライサちゃんは一体、誰の嫁になりにきたんだ?」
いや、ぼうっとしている場合ではない。事情を話さなければ。ロジオンの呟きに我に返ったライサは、努めて声を張り上げた。
「私、シャトゥカナルの王様から、『スノダールに嫁入りするように』と命ぜられてここに来たんです。宰相さまの話だと、その、あなた方が嫁を送るように望んだと伺っていたのですが」
「はぁ? どういうこった?」
ロジオンは声を裏返らせ、大声で叫ぶ。
事を見守っていた他の村人たちからも、どよめきが上がった。
やはり、これは何かの間違いだったのだろうか。喜んでくれた手前、なんだか居たたまれなくなってしまい、ライサは誰とも目線が合わないよう、目を伏せた。
「えっと、帰ってきたばっかで状況がさっぱり分かんないんだけどさ。とりあえずどこかで腰を落ち着けて、話をした方が良いんじゃないか? 結界の中って言っても、外は寒いだろ」
ザックの提案に、ニーナが同意するように頷いた。
「それもそうだね。とりあえずこの場は解散だ! 皆は仕事に戻りな! ザック、ちょっとアンタの家を借りるよ。ロジオンもライサも着いてきな」
「え、なんでおれの家!?」
勝手に先導し始めたニーナ村長の背に、ザックが疑問の声を投げかけると、振り返った彼女は意地の悪そうな笑みを浮かべていた。
「抜き打ちテストだよ。魔核、獲ってきたんだろう? ついでにアンタが『職人』になれるかどうか、しっかり見てやろうじゃないか」
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